第8話 神去る爆炎
16・天に至れず
W.P.I.U隊と新天連残存部隊の交戦開始から20分ほどが経過したころ、N.A.U海兵隊機動部が到着する。6機のメールマンからバーンズ隊などが降下を開始し、ようやくW.P.I.Uの面々も後方に下がり補給と休憩を行った。戦死者は出ていないものの、疲れ知らずのデータパイロット機を相手にし続け疲労困憊……という体であった。
「そういや、中佐はどうしたんだ。途中からこっちに丸投げしガルーダで出たんだろうが、データリンクを見る限りオンステージしてねぇよな?」
水筒の水を飲み干し一息ついたレックスが疑問を口にするも、他のパイロットたちは顔を見合わせ「言われてみれば見ていない」と口々に話す。つい先日もstorkとなって野営地を離れたこともあり、不在であることを異常事態とは感じていなかったが、よくよく考えれば指揮官が所在不明というのはただごとではない。
「ダメですね。整備員の方たちもガルーダが出撃したのは確認したそうですが、どこに向かわれたかは仰ってなかったそうです。中佐のことですから、何かお考えがあるのでしょうけど……」
自他共に認める花形マニアのラダー少尉も、さすがにその真意を測りかねているようで困惑気味である。整備給電中の機体から呼びかけを行っても反応はなく、戦術用マップモニターにもガルーダの位置情報を表す輝点は映っていない。
「中佐が撃破されるとは考えにくいですから、隠密行動中と考えるのが妥当でしょうか。目的はよく分かりませんけど、私たちはとにかく私たちにできることを全力で行うのみです。給電が完了した機体から順次発進し、前線のN.A.U部隊と入れ替わってください。もう30分ほどでG.B.PやN.E.Uも到着するので、そうなれば勝ちです!」
時刻はすでに17時を回り、視界も悪くなっている。通常であれば夜間戦闘は避けるが、数で勝る同盟軍は照明弾や投光器を多用し休む間を与えない作戦で一気に勝利を得ようと目論んだ。データパイロットに食事や休息が不要だとしても、機体はいずれバッテリーがダウンする。生命維持機構がオミットされた分バッテリースペースは多く、有人機よりかなり活動時間が長いという解析結果も出たが無限には動けない以上、ここは攻めの一手ということである。
「まあ、敵前逃亡するようなタマじゃねぇことだけは確実だ。案外、一人でボスをぶっ潰しに行ったりして……とかな。さすがにそりゃねぇか!」
レックスは軽い冗談のつもりで言い、周囲もそれを聞いて笑いはしたが、発言者も含め「実はあり得るんじゃないか」と心のどこかで思ってはいた。そして各小隊が再出撃する際、入れ替わりのバーンズ少佐にその話をすると少佐はポツリと呟いた。
「そうか。俺たちは敵の目を引く陽動役を任されたわけだな。天へと至らんとする者に引導を渡すのは、生者を死の世界に引きずり込むghostの役目ってか。本当に不器用な生き方しかできない男だよ、あいつは!」
周囲は夜の闇に包まれ、迷彩用のヴェールがなくとも暗視カメラなしでは目視による発見を避けられる状況になった。バイコヌール宇宙基地は打ち上げ失敗に備え近隣に居住する設備などはなく、もともと人の目に触れる可能性は少なかったが上々の滑り出しである。
(よし、灯りは盛大に頼みますよ少佐。同盟軍の主力が東に集結していれば、他方に戦力を配置する余裕はもうない。となれば発射を早め、防衛部隊の壊滅前にこの地を去ろうとするはず。だがロケット点火直後を狙えば大火力は不要で、私だけでも破壊は可能だろう。罪に見合う罰は受けてもらおう、お互いにな)
弥兵衛がここまで教皇ベルーナらの殺害に執念を燃やすのは、仮に捕縛という形で終幕を迎えると裁判などで永らえる可能性があるためだ。世界には新天連の信者や思想に傾倒したものも多く、生きていれば奪還を目論む可能性だってある。それを避けるため、ここで死んでもらう必要があると考えていた。同時に、ロケットを発射直後に撃墜すれば付近は燃料誘爆による業火に包まれ、自身も危険である……とも。
「私がハロンでもインドでも、そしてこの戦いでも生き残ってきたのは……この役目を果たすためだったのかもしれない。今こうして標的の間近にまで至り、本懐を遂げようとしているのだから運命も感じよう、と。さて、頃合いだな。そろそろ行くか」
照明弾が打ち上げられる位置に変更はなく、それからは同盟軍が敵陣を抜けず戦線は膠着していることが予想される。質量ともに勝る同盟軍を押し留めるには新天連側も相当な無理を強いられているはずで、発射台を厳重に警備することは難しいに違いない。味方を騙し、利用してまで機会を伺っていた弥兵衛に、ついにチャンスが訪れたのだ。
「基地中央に到達後、両ラウンド・ブースターを下方向に向け点火。ハイジャンプ後に地上を索敵し高熱源体を探索する。突入開始後はもうECMも不要だ。電力リソースは機体制御と熱源探知に可能な限り振り分けろ!」
アクションパネルにAIから「了解」の文字が出されると、弥兵衛はガルーダを岩陰からバイコヌール基地へと突入させる。それまでは岩陰や谷間を利用し、推力温存と静穏化を両立させるべく歩行で基地の近くまで接近した。基地防衛隊も同盟軍を足止めすべく出払い、もはや障害となる者は存在しない。前線の部隊が戻ろうと画策する可能性はあるが、それをバーンズ少佐らが見逃すはずもないのだ。辛抱強く待ち続けた自分の勝ちだと確信する。
[バイコヌール基地上空に友軍機反応!……識別コード、ghost。W.P.I.U所属機ガルーダです!しかしなぜあんなところに?]
同盟軍と防衛隊の戦闘区域はバイコヌール基地の東方3㎞ほどの地点で、照明弾の光の影響を強く受けていない機体なら基地上空でブースターの赤い炎を目視することもできた。そのうちの1機、G.B.Pの新型ナイト・オブ・ザ・ライトニングを駆るロイヤル・レディことマーガレット・バロウズは後に「ghostなどではなく命の輝きを見た」と、父でもある指揮官に報告している。
[ガルーダ、レーダーからロスト!地上高度に降りたものと思われます!]
ブースターは下に向け噴射しつつ、高度を取ると機体を逆立ち状態にして頭部を地表に向ける。そして猛禽を思わせる逆三角形に近い形状の頭部に備えられた両眼は、しかと獲物を見定める。地表のハッチが開かれ、地下発射台にセットされ発射準備に入っている大型飛翔体の姿を。
(やはり私の……我々の完全勝利で幕引きだな。さあ、死の運命が今から迫りくるぞ。仮にも聖職者というなら悪霊を祓って見せろ!)
ブースターの噴射を停止し、重力に逆らえなくなったガルーダは地上へ向け急降下を始める。機体はハッチの上空に到達し、そのまま吸い込まれるようにして地下発射台のある巨大空間に降下していった。
「宇宙活動船は外付け型か。月まで行くというのは本気だったようだな。それは夢に終わるが……」
大型のロケットと、その外側に宇宙船が取り付けられたこの型は、重力圏を抜けたら先端だけを切り離す型より制御は難しい。しかし大量の物資や居住性の高い宇宙船が必要となる場合はこの方法しかなく、単なる弾道弾として使うのではないことはこのことからも窺い知れる。
『初めまして、というべきですかな。私はW.P.I.Uの花形=ルーファス=弥兵衛中佐であります。教皇猊下にはご機嫌麗しゅう……はずもありませんな。私の目的は猊下のお命なので、投降しろとは申しませぬ。ただ遺言あらばお聞きしましょう』
それを誰かに届けられるかは不明ですがね……と、そこまでが本心であるが言うべきことでもないのだろう。これほどの大型ロケットであれば積まれた燃料の量も膨大で、これを至近距離で撃破することは攻撃者もタダでは済まないことは容易に想像がつく。しかし発射して加速されたらもう手持ちの武器ではどうにもならない。点火されたら即座に攻撃を開始するしかないが、それまではいくらかの余裕もあった。
『持つ者たちの先兵、いや走狗か。この世界に生きる希望を見出せぬ者たちが新たな世界に旅立つのを止めると申す貴様は悪魔よ!』
おそらく返事はないだろうと踏んでいたので、何かを言ってきたことには驚いた。しかし「兵士」なのか「イヌ」なのか、それとも「悪魔」なのか。犬のような姿をした悪魔の兵士……というものを想像してみたが思い浮かばない。
『あなた方は「持つ者」と「持たざる者」にえらくご執心のようで。私は確かに持つ側に生まれましたが、だからといって何の苦労もせずただひたすら幸せに生きてきた覚えはないんですがね。それともこちら側に生まれたこと自体が罪であると?』
『飢える心配も渇く心配もせずに生きられる輩に、持たざる者の悲哀など理解出来ようはずもない。持つ側に生まれたことは罪でないとしても、持たざる側のことを知ろうともせず死は運命だと切り捨てるのは罪であろうよ。故に我らは死を乗り越え、新たなる世界の天上に連なる者となるのだ!』
『なるほど。それで肉体を捨ててデータになり、肉体が欲しくなったら作って入ればいいと。そうやって、肉体が滅んでは作って入れ直し……を続けたら月の新世界とやらは大変でしょうな。新たに生まれた精神、データからではなく作り物とはいえ人から生まれた子供の分だけ頭数が増えていき、現在の地球以上に人が増え続けることになるのでしょう。そうなれば次は火星にでも新世界を求めるんですか?』
ブースターの点火が始まるかを観察しつつ、弥兵衛も相手の問いに答えていく。どうせ殺す相手、そして自分も死ぬ可能性は高いが、前々からこの連中には言ってやりたいと思っていることはあったのだ。
『我らの理想を知っておるなら話は早い。お主も共に来い。死から逃れたいと思うのは人である以上は避け得ぬであろう?誰もが飢えず、渇かず、寒さに震え死の影に怯えることのない楽園に……参ろうではないか。そして人を超越するのだ!』
『飢えるから食べる喜びがあり、渇けばこそ潤される充足感がある。それらを捨て去って存在することが、本当に人であると思うのか?そんなものは人ではなく、生物とすら呼べない。死の影に怯えないと?冗談じゃない!怯えているから記録として残り、人であることを諦めないから肉体を再構築して蘇えろうというのだろう!?』
貧しい環境に生まれ、生きるのが大変だったということは認める。しかし同じような境遇にあるもの全てが人であることを諦めてはいない。あの日N.A.U司令部に運んだ夫婦は、どこの支配も及ばぬ法治ではなく実力がものを言う世界でも人の営みを続けていた。結局この連中は目先のことから逃げ続けてここに至ったのだろうと、弥兵衛はそう判断した。
『すべてを終わりにしよう。遍く生物に降りかかる死の運命を受け入れ、ここで人として死ね。残念ながらリトライはなしだ、諦めるんだな!』
ロケットに点火すれば噴射炎に巻き込まれ自壊するかもしれない……という望みの下にロケットは点火されたが、それを待っていた弥兵衛はガルーダを飛び上がらせ地上にあるハッチまで向かわせる。恐れをなして逃げたと教皇ら幹部が喜んだのも束の間、ロケットがハッチからゆっくりと顔を出したところでガルーダからの攻撃を受け始める。重火器は装備していないが、ブースターの大半を占める燃料系にダメージが入れば誘爆は免れ得ない。外しようもないほど巨大な的に向け、ガルーダは三式突撃銃を撃ち続けた。
『おのれ!貴様のしたことは人類にとって多大な損失であることを忘れるなよ!我らがここで朽ちようとも、この意志を継ぐ者たちは大勢いる。我らは一足先に天上へと至り、この世界の者どもがのたうち回る様を眺めてやるわ!』
ロケットは高度100mに満たないあたりで大爆発を起こし炎上する。燃料に引火し地表に向けて炎の雨が降り注ぐ様は世界の最後を感じさせるほどのものだったが、その光景は基地の東で交戦していた同盟軍と防衛部隊の目にも留まり、同盟軍からは歓声が、防衛部隊のデータパイロットは無音のままデータのデリートを実行する。
[交戦中の各機より連絡!「敵コマンド・ウォーカーは沈黙、いっさいの敵対的行動も道められず」です。やりました、我々の勝利ですよ!]
同盟軍合同本部のオペレーターも興奮気味で、つい余計な一言を漏らしてしまったものの、それを咎めた者はいない。ng歴304年2月11日、正式記録では18:07に交戦停止となっている。同盟軍各員は進発から数えて約2か月に渡る戦いを生き抜き、歓喜の声を上げる。標的の逮捕こそならなかったが、月への逃亡という最悪の事態は避けられ教団本部のあるエンゲルスも制圧された。目的は十分に果たされた以上、勝利を喜んでも罰は当たらない。その一方で、勝者にもかかわらず敗者のように静まり返る一群が存在している。W.P.I.U軍と、そこに来ているバーンズ隊であった。
「ちょっと待て!あんな炎resistorの自爆なんてもんじゃねぇぞ!あの場にいたら助かるワケないが、中佐はちゃんと逃げたんだろうな!?」
レックスの怒声に、誰も返答しようとはしない。爆炎に飲まれても機体は原型くらい留める可能性はあるが、パイロットが助かる可能性は皆無である。あの場から逃げているなら通信なり機体の位置情報なりが入ってもおかしくないが、それもないことを鑑みればイヤでも予測は悪いほうへと向かう。
(悪い天使たちの親玉は、ついに天へ至れず……か。新たなる世界でgodになろうとした者は爆炎に飲まれ、同じくghostも消えた。しかし世界は変わらず進み続けるのだろう、この一件もすぐに忘れ去って。本当にこれでいいのか、ルーファス=花形)
燃え広がる爆炎をモニター越しに眺めながら、バーンズ少佐は物思いに耽る。こうまでして教皇らを討つことにこだわった理由は理解できるが、単独潜入ではなく主戦場に残っての正攻法でもやれたのではないか。それに最悪の場合、メールマンによる強引な突破を敢行しても可能性はあったように思う。もちろん結果だけを見れば単独潜入は功を奏し作戦は成功、紛争も勝利に終わった。犠牲も少なくて済み、上層部としては万々歳なのだろう。
「すぐに化学防護服の用意をさせろ!墜落機に宣言通りウィルス兵器が積まれていた可能性もあるから、防護服がない部隊員の現場立ち入りは厳しく規制させろと同盟軍本部にも伝えるんだ。特にW.P.I.U隊が暴発せんように、とな!」
仲間の遺体、もしくは遺品を必ず持ち帰る。それが合衆国期からのN.A.Uの伝統である。バーンズ少佐はすぐに捜索隊を結成し、自らそれを率いた。Venusのコックピットブロックの件で科学班を解散させていたW.P.I.Uは、指揮官不在で混乱気味ということもあり、すぐに防護服を用意できず捜索には参加できていない。業を煮やしたレックスらがN.A.Uに協力を申し出る(半ば押しかけて現場に行かせろと騒いだ)が、N.A.U捜索隊に体調不良者が続出したため調査は打ち切り。変異ウィルスの可能性がないかの調査が優先されることになった。
「あれからもう一週間です。調査は後続の専門家チームに任せ、本国に帰投せよとの指示が出ました。私としても非常に不本意ですが、私は中佐に後を任されました。ですから、中佐がなさるであろうことを成すのみです。命令違反をして捜索に残る、とか言い出した人は手足をへし折ってでも本国に連れて帰りますので悪しからず」
代理指揮官として隊をまとめていた柊少尉にW.P.I.U本国から指令が下り、それと同時に「花形=ルーファス=弥兵衛中佐 MIA」の認定が下る。経過した時間を考えれば、MIA認定がR.I.Pになることはあっても誤認になることはないのだろう。
「さんざん、難しい顔をしながら「私は英雄と呼ばれるのが嫌いだ」と仰っていたくせに、自ら進んでこういうことをするからそう呼ばれてしまうんですよ?しかも今度はW.P.I.Uの英雄ではなく世界の英雄ですからね。せいぜい苦い顔をしながらあなたが救った世界のことを見ていてください、英雄さん!」
ng歴304年2月18日、W.P.I.U派遣隊は本国への帰途に就き、バイコヌール基地近郊を後にする。最終的に失われた戦力はVenus15機中ブレイクアウト2、ブロークン3。パイロットは15名中3名が戦死し、挙げた戦果を考えれば次世代機の名に恥じぬ戦績と言える。しかしそれとは別に、1人のパイロットと1機のコマンド・ウォーカーが消息不明となったものの、遺体もなければ残骸も発見されないことが後に様々な憶測を呼び、ghostのcodenameに見合う話題を世間に提供することになるのである。
17・地に伏して
ng歴304年も9月に入り、世界的には年初における新天連の一件から立ち直りつつあった。N.A.Uのスペース・トラクターやG.B.Pのリッチモンドは強制査察が入り解体、N.E.Uでもエヴォリューション・ミラージュの裁判が進んでいる。世界がそのように新天連の負債を処理する中、W.P.I.Uの楠木アビオニクスだけは従来通りの業務を執り行っていた。2月初頭にW.P.I.Uの桑原晃良代表が病に倒れ、花形=ジョージ=半兵衛が代理を務めていたが、W.P.I.U派遣隊が帰還する際の式典に合わせて正式に代表へ就任することになる。代表選挙は開かれたが、すでに「世界のために命を捨ててまで新天連を討った英雄」の評価を得ていた男の父である。有効票の得票率は歴代最多の99%という圧倒的勝利を以って代表選出となった。
「N.A.UからもG.B.Pからも、会えば軍部査察についての話題を振られる。外務防衛担当大臣も軍トップも「調査結果に問題はない」と口を揃えるが、その言葉は信じてよいのだな?」
代表に主任しても、自身や他者に厳しく遵法を迫る精神に変わりはないジョージ=半兵衛だが、ただ一つ人々を困惑させるエピソードがある。彼は派遣隊の帰還と戦死者の慰霊を行う式典において、戦闘中行方不明者つまりMIA認定された息子のことについてこう述べた。
『皆様は息子のことを「命を賭けて世界を守った男」と褒め讃えるが、あれはおそらく死んでおりません。あの捻くれ者が、死に際になんの痕跡も残さず素直に死んでいくはずがないと私は断言できる。ですから、余計な気遣いは無用に願いたい』
ジョージが外務防衛大臣時代に開かれたある会議でのいきさつにより、親子関係がよろしくないということは広まっている。それでも敢えて「仲が悪い息子のこと」を聞いたのはマスコミの悪意も含まれていたからだが、その返答には誰もが驚きを隠せなかった。
「代表もやはり人の親か。息子の戦死を受け入れることができないのだな……」
という同情的な見方が強まり、政敵も付け入るスキを完全に失った。非常に巧みなメディア戦略ともいえるが、実のところジョージ自身は打算でもなんでもなく本気で息子が死んでいるとは思っていないため、そのように発言したのだ。
「世の人々はあれを行いを高く評価し過ぎる。目的のために全力を尽くした結果いい方向に転がっただけのことで、最初からそのような結果になると踏んでいたわけではないのだよ。その点では、我々は似た親子なのだろうな……」
ジョージも、W.P.I.U創設に大きく関わった父親に恥じぬよう、連合を弱体化させるような不正を憎み連合の発展だけを考えて生きてきた。それがいつしか「清廉な政治家」という評価を生み、ついには父と同じW.P.I.U代表に選出された。しかし彼自身は代表になりたいと考えたことはなかったのである。
「私は清廉潔白な代表に、あれは救世の英雄に。我らは望んでもいない地位に押し上げられ、その職責を完璧に遂行することが求められる。人々の一方的な幻想と期待という目に見えない……ghostのようなものにこの先も悩まされ続けるのだろうさ」
支持率が現段階で最高潮である以上、基本的にはもう落ちるしかない。多少の下落など問題ないと分析する者もいるが、落ちても十分に高いからと妥協できるような性格だったらこのような人生を歩んではいないのだ。ジョージは完璧な政権運営を目指すべく、問題になり得る芽が出ていないかの調査を行うことを決意する。
「サイパンに帰っている葉山誠士郎准将を召還せよ。軍には内密に、代表権限の執行命令書で呼び出すように」
外務防衛担当大臣も軍本部長も異常はないといったが、先進国連合の代表たちにしつこく聞かれるのはどうも腑に落ちない。ジョージはかつてW.P.I.U軍の諜報部に所属していた葉山誠士郎に極秘の内偵をさせるべく、呼び戻すことにした。
「蒸し暑い首都には行きたくないが、代表権限の命令では仕方ないか。そういえば2年前、育成科が発足した年も俺はこうして9月に首都へ行ったものだな。そして君らとも出会って、今では開発部のテストパイロットをしてもらっている。まったく人の縁とは分からないものだな……」
輸送機albatrossの準備完了までしばしの猶予があるため、葉山准将は部下たちと談笑に耽っていた。荷物を運んでいたのは旧ultramarine小隊のエルウッド=ハサン少尉で、その隣にはマリア=ラダー中尉もいる。彼女は派遣隊から帰還した後、サイパンの地に勤めたいという夢を叶えることに成功した。かつて憧れ、恋焦がれた男と同じくテストパイロットとして。
「あの頃は本当に楽しい日々でしたね。私たちは日々のことだけ考えていればいい学生で、無神経な人もいましたがみんな善良ではありました。そしてあの人も……」
そう、あの人もいた。コーヒーを甘いものにすり替えられて吹き出していたりというような、どうしようもない事すら今では貴重な思い出である。バイコヌールであのようなことになるなら、もっとやっておくべきことがあった。しかし時すでに遅く、せめて夢くらいは叶えようとサイパンへ来たが満たされぬ日々が続く。
「……気休めを言う気はないが、俺はあいつがあそこで死んだとは考えていない。俺の意見はジョージ代表と同じで、あいつが痕跡を残さずに消え去るような下手を打つとは思えないんだ。案外、こうして呼ばれたのも軍には内緒であいつを探せってことかも知れないしな。軍としては、英雄に祭り上げた男にはそのままでいてもらいたいんだろうが」
サイパンに赴任して約半年。育成科時代にも何度か話をしたことはあったが、葉山准将という人はあの人の親友とは思えないほど活動的で前向きだった。そしてそれに見合う結果も出し、同盟軍史上最少年齢で将官にも任命されている。そういう人が生きていると考えているなら、自分も考えを改めるべきだろうか。マリアの心中は揺れ動くが、その答えが出る前に輸送機albatrossの発進準備が完了する。
「まあジョージ代表の用件が何であれ、せっかく首都に行ったなら色々調べてみるさ。第三次調査隊も9月中に帰還ということだし、オオミヤ中尉や柊中尉からなんらかの話を聞けるかもしれんしな。では行ってくるとしよう。留守は頼むぞ!」
まだ暑いサイパン基地を、輸送機albatrossが飛び立つ。2年前の夏はこの輸送機が弥兵衛とガルーダを運んできて、2年前の秋にはこうして自分が運ばれた。来年の秋もまた運ばれているのかな……などと考えつつ、葉山誠士郎は首都を目指すのだった。
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