一「やったね、アサタン。家族が増えるね」

 「お兄ちゃん、ほんとに覚えてないの?」


 覚えていないも何も本当にこの世界が初めてで、どこも知らないものばかりだ。

 と、言いたいがどこか懐かしさを感じているのも事実である。

 そして、辺りを見渡すと初めて見ると思っている動物が群れを形成し、草原を駆け回っていた。

 他にも、この枕にしていた巨木も元の世界では見たことがないと思う物である。

 

 「うん。どうしても思い出せない。君が言うように一時的な記憶障害なら、周りを見れば何か思い出すと思っていたんだけどさ」


 そうして、俺が現実世界から転生もとい帰還してきた事を隠した。

 だって、現実世界なんて知らないだろうから、いよいよ頭がおかしくなったと言われそうだし、厄介で面倒臭そうなので黙るが吉だと思う。

 現実世界……んん? 俺がこの世界の元住民なら現実世界が異世界になるのか? くそっ、こんがらがるぞ? いやまぁそれは置いておくが、俺からしたら現実世界から来たことを話す事で何かしらのデメリットになるのは避けたい。

 それならば、ここで記憶を無くしたという設定にしておけば妹から話を聞き出すのも容易だろう。


 ふと、思慮の海から抜け出ると目の前の少女が少し頬を膨らませ、怒りを露わにしている。かわいい。

 もしかすると何か気に障るようなことを言ったのかもしれない。

 これはマズイぞ、俺は妹どころか家族すら一緒にいた経験が無いので対応の仕方がわからないのだ。


 「どうした膨れて。何か怒らしちゃったか?」


 「名前! 私の名前も忘れちゃったの? お兄ちゃん」


 その言葉はとても痛々しく彼女の顔を歪めていた。

 そこまできて、妹の気持ちを理解できた。

 彼女は死にかけていたんだか、死んでいたんだかわからない状態の俺を起こす事に成功した。

 こいつは寝ていただけだったと思うが、何にせよ助けてくれたのだ。

 そして、生き返ったと言われている俺はここの世界での記憶を無くしていて、あまつさえ妹の名前すら忘れているのだ。

 そりゃあ、血の繋がった家族に忘れられていると知った彼女は悲しむだろうし、俺としても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 そんな甲斐性のない俺はどんな言葉をかければいいかもわからない。

 とりあえずは謝ろうと思いしっかりと彼女の目を見ながら頭を下げる。


 「悪い、覚えていないんだ。お前みたいに可愛い妹の名前を忘れるなんて、相当罰当たりなお兄ちゃんだよな。本当、ごめん」


 すると、妹はため息をつきながらも改めて俺に自己紹介をしてくれる。

 まぁ、改めると言っても俺からすれば初めての自己紹介なのだがそんな事を言えばさらに怒らせるので抑えておく。


 「全くもう! はぁ......私はラフィー。お兄ちゃんの妹です。こんな道半ばで倒れてしまった不甲斐ないお兄ちゃんの妹です」


 「だから! 悪かったってラフィー! もう二度と忘れないから許してくれって!」


 彼女はしたり顔で笑っていた。

 今度また、同じ様な経験があっても絶対に忘れないように妹の名前をしっかりと心と魂に刻む為、何度も頭の中で反芻してみる。

 ラフィー。うん、よく覚えた。

 確かにラフィーと言う名前を言ってみてどこか、しっくりきたのも否めない。

 なんだか、俺が昔にラフィーと何度も呼んでいたことがわかる。

 頭の記憶がなくても心の記憶は残っているようだ。

 あれ? もしかして本当に元異世界住民なのかしら。

 またもや一人の世界に乗り込んでいると、ラフィーがぼしょぼしょと何かボヤいていた。

 放置し過ぎは妹に毒、っと。

 妹メモを心に留めておく。


 「あ、えっと、ラフィー。その、こんなアホで不甲斐ないお兄ちゃんだけど、もう一度よろしくやってくれ」


 もう一度、深々と頭を下げる。

 顔を上げてラフィーを伺うと太陽のような明るい笑顔を見せてくれた。

 かわいい。

 その笑顔を見て、一瞬で心を奪われて家族の一線を越してはいけないような気持ちになったのは秘密である。


 「うん。わかったよ! お兄ちゃん」


 そう言い終わるとラフィーは俺によって形成された緊張の糸が切れたのか、安心しきった顔でこちらに体重を預けてくる。

 寝ている状態の俺に掛け布団の様に覆い被さる。

 そして、彼女から香ってくる懐かしい匂いに鼻腔がくすぐられ、自然と頭を撫でていた。

 お兄ちゃんと呼ばれ、なぜか心が許せて、こうして体が勝手に動く。

 やはり、俺はラフィーの兄で間違いないと、確信した。


 少女型の掛け布団から寝息が出ていることに気がついた。

 確かに、先程まで延々と泣き続けてきたので疲れてしまったのかもしれない。

 実際、俺が目覚めるまでは寝ていたのだから。

 なんだか、こちらまで安心した気持ちになっていて眠くなってきたのだが、情報は集めなければならない。


 「ラフィー。疲れ切っているところ悪いけれどさ、ここいらの状況を少しずつでいいから話してくれないか? 残念ながら本当に何も覚えていないんだ」


 するとラフィーは目をこすり、眠そうにしながらも状況説明してくれる。

 やだ、デキる妹ちゃんじゃない!


 「えっと、5年前に魔王がお嫁さん2人に殺されて、北と南に魔王妃とその軍が別れたの。元々、仲の悪かった双子の王妃だったからずっと争ってるの。そして、その北と南のちょうど真ん中にあるのが私たち人間の国だよ」


 なるほど、世界が北と南に分断されていると言うことか。

 つまり、片方を倒しても、もう片方に世界が統治される可能性があるのか。

 それに、北と南の間に人間王国万歳は位置するのだ、戦争地になっていても可笑しくはない。


 つーか魔王! お嫁さんに殺されるってなんだよ、絶対浮気か何かだろ。

 そんな性格の奴がよく魔王になれたな!

 なんて一人で考えていても話は進まないので俺のツッコミを心の中に抑えたまま、相槌を入れて話を進める。


 「私たちもその戦争に巻き込まれたんだけど、お父さんとお母さんが庇ってくれて……何とか生き残ったの。そして、お兄ちゃんはそのお父さんとお母さんの敵を打つために魔王妃討伐に出かけたんだけど、2年以上帰って来なくて......追いかけてみたら私達の村から見える大樹様の下で横になってたの。それで」


 段々と目に大粒の涙を浮かべるラフィー。

 両親がいないのに一人にさせたようで掛けた心配も大きいだろう。

 おい、元俺。何しとんのじゃ、しばき倒すぞワレ。

 そして、ここの世界でも両親はいないんだな。

 俺はほっとしたような、寂しいような気持ちが絡まってせめぎ合っている。

 確かに両親の顔を見てみたいと思うが、あった事のない両親に会うのは少し怖いという気持ちもある。

 まぁ、アッチでは今まで全員いなかったのだし、コッチに来ても一人が二人になっただけだから大丈夫。

 むしろ、これ以上身内や家族が増えたら、いよいよパンクしそうだ。

 それと同時に気がつかなくていい事が脳を遮る。


 「あれっ? もしかして俺って最悪、2年近くここで寝ていたのか? なんで誰も起こさないんだよ! 昼寝にしては長すぎる眠りだろ! ツッコめよ!」


 と、今までの状況を理解した事で余裕ができ、こんな不遇な状態で放置されていたことに怒りを覚えている。


 「それは違うと思うの、お兄ちゃん。もともと村の外は魔物でいっぱいで、誰も出ようとはしなかったの。それに、お兄ちゃんを見ても、もしかしたら人に化ける魔物かもしれないから寄り付かなかったんじゃない? 」


 そういや魔物と言う存在が抜けて落ちていた。

 確かに、魔王がいるのだから魔物がいてもおかしくはないよな。

 もしかしたら念願の魔法が使えるのではないかと心が騒ぐ。


 「なぁ! 魔法って使えるのか?」


 俺自身こんなに盛り上がったのはいつぶりかわからない。

 だが、魔法と言う男の憧れを目の前にしてしまえば子供のようにはしゃいでしまうのも仕方ないだろう。

 俺は心を躍らせて返答待つが、返ってきた答えは残念ながら俺の期待を裏切る言葉だった。


 「魔法......確かにあるけど、私たち純人間なんだから使えるわけないじゃん。お兄ちゃん自分が悪魔か魔物か勘違いしてる? 大丈夫?」


 「そう、なのか」


 ぬか喜びでとてもがっかりだった。

 せっかく異世界に来たのだから、魔法の1つや2つ使ってみたかった。

 けれど、気持ちを前向きにしよう。

 魔法が使えなくてもカッコいい剣は持てるはずなのだから!


 「まぁ、いいや。とりあえずは把握した。要所要所でまた聞くかもしれないけれど、とりあえずさ、2年近く寝てたせいか体が痛いんだ。一回、家に帰ろうぜ。確か村の場所はこの木が見える位だから近場なんだろ?」


 多分、ラフィーを一人暮らしにして自分も一人暮らし、というのは考えれないので、俺が魔王妃討伐に向かう2年前は二人で暮らしていたのだろう。

 推測の域を出ないが。


 「うん、わかったよ。走れば夕方までには帰れると思うから、夜になって魔物が活発になる前に帰ろ。それに、おばあちゃんが家で待ってると思うし。あっ、でも一応、私もお兄ちゃんの後を追って魔王妃討伐に行くって言ったから早い帰りだねとか言われそう」


 なんだ、おばあちゃんはいるのか。

 二人かと思ってワクワクしていたんだけどね。

 いや、別に不謹慎なことは考えてないけどさ! そして、名前が出てこないあたり、おじいちゃんはいないのかもしれない。

 なんにせよ、気持ちを落ち着かせるためにお風呂やベッドに入りたい。

 寝過ごし二年で服も劣化しているようでドロドロでボロボロなのだ。

 あと、涙と鼻水でカペカペになってるのは置いといて。


 「さて、決まった事ですし帰りますか」


 軋む身体を起こして、伸びをする。

 気がつけば後頭部の痛みは取れていた。

 そして、涙の跡が取れていない妹と二人、駆け足で自分達の家に帰る事にした。

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