第6話 死に誘う者

11・肉体なき乗り手


 先進国連合同盟にDark Angelと呼称される漆黒の機体は、新天連のごく一部で使用される新型機である。resistor(抵抗)と名付けられた機体の出どころは、先進国連合同盟の新型機を実戦でテストしたい一部の開発企業であった。W.P.I.Uなら楠木アビオニクス、G.B.Pはリッチモンド社、N.A.Uにはスペース・トラクターカンパニー、N.E.Uではエヴォリューション・ミラージュ社と、それらはすべてコマンド・ウォーカーのコックピットブロック周辺に関わる企業である。機体の中心部たるコックピットブロックには機体すべての情報が集約されるため、自然と最先端テクノロジーが得られる。彼らはそれを集約し、圧倒的戦力で迫る先進国連合同盟を大勝させないための存在……つまりresistorを極秘裏に生産、供給することを決めた。


[標的を確認。W.P.I.U所属、Venusタイプ。参照データ、ng304ムンバイ0104……]


 そしてこの機体にパイロットは搭乗していない。厳密にいえば「肉体を持つパイロットは」ということになるが、一般的な定義としては無人機という括りになる。しかしこの機体には確かに個性が存在した。操縦者は肉体を捨て、今はデータ上にのみ記録のあるかつての人間。彼らは膨大なデータ世界から適切な記録を引き出すことで経験のなさをカバーし、己の意思だけで機体を自由に操縦できた。さらに無人機ということでパイロットの肉体的負担もなく、新型機の性能を限界まで発揮できる。人と機械の融合、という意味においてはこの時代の極致にあった。


「ペ天使どもは全部で9機か。こっちのほうが数は上だが、それでも近づいてくるってんだから相当な自信があるんだろうよ。まずは俺の隊で当たり、腕前を見てやるぜ。それでいいよな!?」


 W.P.I.Uコマンド・ウォーカー小隊も接近を感知し、迎撃態勢に入っている。敵機の特性を知っていれば別の作戦を断てた可能性もあるが、代理指揮官たる柊少尉は敵の能力を推し量る意味も含めレックス率いるstarry sky小隊の先発を許可した。


[中佐がN.A.U部隊と戻られるのは約80分後です。それまで時間を稼ぐことが私たちの作戦目的となりますので、各機その点を踏まえておいてください。特にレックス君は突出し過ぎないように。敵の全滅が目標ではないですからね!]


 そう注意を受けても素直に従わないあたりがレックス=オオミヤというパイロットの悩みどころであり、同時に油断ならないところでもある。W.P.I.U野営地を半包囲していた新天連の隊は3機1小隊で3方向から接近していたが、レックスは野営地が中心にあることを利用し各個撃破すべく西側の小隊に攻撃を掛けた。簡易的とはいえ防壁で覆われ、防壁のない入り口から接近すれば砲火に晒される防衛有利の野営地から打って出てくると考えていなかった新天連の小隊は不意を突かれる形となる。


『どこにあるかも分からねぇ新たな世界に行きたきゃ、テメーらだけで行きゃあいいんだよ!頼んでもいねーのに他人を巻き込むんじゃねえぞ、この狂信者どもが!』


 どうしても虐殺を行った新天連の機体に一言ケチをつけてやりたかったレックスは、外部スピーカーで非難の言葉を浴びせながら突進する。resistorは人型ではあるが腕部は太く、武器も手持ちではなく腕部内蔵型である。全体的な印象は上半身を重点的に鍛え上げたボディビルダー、もしくは原初のコマンド・ウォーカーたるメタル・コングに先祖返りしている感があった。


『持つ側に生まれ、持つことを正義と信じ持たぬものの生死など意に介さぬ貴様らのほうこそ狂信者よ!資本経済の原理主義者どもが、消えてしまえ!』


 返答があると思っていなかったレックスはやや驚いたが、resistorから放たれた内臓式アームガトリングの攻撃を盾で防ぎ、別の機体の攻撃を横に跳んで避けると敵機に向け盾を投げつける。ある程度の距離まで近づいたいま、一足飛びに間合いを詰めるには盾がデッドウェイトになると判断したからの行動だが、過去の戦闘記録から行動方針を策定しているresistorのデータパイロットにとって「防御装備を敵機に投げつける」というそれは完全に極小確率の出来事であった。


「急に盾が飛んできたので避けられませんでした、ってかぁ?洞窟に籠ってる蛮族かと思ったが、意外とお行儀がいいんだな。自称とはいえ聖職者だからかよ!」


 resistorは飛んできた盾を腕部で防ぐが、単に互換性装甲であるそれに攻撃能力はさほどなく致命傷たり得ない。だが盾を防ぎ前方の視界が開けた頃には、すでにレックス機が肉薄していた。視界を塞ぎスキを誘うための行為であったことを、resistorのパイロットには読むことができなかったのだ。


「……コックピットに直撃弾。ペ天使野郎を別世界に送ってやったと思ったんだが、どういうわけかまだ動いてやがる。AngelからZombieにでも改名したほうがいいな」


 敵の懐に潜り込んだレックス機はresistorの胸部に四式鏡面破砕銃の接射を行い、深刻なダメージを与えた。散弾で装甲板は大きくへこみ、一般的なコックピットの占有スペースを考えればパイロットが無事であるはずもない。しかし攻撃を受けた機体は後方に飛び退きつつ反撃を行い、レックス機は落ちている盾を拾い直して勝負は振出しに戻った。


[こちらmeteor、まずいことになったぞ。敵機はコックピットと思しき場所に直撃させても機能停止しねえ。しかし敵パイロットの返答は確認したため、どうやらAI機でもないらしいな。ブレイクアウトまで持ち込まなければ止められそうにないぜ?]


 撃破状態たるブレイクアウトまで行かずとも、行動に大きな支障が出るブロークンに至れば、通常の機体と部隊なら撤退し修復を試みる。しかし「コックピットに直撃弾命中」というブロークンに該当するであろう損傷を受けても動き続けるこの機体を止めるには、動けなくなるほどの損害を与えるしかない。


[snow bloom了解!各小隊の火力支援機は弾頭を通常から大型炸薬に変更してください。前衛機は敵機の撃墜を火力支援機に任せ、敵機の行動抑制に専念を。それと索敵担当機は電子戦装備に換装を急いでください。パイロット不在の謎を解明するカギになるかもしれませんから!]


 得られた情報で柊少尉が考えたのは、近くに潜んだ指揮車輛なりから遠隔操作を行っているという可能性である。この方法ならコックピットにパイロットがいなくても、指揮車輛で操縦し有人機のように動かすことができるのだ。しかし複雑な操縦をデータとして機体に送信するには高機能通信施設が必須で、それらは電子戦機によるEMP攻撃に極めて弱かった。謎の特性を持つ相手に、まずは可能性の高い対抗策を試そうとしたのである。


(ここはEMP発生までの時間稼ぎをしなければ。もっとも、発生したから状況が好転するという保証はないけれど。中佐であれば、どうされたでしょうか……)


 重度の花形=ルーファス=弥兵衛マニアとなったマリア=ラダーにとって、戦いは弥兵衛の軌跡をなぞる行為である。すべての交戦記録を覚え、自身の置かれた状況に見合う記録を記憶の底から引き出し現状に対処する。その瞬間、彼女は弥兵衛と一つになったかのような感覚に浸れるのだ。他者の経験を利用するという意味では、生身か否かを除けば新天連のデータパイロットと変わらない。一つ違ったのは、彼女の扱うデータは共に戦ってきた日々を重ねた分だけ進化していたことだ。


[mariana deepより小隊各機へ。敵コマンド・ウォーカーの動きはムンバイにおいて交戦した機体に類似点が見られる。基本方針は安定的要素を重視し、確率の低い選択肢は回避する傾向にあるようです。全体的に動きはいいのに盾を投げるという突飛な行動に対処できなかったのも、それが理由なのだと推察されました。そこで……]


 マリアはEMP発生までの時間を稼ぐため、遠距離から曲射を行わせる小隊を野営地の外に出すことを提案する。ただしこの小隊は「防御陣地から出て孤立する隊」という役目を担わせるのが真の狙いである。現状では野営地だけを見ていればいい敵の目を野営地と出撃部隊に振り分けさせ、安全策なら各個撃破のため出撃部隊を狙うだろうとの予測の下、そこを野営地から狙おうというのである。


[言い出しっぺは自ら危険な役を引き受ける……中佐なら確実にそうするはずですから、出撃部隊は私のultramarine小隊が引き受けます。獲物が食いついてきたら歓迎のほうはお任せしますので]


 囮はもちろん孤立の危険もあるが、最悪の場合はバッテリーが尽きるまで逃げ回ってもいい。あと60分もすれば敬愛する上司が援軍と帰還し、そうなればどのような敵だろうと叩き潰されるに決まっているのだから。その狂信的なまでの想いの強さは新天連の信者にも劣らないが、信じるものが違うために殺し合う運命にあった。



 マリア率いるultramarine小隊は野営地の西門から出撃し、同時に北門と東門は閉じられる。門や壁の破壊は可能だが、破壊のために武器弾薬を消耗するのは惜しく、破壊工作中に奇襲される可能性もあるため、それをする必要性は少ない。新天連の小隊もその結論に至ったようで、野営地の北側3か所に散っていた各小隊は西門に向けて移動を開始する。夜間では移動力も下がり、ultramarine小隊に追いつく前にそれなりの損害を与えられるはずであったが、敵は予想以上の速度で闇夜を駆けた。パイロットの肉体的安全の縛りがないため、有人機では不可能な機動を行えるためだ。


[……思ったよりも速い。各機迎撃準備、重火砲は直ちにパージし機動性の確保を。敵機とは野営地が死角になるような位置取りを心がけ行動せよ!]


 囮とはいえうまく安全圏に至った場合に曲射攻撃ができるよう、小隊各機は何かしらの大型武器を装備していた。しかしそれらが接近戦で役に立つことはないため、マリアは追いつかれると判断した時点で放棄を命じる。そして放棄完了直後にresistorの第一波が出現し交戦状態となるが、身軽になったことで一方的な虐殺は逃れることはできた。


[小隊長!敵機の動きは有人機を相手に訓練してきたパイロットには対応が難しいと思われます。幸い敵機も重火器を持っていないためまだどうにか耐えられますが、このままだといずれ……]


 一方向に高速で移動している相手に攻撃を行う場合、有人機であればパイロット負荷を避けるため逆方向への急転換は多用できない。だがresistorはこちらの発砲直後に急転換を行い自動予測射撃を避けてくる。発言者のアサン曹長も育成科ゆえ「こういう場合は自分で狙いをつけるのだ」と知っているが、それを知っていても実際に行うのは難しい。機種転換訓練から流れてきた者たちにとっては尚更だった。


[こちらAsuncion!敵機に組み付かれました!……が、攻撃は行われていない?]


 小隊の1機がresistorに密着され、太い腕に捕まれてしまう。味方ごと撃つわけにもいかないマリアらが判断を迷った直後、密着した2機から炎が立ち上った。予想外の事態に命あるパイロットたちが呆然とする中、命燃え尽きんとするパイロットの叫びだけが通信に流れる。


[た、耐熱温度の限界が……外気は炎上、脱出も不能!このままでは燃えてしまう!]


 コマンド・ウォーカー自体は火炎放射などの攻撃に備えるべく、それなりの熱耐性は持たされている。しかし機体が耐えられても長時間パイロットが耐えられるほどの気密性や温度管理がしっかりしたコックピットを有する機体は、宇宙開発用や海底探査用、寒冷地専用などの局地戦対応型のみである。今回resistorに発火型の攻撃が用意されたのは、実戦における熱量兵器の有効性と限界耐熱温度を調べたいという出資側のオーダーがあったためであり、不運にもその実験台にされてしまったのだ。


[各機、近接レーザーユニット準備!敵をAsuncionから引き離す!]


 残る4機は燃え盛る2機に近づこうとするが、別の敵機がそれを阻む。燃える、熱いとの悲鳴が続き、ついにはそれが途切れるとAsuncion機のパイロットバイタルは死亡を表すものへと変化した。W.P.I.U派遣隊はここに、最初の戦死者を出す。


[ぼさっとしてんじゃねえ!10秒後にその2機に向け火力支援が着弾するぞ!俺が目を引くからお前らはいったん戦場から離脱しろ。そしてアイツに報告しておけ。敵はろくでなし野郎どもだってな!]


 しっかり10秒後、パイロット死亡により擱座したVenusと、それを抱えるresistorに曲射弾が降り注ぐ。パイロットの死亡が確認され、しかも遺体は原型を留めている可能性がほぼ皆無。そういったケースでは機密保持の名の下に僚機をターゲットポイントにした攻撃も許可されていた。C.C.Cでもその傾向は見受けられ、それらが認められていないN.A.U等の西洋圏と東洋圏の基本的価値観の違いが現れている。


[……小隊各機は戦線より一時離脱、中佐たちの到着に合わせ攻勢を掛ける。今の私たちが味方のためにできることは、挟撃の可能性があることを匂わせるのみです。本当に、情けない!]


 結果的に囮作戦は失敗したこと、部下から戦死者を出してしまったこと、そしてよりにもよってレックスに尻拭いしてもらったこと。それらすべてが詰まった最後の言葉であるが、もし敬愛する上司がこの場にいても彼女を責めはしないだろう。最初から最後まで失敗せず、無敗のまま終わる指揮官など存在しない。同じような過ちだけは犯さぬようよく覚えておくのだ……そう言うに違いないと確信できる。もっとも、彼女としては手酷く叱られ体罰を受けても構わない。そのあたりがレックスの「もはや処置の施しようがないマニア」という所以であるが、いずれにせよultramarine小隊の一時離脱により戦況は新天連に大きく傾いた。



12・人ならざる人へ


 一方、N.A.U司令部を飛び立った輸送機。搭載されたガルーダの中で戦闘区域への到着を待つ間、弥兵衛はバーンズ少佐と彼のチームメンバーに敵の新型機について予想される性能の説明を行っていた。


「あの新型機に、おそらくパイロットは乗っていません。両腕部に比べ極端に縦長なあの胴部形状ではパイロット保護機構を組み込んだコックピットブロックの搭載は難しく、そもそも優秀なパイロットを養成する場もないでしょうから」


[すると、あれはAI機ということか。大まかな行動指針が判れば、あとはパターン解析であらかたの動きは分かるが……機械相手では得るものもなさそうだな]


「それが、実はここに来る前ムンバイで一悶着ありまして。そこで暴走した機体に乗っていたパイロットはごく普通の乗り手だったのですが、彼が絶命しても機体は動き続けていたのです。それも、かなりの腕前を持つパイロットが存在するかの如く」


 なんだオカルト話か?……という反応も聞かれたが、話をした弥兵衛本人も真実を知らなければそう思っただろう。だがスパイがどこにいるか分からない以上、ありのままを話すことはできない。虚実を混ぜて話を進めるしかないのだ。


「I.O.Tの調査では、パイロットの操縦サポートに非公式の電脳接続装置が使われたらしく、その過負荷に耐え切れず正気を失いパイロットも死亡したとのこと。それらの実験結果を反映させて作られたなら、人のようなAI機がいる可能性はあります」


 I.O.Tがそのような調査結果を出した記録はなく、これは真っ赤なウソである。だがN.A.Uの彼らがI.O.Tに真偽を問うたところで返答は「回答不可」となるに決まっている以上、このウソが発覚する可能性はない。そして重要なのは、Dark Angelと呼称されるあの機体をただのAI機として甘く見ないことなのだ。


[かのghostにそこまで言わせるんだ。連中が危険な相手の可能性も高いということだろう。もう出番も近いがくれぐれも油断するなよ。各機、準備状況を報告せよ!]


[valuable asset typePF(vaPF)オークレィ、出撃準備よし!]

[valuable asset typeSF(vaSF)スコット、準備完了しています]

[valuable asset typeSG(vaSG)マイキー、いつでもどうぞ!]

[valuable asset typePG(vaPG)ユング、出撃準備完了です]

[そしてvaluable asset typeC(vaC)バーンズ、準備よし。もう一人はどうか?]


 もう一人というのは、やはり自分のことだよな……正直このノリには付いて行き難いものがあるのだが、わざわざ運んでもらった上に武器まで借りたとあっては我儘も言えない。渋々という感は隠しきらないまま弥兵衛も現況報告を行う。


[W.P.I.U所属ガルーダ。codename:ghost、発進準備完了……]


[よぉし、全員いつでもいけるな!悪逆の限りを尽くす堕天使どもをぶっ潰し、この世に人の正義ってものを見せつけてやるぞ!]


 バーンズ少佐はエースであり、名うての指揮官でもある。世界各地の紛争に駆り出されては生き残ってきたその手腕はもちろん、士気を高めるモチベーターとしても優秀だった。長年N.A.Uのトップエースに君臨し続けた、という彼の存在自体が士気高揚に繋がっているのも多分にあるが。


『盛り上がっていところ申し訳ありませんが、W.P.I.U軍から連絡が入りましたので読み上げます。……我が3小隊は敵9機と交戦を開始後、1機を失い味方1小隊が戦場から一時離脱。残存の2小隊で防戦中、2機が突如暴走を開始?。通信による意思疎通も不可能、その姿ムンバイの暴走機を彷彿とさせるものあり……です』


 報告を聞いた弥兵衛の顔は極めて厳しいものとなったが、コックピットに入っていたためそれを誰かに見られることはなかった。もし見られていればghostではなくもっと別の、鬼や悪魔的なものを連想されたかもしれない。そうまで激しく憤ったのは、その異変が起こった理由に心当たりがあったからである。かつてVenusのコックピットブロックに仕込まれていた謎の部分……ここ一か月ほどは戦闘で忙しく、しかしその際も異変がなく平穏無事だったためつい忘れてしまっていたが、窮地に陥ったことで切り札を出してきたに違いないのだ。


(やってくれたな商人どもめ……みんな、どうにかこらえてくれよ)



 先の緊急連絡が行われる10分ほど前。マリアの隊が離脱し、野営地に残ったのは2小隊10機。数の上ではまだ1機だけ多いが、コックピットを潰されても機能停止にならないとなれば継戦能力に差があることは明らかであり、W.P.I.U隊を覆う空気は重かった。しかし逆転の秘策が電子戦装備機によるEMP発生で、これにより遠隔操作は支障をきたすことになる……はずであったが、その希望はいとも簡単に打ち砕かれる。止まったふりをして野営地から敵を誘い出すというおまけまでついて。


[畜生め、こいつら遠隔操作なんかじゃねえぞ!だがこんな複雑な動きができるAI機なんざあってたまるかよ!とりあえずみんな戻れ。ここはまずい!]


 動かない敵には興味がない、と言わんばかりに停止したフリをするresistorに近づかなかったレックス機は奇襲を受けなかったが、調査のため接近したstarry sky小隊の他4機はすべて不意を突かれてしまう。レックス機に近かった中條機と嶋口機は救出され後退したが、離れていた小杉機と井松機は逃げ遅れ集中砲火を浴びた。すぐに装甲を貫通される破壊力は持っていないアームガトリングも、受け続ければ危険であり衝撃により動きも止まる。そこに、自分を焼き尽くすべく死の天使が迫りくるのだ。両名の心は死への恐怖で満たされてしまう。


(こんな所で死にたくない!まだ想いも伝えていないし、想いを遂げるためにやりたいこともたくさんあるのにっ!死ぬのは私が弱いから?彼みたいに強かったらこんなことにはならなかったの?どうして私は彼じゃないの?彼だったら、彼と一つだったら……私の想いも遂げられて……?)


 薄れゆく意識の中、小杉流奈はヘルメットのディスプレイに2つの選択肢が出るのを見た。コンディション・ブレイクアウトの際に発動する機密保持機構、つまり自爆装置の起動前にパイロットを安楽死させる薬物を注射することもでき、それの使用を問うものだと思っていたが、違っていた。


【現世のすべてを捨て去っても想いだけは残したいか?】


 何のことだろう……というのが正直なところだが、どうせ死ねばすべて終わり。なら想いだけでも残せるならそのほうがいい。そう考えた彼女はそれに同意した。それが「人のデータ化」に賛同するものとも知らぬままに。


[ア……アァ……わタしのナカに、人ガ……アふれ出テ……コれハ、ついニ、1ツに]


 データの共有が開始された彼女の記録はデータベースに保存され、同時に多くの記録と一体になる。そして彼女の願ったように、恋焦がれた若きエースの記録と一つになった。もっとも、そこにもう小杉流奈という一個人は存在しない。かつて収められたやや古いレックス=オオミヤの記録を宿した紛い物が、彼女の肉体を借りて存在しているだけである。


[ブッつブシてヤるヨ……すベテを。俺ガ負ケるワケがナイ……ウォォォッ!]


 小杉機の機体コンディションはブレイクアウトに入っていたが、それは表面装甲の損傷度や生命維持に関わる機能の低下によるものである。もはやパイロットの保全に縛られなくなったVenusはresistorと同じく無人機のように立ち回り、復讐するかの如く「敵」に襲い掛かる。その様は繋がれていた猛獣が鎖から解かれたような印象さえあるが、搭乗しているパイロットが無事では済まないことは一目瞭然だった。


[小杉曹長!井松曹長!大丈夫か!応答しろ!動いているのになぜ応答しない!訳の分からねぇことを言って、それじゃまるで……]


 まるで、ムンバイの奴らじゃないか。レックスもあのパイロットたちが死亡したことは聞かされており、さすがの彼も不吉すぎる予感を言い淀んだ。


[レックス君、ここは残存機と野営地に後退を!もうすぐ中佐たちが到着しますから、そうしたら全機で取り押さえましょう。今は何を言ってもムダです!下手に刺激してより好戦的になったら、流奈さんが本当に死んでしまいますよっ!]


 柊少尉もできればすぐにでも取り押さえに行きたいと思うが、まだ敵も健在という状況でそれは不可能と分かっている。この混乱はまだ経験が少ない若手士官が乗り越えるには酷なもので、上官が戻るまで事態を悪化させないことを選んだ彼女の判断は妥当なものであった。レックスとしても「これ以上の無茶な戦闘機動は命取り」ということは重々承知しているところで、悪びれず命令を受け入れた。血が滲むほどに唇を噛み締めつつ。



[ghost、確認だが暴走機ってのは先ほど話に上がったムンバイのケースと同様と見ていいのだろうか。もしそうなら、襲撃を受けた場合の反撃を許可せねばならん。そちらには気の毒だが、俺も部下の命を預かる身なのでな]


 バーンズ少佐の意見はもっともで、逆の立場なら弥兵衛も同様の問いかけをしたことだろう。それだけに、欲しい回答も理解している。


「その認識で結構です。が、暴走機には私とW.P.I.U隊で対処しますので、N.A.Uの方々にはDark Angelをお願いしてよろしいでしょうか?」


 援軍に気が滅入るような仕事はさせたくないし、自分たちの問題はなるべく自分たちの手で決着をつけたい。その気持ちは痛いほど分かるバーンズ少佐は、弥兵衛の要請を快諾した。


[幸運を祈ってるぜ、ghost!周囲の小うるさいハエどもは俺たちに任せろ。よし出撃だ!まず俺と両フォワードが降下し、続いて両ガードとghostが降りる形で行く!]


『メールマン1番機、ハッチ開放。vaCバーンズ機、発進どうぞ!』


『おう!今夜ばかりはライバルと一緒だからな。特別に[ハリケーン]で構わんぞ。では[ハリケーン]リッキー、vaC出る!』


 次に弥兵衛から勝利判定を取るまで封印していた[ハリケーン]の愛称を、その相手と共闘するため今夜に限り使うという。N.A.U軍に所属する者であれば知らぬ者はないその名が、一時的にとはいえ復活することに士気は大いに盛り上がる。さすがのモチベーターぶりである。


『第一波の着地を確認。旋回後、第二波の投下を行います。W.P.I.Uガルーダ、ghost機は発進位置へ!』


『ghost了解、発進位置に移動開始。……発進前にW.P.I.U隊を代表し、N.A.U諸君の協力に感謝を申し上げておきたい。ありがとう。ではガルーダ、発進する!』


『OK、ghost!幽霊に言うのも変ですが、神のご加護があらんことを!』


 誘導灯に沿って前進すると、眼前には虚空に開いた穴のようなハッチが姿を見せる。地上まではおよそ50mで、第一波がすでに敵と砲火を交えているのを発砲音とそれに伴う閃光で確認できた。自分も後れを取るわけにはいかない。援軍として駆けつけてくれた彼らに後味の悪い仕事をさせないためにも、暴走機を取り押さえるか、最悪この手で撃破する必要があるのだ。


「闇夜に出でて、生者を死に誘う存在……か。どうもghostが板に付いてきた気がするな。いわゆる言霊ってやつかねぇ!」


 メールマンから夜空に飛び出したガルーダは、機体をW.P.I.U野営地に向ける。風切り音を立てつつ突進するその姿は獲物を狙い滑降する猛禽が如くであり、由来となった神鳥ガルーダの名に恥じぬものであった。

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