第5話 消えては生じ

10・codename:stork


 W.P.I.U軍が破竹の快進撃を続けた要因は、まず新型機Venusの性能にある。ロールアウト後に実戦を経験していない点を心配されたが、長年運用してきた疾風型の正統進化型だけに基本的な運用戦術に迷いはなく、すでに17回もの戦闘で数多の敵部隊を排除、もしくは撃墜している。同行したI.O.Tの士官もその戦果に感動したものだが、それを呼び込んだ大きな理由がもう一つある。


「なあ。もともと戦いにはシビアなヤツだってのは知ってたがよ、ムンバイを出てからのアイツなんかおかしくねぇか?厳しい……というと普段が厳しくなかったみてえになるがよ、本土はもちろんパラオにいた頃より張り詰めてる感じだ」


 食堂代わりのテントでそう漏らすのは「W.P.I.Uの流星」の異名が板に付きつつある、パラオ地区出身で日系人の流れを汲むレックス=オオミヤ少尉。派遣隊の中では最もVenusの操縦に長けた21歳の青年士官である。彼は軍学校時代、さんざん教官たる弥兵衛に手を焼かせたが、それだけにつながりが深くもあった。


「ここは戦場、そして敵地です。いよいよエンゲルスにも近づき、敵戦力にも戦闘車輛だけでなくコマンド・ウォーカーも出てきています。中佐は指揮をするお立ち場ともなれば、どうしたって緊張感は増すというものでしょう。オオミヤ少尉も少しは見習ったらいいのではないでしょうか。せっかくの流星が消えてしまわないようにね」


 レックス=オオミヤ曰く「花形教の狂祖」であるマリア=ラダー少尉は、トゲのある物言いだが言葉を荒げることはない冷静な性格である。一般人は立ち入れなくなった一族の故郷・サイパン基地に赴任しルーツの地を見てみたい、という理由で軍を志した彼女は他者のことも自身のことも気にかけなくなり、ただ要求されたタスクをこなすだけの日陰者となっていた。軍学校ではいわゆる落ちこぼれグループに入り、陰の濃さにブーストが掛けられていたところに光を照らす存在と出会い、それ以降は彼の信者となってしまっている。


「中佐はいつでも真剣。それは安全な本土ですらそうでしたから、異国の戦場ともなれば集中力に磨きが掛かるのは当然ですよ。ただ昨日の戦闘でもそうでしたが……どうも中佐らしからぬ戦いぶりと言いましょうか、本気だとああも容赦がないと言いましょうか。レックス君と同じ感覚か分かりませんが、前とは違うなって気はします」


 柊雪穂少尉は快活な女性士官で、個人的な能力であれば派遣隊でも断トツ首位であることは誰もが認める。数百ページに及ぶ軍法辞典の大半を網羅し、体術訓練では男性隊員をも投げ飛ばし組み伏せるのだ。しかしどれも「他人に薦められたらうまくできた」もので、彼女は「自分から取り組もうと思った」ものがない。能力は十分だが自発性がなく、戦場ではそれが命取りにならないかを弥兵衛は危惧していた。


「輸送隊の皆殺しか。確かに運んでいた武器が誰かの手に渡れば戦いは長引くし、投降すれば助命はすると警告もした。それでも投降せず、反撃までしやがったんだから撃たれたって文句は言えねえ。言えねえがよ……」


 昨日はW.P.I.U軍の駐留地点に新天連の襲撃があり、コマンド・ウォーカー3小隊はすべて迎撃に出た。敵戦力が多く、自軍も最初から総力を結集すべしとの判断からそうなったが、その攻撃は陽動であった。W.P.I.Uの主力を逆方向に引きつけているうちに輸送隊を通過させるのが真の目的だったのだ。武器を運ばれれば後方の同盟軍支配下地域が不安定化する恐れがあり、補給にも支障が出かねないと判断した弥兵衛は愛機ガルーダの起動を命じ、自ら輸送隊を攻撃した。すべての車両、すべての機体、そしてすべての人員をことごとく討ち果たしたのである。


「戦意を失って逃げ出した車輛もお構いなしに攻撃……ってのはどんな気分なんだろうな。狂信者とはいえ若いのもいるのは見えたろうし、俺だって敵は撃っちゃいるが兵器越しで、何より殺らなきゃ殺られる対等の殺し合いだからってのもあるからよ。武器を捨てて逃げる相手を一方的に殺るってのは、ちょっとな……」


 レックスの思いのほか繊細な意見に女性陣はやや驚いたが、心のどこかで理解していた節はある。彼は故郷の尊敬していた知人がfurlong事件で戦死し、ただ一人おめおめと生還し英雄扱いされた弥兵衛を憎んだ。その仮初めの英雄を打倒し地位も名誉も地に貶めることだけを望み、同じコマンド・ウォーカー乗りになることを目指したが、時を重ねるごとに「部下を見捨てるような卑怯者ではない」ことだけは確信した。そして以降は憎しみも消え去り、純粋に越えるべき存在とだけ考えている。そういう意味でレックスは弥兵衛のいいところばかりを見ていないが、そんな彼ですらやり過ぎなんじゃないかと思えてしまうのだ。


「輸送隊という、見逃すわけにはいかない相手だったから……と私は考えますよ。敵もここまで追いつめられたら手段も選ばなくなるでしょうし、中佐も最初に「敵対する者は迷わず撃て。迷って自分が死ぬならまだいいが、迷ったことで仲間や大事な人が死ねば一生後悔して過ごすことになるぞ」と仰っていたでしょう?」


 結局、若い教え子たちは「戦いも佳境に入ったから」という理由で厳しい対応を迫られているのだろうとの結論に至る。彼らは後にそうではなかったことを知り、各自が後悔することとなってしまうのだが、後悔することもできない者もいたことを考えれば幸せなのかもしれない。



(ついにエンゲルスもあと一歩のところまで来た。新天連の本部に一番乗りし、計画を流用できぬようすべての記録を消し去る。先進国連合同盟にもスパイが入り込んでいた以上、同盟の指導者レベルにも信者ないしは賛同者がいる可能性もあるのだ。政治的介入でうやむやになる前に、現場の人間が決着をつけるしかないだろうさ)


 W.P.I.Uの快進撃は、このような決意を固めた男が指揮官だったことも理由の一つである。エンゲルスの北方から侵攻するN.E.Uと足並みが整わないのは距離的な問題で仕方ないにしても、ルート的には西隣のN.A.Uとはいくらでも調整ができた。しかしそれをせず突出気味な指揮を執る弥兵衛に、N.A.Uのエースパイロットで友人、恩人でもあるリッキー=バーンズ少佐は度々その理由を問うも返答は得られていない。


「近くにいるんだし、バーンズ少佐には伝えておきたいが……通信で話せるようなものでもないのが困りものだ。特に理由もないのに部隊を放り出し、知人へ会いに行くわけにもいかんからな」


 作戦行動中でも休日に該当する日はあるが、よほどの大部隊でもない限りは即応状態での休暇となる。所属部隊は離れられず、有事があれば休日も返上となるため、いくら近いといっても300㎞ほど離れたN.A.U移動司令部に行くことはできない。


(とはいえ、私が失敗したときのために情報は残しておかなければ。W.P.I.Uデータベースからも独立した形での情報をまとめ終え、あとはこれを誰かに託すだけ。直に渡せる機会が巡ってくるといいが、さて……)


 明確な国家が存在していない地域では郵便の概念は消失しており、先進国連合同盟でのやり取りすら厳しいチェックが課される。手元にあるデータを記録が残らない形で渡すには、手渡しという最も原始的な手段に依るしかないのだ。まったく、技術は発展しても人が人のままなら「物理的に行動する」という不変の真理が存在する。新天連は人をデータに置き換えることで、それを変えようというのだろうか……そのような考えを巡らせているときに事件は起こった。


『中佐ぁっ、一大事です!いろいろあって、なんと説明していいか……とにかく本部テントにお越しください。できる限り急いでいただけると助かります!』


 連絡の相手は柊少尉である。彼女は普段の生活だとやや落ち着きのないこともあるが、こと軍事関係になると冷静になる傾向にあり、そもそも敵襲であれば敵襲だと報告すれば済む。言い淀むあたりからして確実に面倒くさい話なのだろうとの予想を立てつつ、本部テントに向かった弥兵衛を待ち構えていたのは、予想通り面倒くさい案件であった。



「つまり、子供が生まれそうだが先の戦闘で橋が破壊され医者が来れないと。それでこの陣に医者がいないかと尋ねてきたのか。しかし傷病者が出たら後方へ送る算段となっているため、ここに軍医はいない。いれば行軍速度が鈍り迅速な展開は不可能となっていたろうしな。悪いが自分たちでどうにかしてもらうしかないか……」


 それはやむを得ぬ判断だったが、実を言えばその橋を破壊したのは弥兵衛である。重要なインフラの橋で抵抗すれば有利になるだろうと橋上で迎撃に出た新天連の輸送隊を橋ごと攻撃し、大半が川に沈みかかったところを襲ったため1機で壊滅させることも容易となったのである。いずれW.P.I.Uから作業を請け負ったI.O.Tの工作部隊が橋を再建するはずだが、現地民にしてみればいい迷惑だったのは言うまでもない。


「山越えの揺れに耐えられないから別の病院にも行けないようだし、ここで何とかしろってのも無理があんだろ。その橋をぶっ壊したのは俺たちの責任なんだし、いっそ俺たちで運んじまうとかできねえか?」


 何気ないレックスの意見は「危険なので無理です」「作戦行動中ですし」と総スカンを喰らったが、弥兵衛は「それだ!」という思いだった。これはまさに僥倖、天の采配というやつである。妊婦をこの付近でもっとも優秀かつ安全な場所……N.A.U移動司令部に送り届ければ、データの手渡しもできるではないか。


「よし、では妊婦とその旦那をN.A.U移動司令部に届けるとしよう。各小隊から欠員が出たのではバランスが崩れるため、輸送にはガルーダを使う。最も脚が速く、隊の戦力として計上されてもおらず、そもそも橋を破壊したのは私だ。あらゆる面で私が赴くべきという結論が導き出されている」


 却下されるに決まっている……と考えていた面々はその決定に驚いたが、論理的には問題なかった。これまでの戦闘でガルーダが出撃したのはたった一度、橋もろとも輸送隊を撃破したときのみで、それ以外の戦闘はすべて3小隊15機だけで勝利を得てきた。ただ移動するだけならガルーダのほうが優秀で、重装備が不可能な点も運ぶのが人間2人であれば車ごとでも可能である。強いて問題点を挙げるならば、指揮官が自らそのような役目を担う必要があるのかという点のみだろう。


「正午に発てば、夜にはN.A.U司令部に着くだろう。明日の午前には戻れるだろうし、それまでは柊少尉に部隊の指揮権を移譲する。仮に襲撃があれば自身の裁量で対処してくれて構わない。できるか?」


 自信がなくても「できない」と言える状況にないことはままあるが、これまでの戦いを鑑みれば半日ほど現状維持をするだけなら可能であるはず。少なくともこの時点で柊少尉はそう考えた。彼女は任を引き受け、弥兵衛の留守を預かることになる。


「しかし、よくよく考えてみると……ghostに運ばれるのでは不吉すぎるか。よし、今回に限り私のcodenameはstorkに変更しよう。子供だけでなく両親まで運ぶコウノトリというのも奇妙な話だが、幽霊よりはマシだろうさ」


 そういえば、初めてサイパン基地に降り立った時もこんなことを考えたものだ。あれから2年半ほどで自身を取り巻く環境もずいぶん変化したが、変わらないものも確かにある。そのうちの一つ、戦友バーンズ少佐に情報を託すため、弥兵衛は産気づいた妊婦を運ぶという形でW.P.I.U野営地を後にした。



11・Dark Angel


 W.P.I.U野営地を出て30分ほど、ガルーダは両手で車を抱きかかえつつ荒野を進んでいた。ホバー移動の巡航速度は約80㎞で、これを常に維持できれば距離的には4時間ほどで到着するが、山地や荒れ地も多く直進できる地形ばかりでもないため、到着予定時刻は17時すぎとなっている。コックピットにも夫婦のいる車にも水や軽食、簡易トイレは用意されており、1時間につき10分ほどの休憩を挟む予定である。


『構造上、コックピットに3人が入るのは不可能なため不便をかけますが、車で山道を走るよりは揺れを抑えることもできるでしょう。中空を駆ける機会などそうないでしょうし、物見遊山のつもりでどうぞ気楽に。私に用件あらば通信機を使ってください』


 外部スピーカーに切り替え車にいる夫婦に声を掛けると、通信機から了解した旨の返事が返ってくる。実のところコックピットには3人くらいなら入れないこともないのだが、操縦中に何かあっても困るだけなので控えてもらったという事情がある。あまり考えにくいが、夫婦が新天連の関係者という可能性も0ではないのだ。


[こちらW.P.I.U所属、WCW‐G302Rガルーダ。N.A.U司令部、聞こえますか?]


[helloガルーダ、こちらN.A.U司令部。先刻W.P.I.U基地より緊急連絡を受けています。そちらを今後はstork01とコールしますが、よろしいですか?]


[I am stork01 All right.……では用件もすでに伝わっているでしょうか。この調子であれば到着予定は17:15。患者の受け入れ態勢はその時刻を目安としていただきたい]


[Okay stork01……久しぶりの友好的な来客に、隊の者も歓迎の準備に余念がないようです。バーンズ少佐からも気を付けるようにとの伝言を預かっていますよ。無事の到着をお待ちしております]


 何か理由をつけてはお祭り騒ぎをする。いつ命を落とすか分からない前線の軍隊はどこの国や連合でもその傾向にあるが、N.A.Uは伝統的にもその傾向が強い。それが問題なく可能なほどの人員と装備を有するからこそではあるが、数百年もの間「世界最強」であり続けたのは伊達ではない。


(どうやら柊くんらが気を利かせてくれたらしい。これであとは、無事に彼らを届ければ当面の問題はクリアとなるわけだ。戦略的に価値のある都市や道路はない、ただの荒野や山地ばかりだから敵部隊と遭遇する確率は低いと思うが、今回は逃げるしかないことを考えると敵対勢力とは遭わずに済ませたいな……)


 そう願わずにはいられない弥兵衛だったが、現実は得てしてうまくいかないものである。山地を通過し開けた高地に出ようとした際、猛禽類の両眼を思わせる2つの頭部カメラを備えたガルーダが複数のコマンド・ウォーカーを捕捉したのは15時半のことだった。



『所属不明の部隊を確認しました。少なくとも友軍ではないので、場合によっては振り切るために手荒い操縦になるかもしれません。安全ベルトと荷物の固定状態を確認しておいてください』


 ガルーダが試作機から正式配備されるにあたり、主に改善されたのは剥き出し部分も多かった駆動部や推進機の保護と、指揮官機運用を目的とした通信索敵機能の強化である。ただしこれらの改装により、もともと少なかったガルーダのキャパシティーはさらに減少し、軽火器を2つ持てるかどうかという状態である。しかも今回は荷物を運ぶため武装を所持する余裕もなく、武器と呼べるのは近接レーザーユニットの通称・含み針のみ。戦おうという方が無理というものだ。


(しかしあの機体、どこの製品だ。先進国連合同盟にもなく、C.C.CやR.S.Tの既存機とも異なる外観だが、我々と同じく新型機のテストも兼ねた部隊の可能性は十分にあるな。出会ってしまったのは、運がいいのか……それとも悪いのかね)


 敵の詳細が不明である以上、しばし動きを止め敵の索敵網に掛からぬよう静観するしかない。全速力で逃げれば追いつかれる可能性は少ないだろう、というのは機動性より戦闘能力を重視した頑強な造りであることからも窺えるが、それだけに交戦状態となってしまえばひとたまりもない。こちらに気付いてくれるなよ……と念じつつモニターを注視していると、敵部隊が西に向けて進軍を開始した。東に向かっている自分たちとは逆方向に向かうことは僥倖と言えたが、それは別の問題も発生する。


[こちらstork01。空白地域094にて所属不明部隊と遭遇。敵部隊は確認できただけでもコマンド・ウォーカー9。そのすべてがデータにない機体である。西方向に進行したのを確認後、当機は区域を離脱した。W.P.I.U野営地にも警告を要請する!]


 歓迎ムード一色だったN.A.U司令部も、この緊急連絡を受け一気に空気が引き締まる。データにない機体というのも引っかかるが、W.P.I.U野営地とN.A.U司令部の間には拠点となるような基地や街はなく、そこに部隊を配置しておく必要性を見出せなかった。それが有用な(はずの)戦力となるコマンド・ウォーカーなら尚更であり、何かとんでもない企みでもあるのかと考えられたのだ。


「万が一に備え、こちらは救援の準備を整える。俺の隊の各機は標準装備を施してメールマンに搭載し、いつでも出られるようにしておけ!」


 N.A.Uコマンド・ウォーカー隊の隊長として派遣されているリッキー・バーンズ少佐は指示を出すと、自らも愛機の格納庫に向かう。かつてジャンピングユニットによる高機動力と重装甲を両立したグラスホッパー型を駆っていた彼も、今ではN.A.Uの最新モデルvaluable asset typeC(vaC)に搭乗している。至宝の名を冠するそれらの機体は、サイパン基地でのガルーダ、クベーラ両機のテストで得られた思想をN.A.Uの生産技術に取り入れた高級機である。


「メールマンは3機用意させろ。俺たちだけなら2機でどうにかなるが、1人送ってやらなきゃならないのも増えるだろうからな!急げよ!!」


 垂直離着陸も可能な大型輸送機、通称メールマンは郵便配達人を意味する便利屋的存在である。移動司令部となる大型車両に空輸機も異国に持ち込める展開力は、さすがはかつての軍事大国といったところだろう。N.A.Uとしても「謎の新型機」を放置しておくわけにはいかず、危険のある非常事態に当たるなら共同で行うほうが労力も犠牲も少なくて済む。いくらW.P.I.Uとは友好的な関係といっても、第一は自身の利益で動かざるを得ないのだ。


(ここに来て謎の機体とはな。うちもW.P.I.Uも、G.B.Pも今回は新型を出すと公言しているし、おそらくN.E.Uだってそうだろう。これは偶然なのか?それにしちゃ出来過ぎてるというか、こうもタイミングが重なるのもおかしな話だが、さて……)


 バーンズ少佐の感じた違和感は、後にただの偶然ではなかったことが立証される。しかしこの時点では「偶発的な遭遇戦に、各陣営の新型機が投入されただけ」に過ぎなかったのである。



『人々よ。肉体の軛を捨て、新たなる天上の世界に連なる時が来た。我ら新天連の守護天使が、先進国連合同盟を僭称する旧人類から諸君らを解放して差し上げよう!』


 その集落に謎のコマンド・ウォーカー部隊が出現したのは、日も落ちた17時すぎのことである。何事かと集まった住人たちに一方的な宣言を下すと、合計9機は生身の人々に向けて攻撃を開始した。老若男女問わず、等しく与えるべく死を振り撒いた漆黒の機体は、彼らの言葉を借りるなら「無慈悲な断罪の天使」である。もっとも、何の罪で罰を下すかは語ることはない。命からがら現場から逃れW.P.I.U野営地に駆け込んだ住民にその話を聞いたレックス=オオミヤ少尉は、憤懣やるかたない感じで大声を上げたという。


「まったく天使が聞いて呆れるってんだよ!そりゃ天使は天使でもペテン師だろうがってな!そいつらは俺がぶっ潰してやるさ、あいつが不在でもな。一コマンド・ウォーカー乗りとしてそういう真似をする奴は許しちゃおけねえ!」


 すぐにでも出撃しようとするレックスを抑えるのは難儀したが、すでに日も落ち夜の帳が下りている。レーダーに頼り暗闇で戦うにしろ、照明弾や投光器を使うにしろ単機ではどうにもならない点を説明すると、頭に血が上っていたレックスも冷静になった。


「とにかく出撃準備は整えましょう。各小隊はレーダーおよび投光を担当する者を1名、近接担当を2名、援護担当を2名と振り分けて下さい。彼らの目的が私たちなのか、それとも本気でただ人を殺すだけなのか……それが判らない以上、こちらからは打って出ずにここで待機します。大量殺戮が目的なら、ここを抜けてエイダーリーの街へ向かうでしょうし。それでは各員、よろしくお願いします!」


 かくして指揮官不在のW.P.I.U軍も、現状で自分たちにやれることを行うべく準備に取り掛かる。白地に黄金のラインが入った白肌の美姫と、漆黒を身に纏う暗黒天使の戦いが幕を開けようとしていた。



 一方で、N.A.U司令部に到着した弥兵衛は妊婦らを医師に託し、バーンズ少佐と再会の挨拶もほどほどに状況確認を行い行動方針を定めている。


「W.P.I.U野営地からの報告によると、謎の部隊が野営地近くの集落を襲ったらしいな。そいつらの発言から新天連側の機体であることは窺えるが、相変わらず頭のぶっ飛んだことをほざいてやがるわ。でだ、本国同士で協議した結果Dark Angelと呼ぶことになったんだとさ」


 確かに、神の論理は人に解することは難しい。数々の神話において、それが理由で多くの人々が断罪された。その結果は大半が死や滅亡、その後に再生などのアフターケアがあるのだとしても勝手に殺されるのが嬉しいわけもない。普通に考えれば頭がおかしいとしか思えない彼らの言い分だが、弥兵衛は彼らの最終目的を知っている。


「そのあたりは、戦いが終わったらこの記録をご確認ください。私なりに集めた情報をまとめてありますから、新天連についても理解が深まると思います。まぁ理解が深まれば深まるほど、嫌悪感しか感じないのは難点ですが」


 そう言いながらメモリーを渡す弥兵衛を見やりながら、バーンズ少佐もこのことの意味を考える。通信で話すでもなく、データをダウンロードさせるでもなく、わざわざ手渡しするというのはこの時代そうあることではない。


「では後で拝見させてもらうとするさ。お前さんのやることだから、下らんウィルスやアダルト動画が仕込んであるなんてこともないだろうからな。N.A.UのCPUは介さず、オレ個人の端末で見ても大丈夫だろう?」


 自分の意図が伝わったことを確信し、ほぼ狂言に近い形で野営地を出た甲斐があったと一安心した弥兵衛だが、その代償として部下たちが危機に晒されてしまった。急ぎ戻るためN.A.U部隊の輸送機に同乗させてもらい、ガルーダの搭載完了を待つ身である。そこに司令部から通信が入る。


[子供は無事に誕生したそうです。元気な男子とのこと。両親は花形中佐にも礼を述べていたそうですよ。ご苦労が報われましたね!]


「よかったな。これでstorkのお役目も完了ってとこか。鳥が赤ん坊を運んでくるってのは面白い話だが、とにかくその通りになったわけだ。ところでcodenameはどうする。storkのままでいいか?」


「いいえ。命を運ぶstorkは飛び去り、今は死を誘うghostがいるのみ。私は私にふさわしいcodename:ghostに戻ります。それがあるべき姿なので」



 この日1月29日、1つの集落が壊滅した。その集落には一組の夫婦がいて、紛争中にもかかわらず出産を間近に控えるという不運に見舞われる。ついには遠く離れた施設にまで軍用機で運ばれることになり、集落の人々は口々に命の危険に晒された不運を嘆く。しかし実際に命が消えたのは集落に残った大半の人々で、軍用機で運ばれた不運なはずの側は生き延び新たな命も生じた。


(世の中、万事塞翁が馬という諺があったか。私が野営地に残っていれば……と自惚れるつもりはない。だが、あそこで見かけたときにもう少し何かできたのではないかという思いはある。連中には相応の裁きをくれてやろう。頼んでもいないのに教義を強要された、死者の怨念を加えてな!)


「よし、メールマンは1番機より順次発進せよ。まだ交戦情報は入っていないが、このまま何事もなく終わるはずはない。各員は油断せず行動すること。いいな!」


 バーンズ少佐の号令の下、垂直離着陸機3機が次々とN.A.U基地を飛び立つ。その中にはghostに戻った花形=ルーファス=弥兵衛と愛機ガルーダも含まれていた。目指すは西方のW.P.I.U野営地だが、そこはすでにDark Angel部隊に半包囲されていたことを弥兵衛らは知らない。

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