三「妹ラフィー、風呂にて見参!」

 ある程度ミカと話が終わり、風呂でも入ってくるといいと言われ、お言葉に甘え風呂場に行く。


 「ミカさんや、風呂場はどこじゃ」


 「張ったき倒すぞ若造が。ワシの旦那を名乗るには200は足らんぞ。ちなみに風呂場は出て左の突き当たりじゃ。そんなことも覚えとらんかのぉ」


 冗談を言ってやると頭を鷲掴みにされお子様扱いされる。

 ミカさんはやれやれと声に出していたが、どこか楽しそうな表情を出していたのも見えた。

 もう! 僕は子供じゃないんだよ!

 と、煽られた自業自得を棚にあげる。


 まぁ、いいや。確か、風呂場は廊下を出て左を真っ直ぐだよな、って……えぇ?! 廊下長くないっすかね? 

 扉を開けるとその先にある廊下がかなり長く、目の前と言っても遠すぎる前奥の部屋の扉が親指くらいにしか見えないほど遠く離れている。

 まぁ、左にある行くわけだし関係ないと高を括り左を向く。


 「って、こっちはそれほどでもねぇか。流石に左も右もクソ長かったら諦めるところだった」


 元々、出不精である俺には面倒な家だと感じる。

 先程の前方を指す廊下と比べて左と右の廊下は半分程度になっている。

 なんで三方向に長い廊下が伸びてんだよ。


 # # # # # #


 「ふぃー。この為に生きてるなァオイ!」

 

 親父臭く大きく息を吐く。

 お風呂に浸かるとあー、なりうーなり、なんかしら言いそうになったり言っちゃうのはなぜでしょうかね、頭のいい人が研究してくれませんかね。


 「つか、浴槽もデケェな。現実世界じゃ水道代が馬鹿にならんぞ」


 こういった費用に関して鋭いのも一人暮らしの賜物だろう。

 ほんと、我ながら女子力もとい、主婦力高いよ。

 ゆっくりと今日の事について考えてみる。


 「まずは異世界帰還、こいつはミカさんが言ってた通りだろう。つか、ここまで身体が覚えてりゃあ嫌でも信じてしまうよなぁ」


 パシャリ、水面に顔面をぶつけて自身の気持ちをリセットする。

 お湯でも顔にかかれば顔と心が引き締まるものだ。


 正直、異世界にいる事ついてはどうでも良い。

 メリットもデメリットもあるのだから、どちらかだけを贔屓目に見るのもおかしいと思う。

 それに現実世界じゃ体験出来ないことを新しい体験として再び味わえるのだ。

 現実で過ごした知識だって、何かしら役に立つ時が来るかもしれないかもしれないかもだからな。

 一番の要因は、妹とミカさんの存在だろう。

 居なかったのなら現実世界に帰る……のか? まぁ、そんな戻りたい気持ちがあっただろう。

 だが、出会ってしまった、

 アッチじゃなかった血の繋がりに。

 俺は薄々、勘付いてるのだ。

 あの二人は本当に血が繋がっている事に。

 うまく説明が効かないが、家族だからこそ何かを感じる。

 まぁ、そこは俺が信じるか信じないという話になるし置いておこう。


 「次は…………ミカさんかな。説明つかない事が多すぎる。怪しいだろ、普通に考えて」


 自分に聞いてみる。

 独り言を疑問文にして一人で答える。

 すると、一人でも他者から質問された時のように考える事が出来るのだ。

 これ、俺が一人で考える時の癖なんだよね。


 ミカさん。美魔女らしい。

 というのも中身に反して外見が若すぎるから故の自論でしかないが。

 魔法、呪術、健康療法。

 いや、健康療法であんなアンチエイジングが聞くなら日本の女子がヒィヒィ言うだろうな。

 だから、魔法か何か。

 うーむ、俺らの親の親なら純人間な筈だ。

 どこかで魔法の使える血が混じっていればラフィーが俺のことを純人間だと言う筈がない。

 したがって、人間な筈なのだ。

 または、呪いで歳をとらない的な。

 それどこのチレドレンっすかね。


 「流石にあの婆さんは分からんか……じゃあラフィーについて」


 コッチに来て初めて出会った人間で、俺の妹らしい。

 所々、見せる動作や考え方、触れた時の安心感、それ以外にも俺が兄である自覚が何故かしら芽生えるのだ。

 だから、妹説は間違いではないだろう、それ以外は考えられない。


 「ラフィー……人間なはず。俺の妹ならな」


 「そうだよ、お兄ちゃんもね」


 「何故、あの場所にいたのか」


 「二年も帰って来ない馬鹿なお兄ちゃんを探してて、たまたま見つけた」


 「うーむ、それだけだと何か足りないよな。なんで態々、あそこに寄ったのか理由が付かない。二年も出てれば遠くにいると考えるのが妥当だからなぁ」


 「なんでだろうね、呼ばれた気がしたからかな? 家族……だからだね?」


 「そうか、そういう事か家族だもんな………………って、ええっ?!」


 ひゃあ! と女々しい声を上げて驚く。

 さっきから自分の出した問いの答えが声変わり前と似て高いと思ったわ。

 そりゃ、答えてたのがこいつだもんな! キーが高くて当たり前だバカヤロウ!

 つか、入ってんじゃねぇよ、バカチンが!


 いつの間にか自分の隣に裸のラフィーがくっついていた。

 と言ってもタオルを巻いて体は隠している。

 肩に頭を乗せて、腕を抱き寄せている。

 側から見れば彼氏彼女の仲だろう。

 つか、俺って家族と裸の付き合いするの多くないっすかね? ミカさんも裸エプロンだったし、ウチの家系ってそういう趣味あんのかな?


 隣の妹から目を離して冷静になる為、考察をまとめていく。

 だが、俺の行動を見てラフィーは後ろから俺の頭を抱き寄せる。


 「ちょ、ちょ!」

 はぁぁぁぁああ?! 成長途中の膨らみがぁ! ミカさん似なら将来有望なマウンテンが! 俺の後頭部を直撃してやがりますよこいつぁ!

 りせい、もって、ぼく、おおかみさんになっちゃう。


 「お兄ちゃん、久しぶりだからさ、こうしていさせて?」


 ラフィーは腕を回し、俺の頭を抱える。

 妹の痛い気なお願いに心が掴まれる。

 そのおかげか、自我が戻ってきた。

 俺は今年、18歳だ。

 二年も旅をしたのだから出発した歳は16になる。

 少なくともラフィーとの歳の差は少なく見積もっても2歳以上だろう。

 だから、ラフィーが俺と別れた歳は最大14歳、だけどもっと下かもしれない。

 つまり、まだ家族が恋しい歳なのに両親と実の兄から離れた。

 寂しい。

 そりゃ、そうだ。寂しいに決まってる。

 やっぱり、俺は兄失格だなぁ。

 こんな可愛い妹を置いてけぼりにするなんて。


 「ラフィー…………ダメだ」


 俺が断ると直ぐに手を離した。

 最初から断られても未練がないような、掴んでいてもまた離れてしまうと知っているように、俺を強制しない。

 けれど、俺は前の俺とは違うのだ。

 兄失格な兄ではなく、兄失格を知っていって、兄になる。

 こう言ったもののリセットが効くのは俺だけの特権だろう。

 記憶がない、異世界帰還者だけの。


 「お前は立ちっぱなしで湯船から身体が出てるだろ。今のその気持ちはお湯で温めてやらないと溶けないだろ? 読心術は持ってねぇけど、家族だからか? なんとなく、わかる気がする」


 俺は優しくラフィーの腕を引き、ラフィー自体を俺の足の間に入れる。

 すっぽりと俺に挟まれたラフィーは大人しく、一言も話さない。

 俺はラフィーの前に手を回し、後ろから抱き寄せる。


 「ラフィー、たくさん迷惑かけたと思う。たくさん心配させちゃったと思う。お前もたくさん甘えたかったと思う。たくさん一緒に居たかったと思う。それが出来なかった今までを許してほしい」


 ラフィーの身体が小刻みに震え、お湯と雫が混ざる。

 ラフィーの頭と同じ大きさの手のひらでラフィーの頭を撫でてやる。


 「今は記憶がないし、今までと性格まで違うかもしれない。けれど、記憶が戻ってもこうしていたいし、こうしていきたい。お前を悲しませない為の生き方を学んでいきたい」


 ゆっくり、優しく、呟く。

 ラフィーが最初、あんなに泣いていたのもミカさん以外の家族が居なくなる可能性を危惧したからなのだ。

 だから、これからは絶対に泣かせてやらない。

 俺は少し、わがままなお兄ちゃんだからね。


 「ラフィー。俺はお前のお兄ちゃんだ。お前を守らない理由がないよ。ミカさんだって守ってやる。両親の代わりとまではいかないかもしれない、それでも! お前らだけは守り抜いてやる。どれを犠牲にしようとも」


 ラフィーは単調な首肯を繰り返し、何も話さない。

 俺からは後頭部しか見えないので表情は伺えない。

 けれど、ラフィーの心音が落ち着いているのはわかる。

 はぁ、なんか変態チックな事してる気がする。


 「ラフィー、お前から手を離さないよ」


 頷いたまま首は上がらない。

 我ながら格好つけて臭すぎるセリフを吐いたが、家族に愛情を伝える場面なんて早々無いのだ、今くらい正直にならないと。

 今までいなかった分の仕返しだ。


 「ラフィー、お前は親の仇を討ってほしいか? ずっと俺とミカさんと一緒にいるか? 俺はお前に任せる。お前が行けって言うなら行くし、お前もついてくるなら止めない……ミカさんは行かないと思うからお留守番になるけどな」


 ラフィーが魔王妃討伐を願っているか、それに参加したいかの意思を聞き出してみる。

 されど、ラフィーの頭は動かない。


 「ラフィー?」


 流石に聞き流し過ぎていると感じ、ラフィーの顔を見ようと覗き込む。


 「ぐぅ、すぅ。きぃ、すぅ」


 ラフィーは寝顔も天使みたいだね。

 可愛い妹は可愛い寝息を立てて寝ていました。


 「……って! 寝てんのかい! 話聞いとけよ!! なんか一人で言ってたって考えると恥ずかしいんだけど?! あーもう! 二度と言わねぇ! 決めた、ツンデレなるぞこの野郎!」


 グリグリと人差し指でラフィーの桜色の頬を捻る。


 「いてて、ぐぅ」


 完璧な発音で寝言を言う。

 いや、もう、寝言が完璧に聞き取れるってもはや起きてる事を疑うからね?


 「はぁ……なんか、お前、寝てばかりじゃね?」


 お兄ちゃん、妹の睡眠に関して不安です。

 俺が妹を寝室に寝かしつけ、部屋から出て行く前に一言、言っておく。


 「ラフィー、聞いてなかったと思うし、今も聞いてないんだろうと思うけど、一応。俺、お前を守るから。じゃ、おやすみ」


 扉の閉める音を極力下げ、廊下に出て自分の部屋に向かう。

 えっ? 着替え? ……知らない方がいい事実もあるのだ。

 いや、普通にミカさんに任せただけだよ、運ぶのは俺がやったけどな。

 今日の疲れをベッドに八つ当たりしたいなとヨロヨロ歩いていく。


 「ごめんね、お兄ちゃん。カッコよかったよ。おやすみ」


 アサヒは部屋から出たので聞き取れなかったが完璧な発音の寝言が放たれていた。

 アサヒに布団を掛けられたラフィーは目を閉じたまま、兄から貰った安心を噛み締めているような表情をしていた。

 

 ラフィーが本当に寝ていたのかはラフィー本人しか知り得ない。


 「ラフィーも大変じゃのうて、あんなポンコツな兄貴をもって。ラフィーもこれからが大変じゃろうに」


 黒が深まった時間に暖炉で暖まりながら本を読む老女がボソリ、呟いた。

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