第一話 昼寝探偵の楽しみ
浮気。気が浮ついたと書いて浮気。
私の事務所には大体三種類の以来が寄せられていて、浮気はその中でも特に面白い依頼である。
そして依頼人の大体は自分になんの問題も持っていないと思ってこの事務所に訪れるからさらに面白い。
その依頼人は男女問わず、年齢は…プライバシーに関わるから言えない。
十時になり、椅子に座ってゲームをしているとインターホンの音が鳴った。
「はいはーい、今行きますよーっと。堅司、よろしく」
私はやっていたゲームの電源を切り、堅司を玄関に向かわせた。
玄関から聞こえる堅司と女性の声。若干太いのでポッチャリとしているのだろうか。
事務所に入ってきた女性はやはりポッチャリとしていた。
これは面白くなる気がする。
いや、絶対面白くなる。
私はにやにやしたくなる気持ちを抑えて「そこにどうぞ」と声をかけた。
よいしょと言って座る女性。まずい、吹きそうになった。
「こんにちは…依頼した西角文惠です。依頼内容…見ましたよね?」
「いや、見てないしあなたの名前も初めて知った」
「えっ…」
私が知っているのは今日依頼人が来るということだけ。
仕事内容などは私がこういう依頼は受けていい、こういう依頼は受けてはいけないと先に堅司に言ってあるので「私は」問題ない。
「で、依頼内容はなんですか?人探し?浮気?殺人?」
「浮気です!…可能性ですけど…」
私の大好きな浮気。可能性があるっていうことはほとんど黒の可能性が高い。
話を聞いていくと結婚三年目で二十五歳。夫の名前は聖也二十四歳。電化製品を売る会社で財務を担当しているらしい。双子の子供がいて双子ともに二歳児。自称容姿端麗で夫が浮気をするわけがないと思っているらしいが、ここ三週間ほど夫の帰りが遅く、夫は会社の残業や飲み会という。
一歳の子供がいる。元は事務員だったが子供が生まれてからは専業主婦に。
休日は家にいてくれるが子供の世話を疲れているからと進んでしてくれない。
その夫の名前は正男。写真を見せてもらうとイケメンでもなければブサイクでもないといった文字通り普通の男性。
これは浮気ほぼ確定。
そう思っても証拠がないと解決にならないのがこの仕事。
とりあえず超小型のGPSとカメラを渡し、勤務中にどこにいるかを把握できるように。
こんなものあくまでも補助だけどたまーに役に立つ時がある。
私は「入念には調べておきますが、結果がどうなろうとその後のことはあなたが決めてください」と言って依頼人を帰らせた。
これから聞き込みをしたり張り込みをしたりしなければいけないのだがそれより前に私にはやることがある。
「堅司、桜姉に電話して、ワン切りでいいわ。あと夫の会社にも連絡して。そっちの会社に聞き込みに行くって」
桜は知り合いのレンタカー屋。私にとっては姉のような存在であり、探偵業には欠かせない存在。
張り込みの際に数日にもかけて行うので一種類だと怪しまれる。
なので一日ごとに車種を変えて少しでも疑われないようにする。
ちなみにワン切りの理由はこちらからかけるとほとんど応答しないから。
私は次郎さんに連絡。
「もしもし、なんだ、用事でもあんのか?」
「なきゃ電話なんてしないわよ、頼みがあるんだけどいい?」
「まさかお前また周辺の警備に連絡しとけって言うんじゃねぇだろうな?」
「分かっているじゃない、じゃあよろしく」
「よろしくじゃねぇ!何度言ったら分かるんだ!俺は捜査一課だぞ!って切りやがった…」
次郎さんに連絡をしたあとは堅司の連絡待ち。会社への連絡は断られることがほとんどだがどうか。
「紗耶さん、大丈夫だそうです。ただ、今は仕事中だそうなので明日の朝、出勤前に行くのがいいとのことです。仕事終わりでも良いそうですが、帰るタイミングがバラバラなことが多いため出勤前を狙ったほうが良いとのことです」
あら意外。断るどころかノリノリ。
というかこの時間じゃバリバリ仕事中なのに。暇か。
会社とのアポは取れたので早速夫の会社から家までの距離を計りにいく。
ここから四キロメートルほど離れているので堅司の車で移動。
真っ黒で丸っこいボディの車の中は私が快適に乗れるよう、後部座席に三つのクッションが。これは私が買って載せたもの。私は車の免許を取っていないため、というか取る必要がほとんどないので堅司の車の中は私の好みになっている。
「さて、とりあえず夫の会社から家までの最短ルートを測るから会社までお願い」
「了解です、会社までは少し遠いので横になっていていいですよ」
「言われなくても」
私は靴を脱ぎ、うつ伏せになってクッションに頭を突っ込んだ。
車を走らせること約二十分。夫の会社「蜂の子」にある駐車場に車を停め、タイムを計り始めた。
ここから依頼人の家までは三キロメートル。周りの景色を見るとコンビニや飲み屋、果てにはキャバクラやラブホまでと「どうぞ浮気してください」と言わんばかりの店が立ち並んでいる。信号が多く、変わる時間も地味に早いので何度も止まる。
そしてその途中、夫の車とすれ違った。
「ねぇ!今の見た!?」
「見ましたよ、助手席に女性も乗っていましたね、恐らく同僚の方と思われますが」
ドライブレコーダーを付けていなかったのは正直痛かった。
はっきりと顔を覚えていればその女性も追える。
だがこの時間帯ですれ違ったのは大きな収穫。十一時、昼休みでもないこの時間帯に会社外に出る理由としてはセールとかそんなものだが夫の勤めている会社は店頭に置くものがほとんどらしく更には財務ときている。
ならばなぜわざわざ自宅近辺まで?
謎が、疑問が、私の心を躍らせる。
住宅街にある依頼人の家に着くと十分経っていた。全ての信号に引っかかっていればもっと時間はかかっただろう。
せっかくなので家に上がらせてもらおうとインターホンを押したが応答はない。
「留守のようね、買い物にでも行っているのかしら?」
「ですかね…もしくは早めのお昼ご飯という可能性もありますが…」
ママ友とカフェで雑談でもしているのだろうか。
携帯でこの周辺の飲食店を探してみたが、あるのは居酒屋やラーメン屋などでおしゃれなカフェなどはない。
最近のママ友は真っ昼間から居酒屋で酒飲みながら話すのかとも思ったが恐らくないだろう。
仕方ないので堅司に車の中で待機してもらい、私は聞き込みをすることにした。
まずは隣に住んでいるおばちゃんから。ベランダで洗濯物をしていたのでそのまま話をすることにした。手始めに夫婦について聞いてみた。
「西角さんねぇ、隣に住み始めたときは新婚だったらしくて仲良かったけどもう最近じゃ一緒に外出てる姿も見ないわねぇ」
「ふむ、では他に怪しかったこととかありますか?」
「怪しかったなんてそんなこと…あったわねぇ。この前…三日前かしら?窓の掃除をしていたら西角さんの奥さんの声と旦那さんじゃない人の声が聞こえてね、配達の人かとも思ったけど長く話をしていたし、家の中にも入れていたから…そのくらいかしら」
「ふむふむ…ありがとうございました」
「それよりあなた警察の人?制服が違うようだけど…もしかして私服警官ってやつかしら!?」
「探偵ですよー。きょうはたまたま仕事服なだけでこうやって聞き込みのときは私服なんですけどね」
その後も近所に人に一時間ほどかけて話を聞いてみたが収穫はほとんどなく、依頼人が浮気をしていることが分かっただけだった。
まぁこれは楽しみが増えただけで今回の仕事には全く関係がない。
私は車に戻り、事務所へと車を走らせるのだった。
事務所に戻り、昼食を食べ終わると私は昼寝を始めた。
いつも聞き込みは堅司の仕事だが車の管理があるため私がやらざるを得なかった。
そのためすこぶる眠いアラームをつけることも忘れて私は深い眠りへと落ちるのだった。
午後五時、携帯を見てみるとアラームを付け忘れていたことに気づき、ワイドショーを見ていた堅司の頭を数回叩いてからテーブルの上に置いてあったコーヒーを飲んだ。
「それ…俺のなんですけど…」
「知ってるわよ、こんなに甘いの私頼まないし」
「いやそういうことじゃないんですけど…」
依頼人の夫の仕事が終わるまで一時間。私は堅司が今日まとめた資料に目を通しているとあることに気づいた。
会社の社員募集用の写真のほとんどが女性で「女性の働きやすい職場です!」と書いてある。募集する前から入社しているなら問題はないが、サイトの設立は今から十年前。
となると十四歳になるので当然当時入社は不可能。
入社前に入社先の情報を仕入れることは当たり前。となると進んでここに入ったかもしくは――
「堅司、もう一度会社に連絡して、今度は聖也さんという人がいるのかを聞いて。もしかしたら今日一日無駄に過ごしていた可能性があるから」
堅司の電話終わりを待ち、堅司の口から出た言葉は「そんな人はいない」だった。
「ふ、ふふ…あっはっはっはっは!あーおっかしい!これじゃある意味振り出しじゃない!堅司ィ!明日は朝早くから張り込みしてもらうわよ!」
「はい…あ、それと桜さんから電話が来ています」
電話に出ると「ハロハロー」と気楽な声が聞こえる。
「桜姉、明日から車借りるけど何台ある?」
「三十台あるよー、何?また浮気調査?」
「うん、明日からもう張り込むから七台用意しておいて」
「了解、んじゃまたねー」
電話が終わるとすぐさまに堅司を桜姉の元に向かわせて私は依頼者の家近辺のラブホに片っ端から連絡をした。ここ一ヶ月の顧客リストを名前だけの表をFAXで送ってもらい、計六件。
そのうち一店舗のみ、三回来店していることが確認できたのでこれも張り込み確定。
そして一番気になるのは夫がどこで働いているのか。
わざわざ自分の妻を騙してまで働いている場所を隠しているとなると…やばい所かバイト。
だがバイトで一軒家を持っているとは考えづらい。
その答えは明日分かることだが、なんとも言えないモヤモヤ感がする。
仕方ないので堅司が帰って来るまでゲームをするしかない。
堅司が帰って来たのは私がゲームをやり始めてから三十分後。
車を取りに行ってからの時間を合わせると一時間以上も経っている。
「おっそい!何やっていたの?」
「すみません…桜さんと話をして夕飯の買い物に行っていたので…」
「それにしたって遅いでしょう。まぁいいわ、ご飯作って」
頭をペコペコと下げて謝る堅司。その時ポケットから何度か折りたたまれている一枚の紙が落ちた。
「堅司、なにか落ちたわよ」
慌てて拾い、ポケットに入れなおす堅司。
正直どうでもいいが一応何かを聞いておく。
「今拾ったものは何?やばい薬の粉とかだったら通報するわよ」
「そんなものじゃないですよ!あとで見せようと思っていたものだったので…」
「それじゃ後で見せてもらうわね」
食事と片付けが終わったあと、堅司はテーブルにさっき落とした紙を広げた。
それはキャバクラの店員リストだった。
「よくこんなもの手に入れたわね、でもなんd…ナイスジョブよ堅司!」
店員のリストには西角聖也の文字。
「さっき買い物に行く道をわざと依頼人の周辺地域のスーパーに行っていたんですよ、そして信号待ちをしていたらキャバクラのキャッチをしている聖也さんの姿があったのでもしかしてと思い店内で聞き込みをしたら今日すれ違った時に乗っていた女性の姿もありまして、その時は買い出しに行っていたとのことです。次からは自分で行くようにと買い物をする場所や順番など教えてもらっていたようです」
大手柄。となるとラブホテルの件も恐らくはアフターで行く店員のために…というのは考えにくいのでこれは保留。
なるほど、どこで働いているかを隠している理由はわかった。
帰りが遅くなることも仕事柄だろう。
だが何故最近?以前から働いていれば必然的に毎日帰りは遅くなるはず。
…あぁ、そういうことか。依頼人は嘘をついていなかったのか。
「堅司、明日私を『蜂の子』まで送って行って。調べたいことができた」
「了解です。では俺は帰りますね。お疲れ様です」
事務所の鍵を閉め、堅司は家へと帰って行った。
私がやることはもうほとんどないので三時間ほどゲームをしてからソファーに寝転んで眠るのだった。
翌日、朝早くから堅司に「おはようございます!!」と大きな声で起こされ、朝食も済んでいないまま着替えて車に乗り込んだ。
「市販のパンで申し訳ないですが、どうぞ」
「ん」
メロンパンを受け取り黙々と食べる。
私は朝が非常に苦手なのでボサボサの髪も会社についてから車の中で解かしてもらっている。
「はい、できました。それでは頑張ってください」
「そっちも張り込みは頼んだわよ、本格的な張り込みは夜からだろうけどどこかに寄る可能性もあるから目を離さないように」
会社の中に入ると受付に女性がおり、名前を言うとすんなりと案内をしてくれた。
案内された広い部屋に入ると一番奥、窓側の席に部長らしき人が座っている。
「おはようございます、朝早くから申し訳ないです」
「はは、謝らなくてもいい。だがこんなに早く来ては聞き込みができないのではないのか?」
「いえ、調べに来ただけです。昨日の電話内容ですとここに聖也さんはいないと言っていましたよね?」
「ああ…だがそれがどうかしたのか?」
「ええ、私が聞きたいのは『いつから』いなかったということなんです。ご退職されている、しかもそれが数ヶ月前の話であればまだ社員のリストが残っているはずです。なのでそれを拝見させてもらおうと思いまして」
「だが…プライバシーというものが…」
あからさまに戸惑う部長。演技なのか素なのか。
「私は探偵です。国からきちんと資格を得ている探偵なんです。どこの誰かの名前や住所を引き抜いて悪用することなんてないですし、用がなくなったらさっさとシュレッダーにかけて燃やしています。それとも何か隠しているのですか?知られたらまずいことなどあったりするのですか?」
仕事上確かにリストを一時的に頂いているが、仕事が終わった時には提供者に完全にデータが消えたことを確認させてから元のデータ、書類などを返す、もしくはシュレッダーにかけて処理をさせている。
探偵はあくまでも「一般人」なので情報管理、処理はとにかく徹底しなければいけないのだ。
「そ、そんなことあるわけがないだろ!とにかく西角聖也などという男は我が会社にはいない!」
見事に掛かった。
「おかしいですね、何故聖也さんのフルネームを知っているのですか?しかも男性と」
「うっ…いいかげんにしろ!さっさと出ていかないと警察を呼ぶぞ!」
「それはおっかないです。ではこれで失礼しますね」
私は駆け足で会社を去り、近くのコンビニに行って堅司に電話をした。
「堅司、今どこにいる?」
「依頼人の家の前ですよ、紗耶さんはもう終わったのですか?」
「ええ、迎えに来られなければ自分で帰るけど――来られる?」
「今すぐに行きます、会社にいますか?」
「そのすぐ近くのコンビニよ、この時間帯だと大体のサラリーマンの出勤時間だから急いで」
コンビニで肉まんを買って待つこと数分。すぐに迎えが来た。
「お疲れ様です、少し冷めてしまっていますがコーヒーがあるのでそれを飲んでください」
足元に置いてある大きめのレジ袋には缶コーヒーが十本近く、パンも八個とドラマの刑事もビックリのラインナップとなっている。
依頼人の家までいくと車が二台。まだ夫は出勤していないらしい。
既に八時半は超えているのに出勤していないとは…休みなのだろうか。
「ねぇ…一応聞いておくけど依頼人に夫のスケジュール位は聞いているわよね」
黙る堅司。そして携帯を取り出して誰かに電話をし始めた。
大方依頼人かと思うが…まさかこんな凡ミスをしているとは。
「紗耶さん…大変申し上げにくいのですが…」
「休みでしょ!さっさと事務所に帰るわよ!」
その後一週間が経ち、堅司から報告書、写真、動画などを見せてもらい、依頼人の夫と店員の女性がラブホテルに入って行った所の写真。だが女性に話を聞いたところ勉強をしに行っただけで本番までやってはいないという。
店の方でも本番までやってはいけないというルールがあるらしい。
結論を言うと。
夫は浮気をしていなかった。
なにかの理由で「蜂の子」を追い出されてキャバクラのキャッチ、教育係に就職。
部長の様子からして理不尽に辞めさせられたことが伺えるが依頼内容には含まれていないのであとは知らない。
依頼人を事務所に呼び、報告書を使って順に説明し、報告を済ませた。
依頼人は驚き、失神しかけていたが冷静になって料金を支払って帰っていった。
「さて、盗聴器を仕掛けたし、スピーカーで楽しむわよ!」
「相変わらず趣味悪いですね…探偵のプライバシーは守るのではなかったのですか?」
「いいのよ、仕事は終わって、今からは私の趣味の時間だから」
その夜、帰ってきた夫に駆け寄る妻の焦る声。飛び交う怒号。泣いてしまった子供。
この修羅場を見ることができないのは少しだけ残念。だがこうして盗み聞きしていることも大好き。
探偵って…やっぱりいいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます