二「母と婆と妹の名前」
ラフィーに続いて、家に帰ると懐かしい雰囲気が俺の心を締め付ける。
パチパチとオレンジ色の炎を立てながら周りをテラリ照らしている暖炉。
永久機関のように忙しなく、常にカラカラと音を立てる不思議な形をした木製の置物。
家の中を見渡すと、やはり初めてきたというには言い切れない心のつっかかりがある。
この懐かしさはきっと、久しぶりに帰ってきた実家と一緒なのだろう。
俺はアッチの世界では一人きりだったので、その情景に焦がれていたが、こうしてこの家に来てみるとそんな感覚を感じれられた気がした。
「お兄ちゃん、どうしたの? 入り口で立ったまま」
「いや、ちょっとな。何か思い出しそうな気がしたけどダメだった」
ラフィーは、そっか、とだけ言って奥のソファに腰を下ろした。
俺はごく自然に入り口から右側にあるテーブルの椅子に座って頬杖をつく。
この一連の動作、ここから見える部屋の内装、妹の気を休める姿、どれを取っても懐かしいという感情が収まらない。
ラフィーが不思議そうにこちらを見ている。
「どーした?」
「なんか、記憶がない割には自然だなーって。そこ、お兄ちゃんの好きな席だったんだよ。そこからなら私とおばあちゃんが見えて安心するって」
そうだったのか。
通りで自然に足が運ばれたわけだ。
以前からここに座る癖があるのなら、何もしなくても座ってしまうのは仕方ないと思う。
ほら、爪噛む人ってふとした時に噛んじゃうらしいから、それと似た感じなんだろう。
考えていなくとも身体は動く事と。
ラフィーが温かい飲み物を飲むかと聞いてきたので遠慮せずに頂く。
走って疲れたから冷たいもので一気! と言うよりも、この世界に来て理解出来ないことが多く、すこし一息吐きたかったのだ。
なんて、俺がココアに似た飲み物でほっこりしていると奥の戸が開かれる。
「おや、随分と早い帰りだねラフィー。どうしたんだい? やっぱり怖気付いたのかい」
奥の戸を開きながら声を出す主の容姿に唖然とする。
いやいや、おばあちゃんの他にも居んのかよ。
見た目からして、お母さんを抜けば姉か従姉妹だろう。
「あっ! おばあちゃん、ただいま! お兄ちゃんと帰ってきたんだよ! って、怖がってないもん!」
ラフィーの喜ばしいと感じさせる黄色い声が届くと、こちらに目を渡し、丸くしたのを見た。
「おや、本当さね。アサヒ、あんた帰ってきたんだねぇ」
ワッツ? お、お、おばあちゃん?? もしかして、美魔女って奴っすか?
そりゃ、俺が驚くのもしょうがないだろ! 見た目だけは完璧20代だし、頑張れば10代でも通用するレベルだ。
俺が若すぎる姿に唖然としているとくつくつと笑い始めるおばあさんちゃん様。
「くっくっくっ、若いねぇアサヒ。あんた、やっぱり帰ってきたんだねとりあえず、今はお帰りさね。まぁ、その顔だと何も覚えとらんと思うけど……今はご飯にしようか」
幾分か気になる点が出てきたが、最後の言葉を聞いて腹の虫が孵化寸前だと思い出した。
そこから食い出んとする虫に胃がストレスを感じ、苦痛を表情に出す。
「くかか。アサヒ、あんた二年も食っちょらんかったんか。そりゃあダメさね、胃がびっくりしないもんから作っちゃるから座っとき」
おばあちゃんの言葉に委ねて、立ち上がりかけた腰を再び椅子に戻す。
この婆さん、普通じゃない。
いくら、手掛けた孫だからと言って先を読んだかのように言葉を紡いでいる。
それに加え、先程も感じた気になる点がより色をつける。
俺が二年も食べてないと知っている事や俺が覚えていないことを知っているという事。
勿論、ラフィーがおばあちゃんに話を聞かせていた訳ではない。
つまり、何かを知っている重要人物なのだ。
美魔女だしそりゃそうか、なんかはあるわな。
しかも、血が繋がってるときたもんだ。
はぁ、淡々と話が進んでって一呼吸も出来ないなぁ。
もはや慣れ始めている俺の適応力に驚きを感じながらも料理をする重要人物を眺める。
なんで、裸エプロンなんだろう。
俺のジュニアは疲れすぎて反応もしなくなったようだが。
「ほら、お食べ。スープは出来たてだから熱いからね。アサヒは猫舌なのに急かして食べるんだから。ま、そんだけ食いっぷりがいいと老女としても嬉しいもんさね」
「あっ、いただきます」
手慣れた速さで料理を作ってくれたお祖母様は懐かしむように口走りながらも裸エプロンからドレスに着替えている。
ドレスは肩が大きく出ていて、スカート部も短く男心をくすぐるものを感じた。
「それで? アサヒちゃんよ、あんたは何から聞きたいんだい」
俺がスープを冷ましていると、着替えを終わらせて暖炉近くの椅子に腰をかけ本を読んでいる婆様が声をかけてきた。
「うーん、俺がこの世界に来た理由かな……スープめっちゃ美味っ」
すると、お祖母様は胸の谷間から眼鏡を取り出してかける。
いきなり、本題に入ったというのに態度は変えぬまま本の字を目でなぞっていた。
おばあちゃん、そこは男の夢のポケットですけど男の子の夢の四次元的なポケットではないですよ。
「くかかっ。面白いねアサヒ。あんたは来たんじゃなくて帰ってきたのさ。大方あっちでも死んだんだろう。こっちじゃあの子がいるからねぇ、はぁ、アサヒも命拾いしたね。ラフィーに感謝するんだよ?」
勿論、ラフィーには感謝している。
兄としてもだが、この世界について教えてくれたし、この世界で初めてあった人物で、かつ優しくしてくれたのだから。
「まぁ、感謝してますけど......ちょっと、お祖母様。なんだか話が見えないんだけど?」
具体性には欠ける話が億劫になり、直接バッチコーイモードに突入する。
すると、お祖母様はギシリと音を鳴らせて座り直す。
「アンタは元々、こっちの人間さね。んで、呪われて殺されてあっちに行った。だけど、馬鹿なアサヒちゃんはあっちでも死にましたとね。だけど、こっちでは妹のラフィーがいるからね。身体が起こされて消えかけた魂が肉体に呼ばれたんだよ。だから、こっちに戻ってこれた。理解出来たかい?」
「ちょい、まち、あたまが」
この世界に来て感じた頭の痛みとは違うイガグリを突っ込まれたような痛みを抑えてイガグリの横で言葉を噛み砕く。
まず、俺はこの世界の住人だった。
ここまではオーケー。
次に、俺は呪われて殺された。
ここもまだ分かる。
その次に、アッチの世界に飛んで死んでコッチに戻ってきた。
全然わからん。
「かかっ。その内思い出すじゃろうて、せっかちも良くないさね。あと必要な事はこの子から聞いただろう?」
俺がスープの消えた皿から婆さんに目をやると、いつの間にか移動しており、寝ているラフィーの前髪を分けたり、後ろ髪を手櫛したりと愛でていた。
「はぁ、この子はワシ似じゃからな。今は死んでしもうた母のガブリーと違って、嫌に素質あるからのう……まだ覚醒してないとは言え危険さね、お婆は不安だよラフィ」
美魔女は孫娘に対する不安をぶつりぶつり零していく。
母さんの名前はガブリーだったのか。
優しかったのかな、厳しかったのかな、と母の姿を思い浮かべてみる。
俺が知り得なかった母の温もりを目の前の婆様と妹のやりとりから汲み取る。
きっと、母の代わりになるように優しく微笑みかけているのだ。
さっきから思っていたが、ばあちゃんの呼び名が統一されなくて口ごもりそうだ。
はて、俺はどんな呼び方をしていたのだろうか。
「アサヒは覚えちょらんのは当たり前。呼び方が教えてやるわ。ワシの名前はミカ。お主の血の繋がりがあるババアよ。アサヒちゃんはミカって呼び捨てにしとったわ。かか、昔から肝っ玉だけは座らしちょってな、母の死がそうさせたのか、あの男の名残なのか。ワシに負担かけるでねぇぞ、アサヒ」
ミカとガブリーとラフィー。
どこか聞覚えのある名前に違和感を感じていた。
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