第3話 人の境界を越えしもの

5・W.P.I.Uの流星


 ムンバイ港から出撃したW.P.I.U軍は、正式名称だと「新天連討伐連合軍派遣隊・第二小隊」ということになる。その構成はVenus(和名・暁星)が5機と、通常の3機編成よりも多めの一小隊となっている。その主な理由は、機体もパイロットも実戦慣れしていないことにあった。


「どいつもこいつも心配し過ぎなんだっての。俺たちはシミュレーションを十分にこなしたし、実戦慣れしてるって「ヤツ」にもいい勝負ができるまでになった。本番になっても、訓練通りにやりゃあ「ヤツ」以外に負けるもんかよ。とにかく焦らず怯まず恐れずだ!いいな!」


 第二小隊、通称starry sky小隊の小隊長レックス=オオミヤも、実戦という意味ではこれが初陣となる。そんな彼の鼓舞は非常に乱暴に聞こえるが、その内容自体は的を得ている。彼らは厳しい訓練を積み、それを十分に生かせる性能を持つ機体を与えられた。感情をコントロールし普段通りに任務をこなせば、難なくクリアできるはずのミッションであった。


「リーダー!中佐から追加情報です。ターゲットはムンバイ市の南から侵入を開始した模様。機数は3、型はI.O.T式ナイト・オブ・ナイトメアとのこと。ただ、射撃武装は模擬戦仕様で使用不可。ロケット・ランサーの槍部分にだけ警戒せよ、です」


 小隊の副隊長・小杉流奈曹長は教導員育成科でもレックス=オオミヤと同じグループBに属し、よくレックスを補佐していた。どうやらレックスに好意を抱いているらしい……ということは同期の者なら大半が承知しているが、そのうちの数少ない例外が弥兵衛と、当事者であるレックスだった。前者は「あれは手のかかる弟を世話する姉のような気分を恋心に思っているのだろう」と的外れな予想をし、後者に至ってはその的外れな予想をした男を追い越すことばかり考えていて気付かないのだ。


「skyリーダー、了解だ。当初の予定通り、環状リニアの高架を使って移動する。幅は狭いから縦列一直線での移動になるぞ。先頭は俺、以後は中條・嶋口・井松・小杉の順で続け。小杉機はレコン担当、井松機は折を見てワイヤーシューターを撃ち込んでもらう。中條と嶋口は俺が止めた相手をバンドで拘束してくれればいい」


 立て続けに指示を出すと、レックス機がジャンプし高架にあるリニアラインに直地する。何の変哲もない動作に見えるが、着地点たるリニアラインは頑丈な通行用の道路などとは違うため、着地前にブースターを一瞬だけ点火し勢いを殺さなければならない。それもリニアラインにはかからない方向に、である。機体を手足のように扱えるということに関して、レックスの技量は派遣隊の中でも頭3つは抜きんでていた。


「線路を壊すと罰金らしいからな、みんな注意しろよ。難しけりゃジャンプ上昇中に上体だけ空を向ける感じにして、自然落下しそうになったら斜め後方へブースター点火するんだ。そうすりゃ後ろから支えるような力が働いてゆっくり脚が先に着くさ」


 レックスのアドバイスが役に立ったのか、後続の4機も次々と高架に降り立つ。罰金を支払う憂き目に遭う隊員はいなかったあたり、派遣隊の3小隊でも訓練度が高いと目されるだけのことはあるといえるだろう。もっとも、派遣隊の総指揮官に言わせれば「色々とムダが多い」ということになるのだが。



「将軍。部下からの報告によりますと、暴走機とはリニア環状線の南部・ダダー付近で接敵可能とのことです。とりあえずムンバイ中心部への突入は防げそうですが、やはり実力行使しかなさそうでしょうか?」


 レックスは性格や思考的に破天荒な部分はあるが、自身に課せられた任務には意外と忠実な男である。今回も手際よく出撃準備を整え、小隊をまとめて迅速に展開し暴走機がムンバイ市中心部へ突入するのを阻止可能な地点に防衛戦を張ることに成功している。これでもう少し「感性ではなく経験や知識」を基に行動できるようになればいい前線指揮官となるだろうに、というのが弥兵衛のレックス評である。正式に配属となり、責任ある立場になったことで軍学校時代のいい加減さは鳴りを潜め、将来を期待できる気鋭の若手士官……という段階に達していた。


「うむ……未だに暴走機からのまともな応答はなく、意味不明の発言をしておるようだからこのまま終わりということはないのだろう。しかしなぜ、このようなことに。これまで同種の問題など発生した例はないのだが……」


 ダダー方面に進路を変えた電気自動車の後部座席で、ラール将軍が暴走機の現状について得られた情報を開示する。弥兵衛はそれを小杉機に伝え、そして「標的を確認し次第、鎮圧行動を開始せよ」との指示を下した。それまでに自分たちが特等席に到着できるかは不明だが、伝え聞く限り暴走機は取り押さえるのも一筋縄ではいかぬようであり、閉幕までには間に合うはずだ。


「それは暴走機を確保してから精査し明らかにしましょう。そのために我らも全力を尽くします。ところで、ダダー近辺の避難状況はいかが相成っておりましょうか?」


 ムンバイの南部は海に突き出した半島状になっており、その先端にあるフォートに演習場があった。フォートとムンバイの中間に位置するダダーでは暴走機が北上した時点で避難指示命令が出ており、公職員以外は概ね避難を完了しているとのことだった。唯一、病院の移動困難者以外は。


『ghostよりstarry sky小隊各機に通達。作戦領域のダダー地区には複数の病院が存在しており、移動困難者は避難できていない。これから避難を試みても間に合う可能性は低いため、病院での待機を命じてもらった。各病院の位置情報を戦術スクリーンに登録し、小隊各機は病院への被害にも留意して暴走機と対峙せよ』


 さらっと指示が出されたのでstarry sky小隊各員も普通に「了解!」と応じたが、よくよく考えてみれば十分に無理難題の要求だった。なにせ相手は正気を失ったとされる暴走機で、要するに病院には近づかせずに動きを止めろということである。自由に攻撃できるならまだしも、限られた装備で達成するのはなかなかに難しい。


「ラール将軍もご存知と思いますが、コマンド・ウォーカーの挙動は基本的にあらかじめ入力された動きを組み合わせて行います。脚で歩く挙動なら歩行・力走・疾走などから選んで移動しながら、使用機会があれば装備品で攻撃や防御を行うわけです。装備品自体の性能はどこの連合ないしは国家の製品でも大差はないため、コマンド・ウォーカーの性能を分けるのは機体の出来と、行動選択肢の多さとなります」


 小隊への指示を出し終えると、弥兵衛はラール将軍に「今回の商品」についての説明を始める。彼に暁星を売り込むノルマは課されていないが、実際に見てもらうならある程度の情報は知った上で見てもらいたいと思う程度には暁星とも、それを駆る部下とも関係は深いのだ。


「新機体には長年採用してきた疾風型で培った人型機動兵器の行動プログラムを洗練したものに加え、約10か月に及ぶ教導員育成での経験で必要と思われる動きも加えられました。今後、実戦でのデータが積み重ねられるごとに本部の専用AIが成長し挙動も実用性を増していく……と開発陣は申しております。人に例えると現段階では幼児くらいのものだそうですが、とにかく子供たちの戦いぶりを見てみましょうか」


 車がダダーを一望できるビルの前に止まると、一同は急ぎ屋上に向かう。幸いまだ接敵や交戦開始の連絡は入っておらず、一大イベントの開幕には間に合った。


『crescent moonよりghostへ。標的の3機を目視で確認。病院と宗教関連施設のない場所を選び鎮圧を開始します……って、速い?というか動きが気持ち悪い!?』


『ghost了解。こちらへの連絡はもういい、とりあえず標的に集中しろ。射撃武装がない相手とといっても、槍でコックピットブロックを貫かれればタダでは済まない。君の機体は特に通信装備で動きは重いんだ、慎重に行動するように』


 暁星の両腕部の付け根部分にはマウンターが用意されており、そこに各種の拡張装備を装着することで機能を強化できるのも特徴の一つである。追加のブースターを装備すればガルーダほどではないにしても機動性が増して突撃機となり、大口径砲やミサイルなどを装備すれば火力支援機として、索敵通信装備を追加すればレコン機としても使えるのだ。この装備換装によるマルチロールは疾風型でも可能だったが、重さや装備の不便さからほぼ移動が不可能となるケースも見受けられ専用機の開発が強く望まれていた。もっとも、W.P.I.U上層部はとにかく汎用性の高さを重視し、結局のところ完成したのは疾風型と同思想の暁星なのだが、過去の教訓は生かされどの追加装備でも最低限の挙動は行えるようコンパクトにまとめられていた。



「確かに派手な動きはしちゃいるが、ヤツのクソ鳥に比べりゃ可愛いもんさ。しかしあの様子だとコックピットは大リバース祭りじゃねえのかよ。それともI.O.Tのパイロット連中は悟りでも開いてそれを回避してるのか?」


 歩行型コマンド・ウォーカーの移動方法は歩くか、それよりも速い力走、さらに速い疾走などが存在する。それに加え小さいジャンプを連続して行う方法もあるが、それはコックピットブロックに耐衝撃機構や水平維持機構が備えられていないと操縦するパイロットが耐えられなくなる。しかし一般の機体に高価なそれらの特殊機構が完備されていることはなく、それゆえに使うとしても一時的なものであるはずだった。ジャンプを多用するN.A.Uのグラスホッパー型が特殊部隊に優先配備されるのも、この機構を含め金のかかる機体で一般兵に使わせるほどの数が揃えられないためだ。


「確かに、この都市に来てからというものあちこちで寺院を見かけますからな。こちらの御仁は幼き頃より厳しい修行をして精神を鍛え、どれだけ脳が揺れても正気を保てるようになったのかもしれません。まあ実際は……別の理由でしょうがこうして正気を失ったのですから、やはり修行が足りなかったと言わざるを得ませんが」


 そう語る補充要員の一人、井松靖人曹長は軍学校ではなく一般大学卒の24歳。年齢的にはレックスらと弥兵衛の中間世代になる。大学卒業後はコマンド・ウォーカー装備関連の企業に入社していたが、その企業で開発品の性能試験をするため払い下げられた疾風型の操縦が巧みだったため新型機パイロットに招聘されたという経歴を持つ。彼も含めレックスの指揮下にいる日本地区出身の補充要員はいずれも年長者で、彼らをレックスと組ませたのは「大人な彼らならレックスとうまく付き合える」だろうと考えたのと、似た者同士で組ませると何事にも勢い任せのまま当たりそうだと危惧したからである。教導員育成科の頃はそれがいい方向に流れたが、命のかかった実戦でそれに賭けるわけにもいかない。


「しかしああもランダムに跳び跳ねられたのでは、井松さんがシューターで絡め捕るのは難しそうです。正面から撃ってもあの大盾で防がれてしまうでしょうしね。どうしますか、skyリーダー。騎士というよりまるで悪魔みたいなのがきてますよ?」


 ナイト・オブ・ナイトメアの下半身は馬の後ろ脚に似た構造の脚が付いており、前方への突進力と前方からの耐衝撃力に優れる。その長所を生かし大盾を構えた突撃を得意とし、それはこの機体が「悪夢の騎士」と名付けられたことからも分かるようにランスを構えた槍騎兵をモチーフにしている。その一方で、片手に大盾を所持するという時点で機体の重量バランスは悪く、高速移動時の乗り心地は最悪との噂が絶えない機体でもあった。そしてこの暴走機とくればただでさえ悪い乗り心地をさらに悪くするような小ジャンプ移動をくり返し、その姿は騎士というより下半身が蹄のある獣になっている、いわゆる悪魔と呼ばれる存在が迫ってくるように見えた。


「作戦に変更はねえ!まずは俺が突っ込んで奴らを叩き落としてやるから、皆は止まってる奴を拘束してくれりゃあいいぜ。まあ任せろ。あれくらいなら、シミュレーターの最高難度のほうがよっぽどウゼぇ動きしてるからよ!」


 周囲に病院と宗教関連施設がない大通りを選んでレックス機が前に出ると、暴走した3機も向きを変えレックス機に迫る。どちらも手には棒状のポールウェポンを手にしているが、その目的は大きく違う。片方は殺すために、もう片方は止めるために。


(ライトニング・パイクの再充填時間は約2秒。しかもフレームに差し込まなけりゃまともに効果も発揮しねえ。だが、要は動きを止めりゃあいいんだろ。何も痺れさせるだけが止める方法じゃねぇからな!)


 レックス機と最初に対峙した暴走機は盾を構えながら槍を突き出したが、その槍は宙を貫いた。レックスは盾を持つ左腕側に回避し、相手の盾で視界を遮ると前進しお互いの槍が機能しない密着状態に持ち込む。盾の陰に隠れたレックス機を盾で押し出そうと暴走機はシールドバッシュ的な動作を行うが、すでにレックス機は下がっておりそこにはいなかった。そして盾を外した隙にライトニング・パイクを装甲の隙間に差し込み、高圧電流を流して機能停止に追い込んだ。


「まんまと釣られやがって!お前には冷静さが足りねぇんだよ……って、ヤツならそう言うんだろうさ。さあ、次はどいつだ!?」


 レックスはかつての訓練で、近接武器を持たないガルーダへ接近戦を仕掛ける好機を得たことがある。当然、射撃のため距離を取るだろうと踏んだレックスは自身で突撃を掛け、逃げるようなら仲間に撃たせて撃破判定を取ろうと目論んだ。しかしガルーダは自ら不利になるはずの密着間合いに入るようステップインし、誤射を避けるべく攻撃を控えた後ろの僚機に攻撃を加えるとすぐにステップアウト、レックス機の近接攻撃空振りを誘って銃撃を加えられ、好機から一転あっさりと逆転されたことがある。その時に言われたのが「まるで冷静さが足りない。自ら動くということは、その動きで相手に己の意思を読まれる可能性もあることを考慮するんだ」というものだった。今回に関して言えば「相手が攻め気で先に槍を突き出したこと」および「槍が使えない距離になれば、唯一の武器たる槍での攻撃につなげるための行動を起こす」ということを勘案し、盾での押し返しを使うと読み切って誘ったのである。


「井松機、ワイヤー射出用意!防がれても構わない、右側の奴に撃ち込め!」


 正面から撃ってもワイヤーで絡め捕れる可能性は皆無だが、小隊長の指示であれば聞かぬわけにもいかない。井松曹長はワイヤーシューターを構え発射したものの、それは事前の予想通り大盾により防がれてしまった。しかしレックスが望んでいたのはその「予想通り」の行動だった。


「G.B.Pの高貴なお嬢様は可能な限り避けて、盾を使うのは攻撃に転じられるときだけなんだとよ!そうやって何でもかんでも盾に任せたドン亀はこうなるってな!」


 盾でワイヤーを防いだ暴走機に強烈な衝撃が加わったのは、その盾にレックス機が前蹴りを食らわせたからである。盾で防がれることを期待し、実際に防がれたことで動きが止まって追撃も可能になった。しかし盾での防御が設計思想に組み込まれているナイト・オブ・ナイトメアは強い衝撃を受けても辛うじて転倒は免れる。このあたりはさすがだが、姿勢制御のために若干のスキが生まれてしまい、それはライトニング・パイクの再充填完了には十分な時間となる。こうして2機目も沈黙した。


「よし。中條機と嶋口機は伸びてる奴らを拘束し、グレイヴ・バンドの再装着を頼むぜ。また暴れられても面倒だから、1機につき2本で縛っちまって構わない。さて残るはアイツだが……どうも感じが違うな。さっきからこっちを観察してやがる」



「おお!なんとも見事な動きですなあ。我が隊が取り逃がした暴走機を一瞬で、しかも2機を沈黙させるとは。機体もさることながら、パイロットも優秀なのでしょう」


 ダダーのビル屋上から交戦を見守っていたラール将軍は、レックス機の動きに思わず声を上げる。機体こそ違えど、それはかつて見た弥兵衛の疾風にも見劣りしない姿であり、優秀なパイロットが搭乗しているのだろうと連想させるに十分だ。


「codename:meteoric swarm。その名の通り流星群のように騒がしく忙しない男でしてね、私もこれでずいぶん手を焼いています。ただ、操縦の腕に関しては確かなものを持っているのも事実でして。早死にしなければ[ハリケーン・リッキー]や[ロイヤル・レディ]にも比肩するほどのパイロットになる可能性は秘めていますよ」


「なるほど、さしずめW.P.I.Uの流星といったところですか。ジャターユといい彼といい、W.P.I.Uは優れたパイロットが育つ土壌があるようで羨ましい限りですなあ」


 実物に会ってもその評価でいられるかは、保証いたしかねます……というのが弥兵衛の本心だったが、それを言っても幸せになる者は一人もいないので黙っておくとして、問題は最後の1機である。暴走機の目的が何であるかは不明だが、3機中2機が沈黙するまでに数回は複数がかりで襲うチャンスはあった。レックス機以外が牽制できるような武器を持っていたなら動けないのも分かるが、そのような装備がないことは一目瞭然であるにも関わらず動かなかったのは不気味でしかない。


(いったい、黒幕連中は何をしたいんだか。暴走が単なる破壊活動でないことは、街の破壊もせず暁星に向かってきた時点で確定した。同じ隊の追撃を振り切ってムンバイに向かってきて、暁星からは逃げようとしない。となると、まさかな……)


 ムンバイ争乱の第一幕、暁星とそのパイロットたちの初陣はこのように進んだ。これまではレックス=オオミヤの技量が目立つ展開となったが、それはある意思によるものだったことを居合わせた者たちは痛感することとなる。



6・融和せしモノLinker


「いつまでも眺めてねぇで、さっさと降りて来いよ。残るテメーもとっ捕まえて、急な仕事の特急料金として本場モンのカレーでも奢らせてやるさ!」


 コマンド・ウォーカーの操縦は一本の操縦桿を任意の腕で操り移動を行い、各種の行動は空いた腕でパネルを操作して決める。それに加え旋回やジャンプは脚のペダルを使うため、激しい戦闘ともなれば体力勝負になる。長期戦に備えコックピット内には冷蔵庫や簡易トイレも用意されているが、それらを利用できるもはもちろん交戦の合間に安全圏へと移動した際に限られる。また、基本的にはそれらを利用しないまま戦闘行動を終了させるのを至上としていたため、コマンド・ウォーカー隊の作戦時間は30分から60分ほどが目安とされていた。starry sky小隊は出撃してまだ15分程度だが標的3機中2機を沈黙させ、この分なら昼食にも余裕で間に合いそうだとレックスは感じていたのだ。結果的に見るとその予感は的中するものの、予想以上に疲れ果て食欲すら感じにくくなってしまう。


(ターゲット解析完了……該当データW.P.I.U戦闘記録より発見。機体および搭乗者の評価値を参考に行動指針を策定……)


 暴走した機体のうち、残った1機は先に沈黙した2機と違い小ジャンプ移動から建物の2階部分に飛び乗り、さらに3階建ての建物の屋上に移動して戦況を観察していた。それは2機を戦わせ、残るこの機体がその交戦記録を収集していたことが後に発覚するが、少なくともこの段階では「単なる暴走機」と思われていたので、そのような系統だった動きをしていると予想し得た者はいなかった。しかし暴走機が次にどう動くかを決め、実行に移すと誰もが驚くことになる。


「ようやく覚悟を決めたかよ。すぐに終わらせてや……っ!こいつ盾を足場に!!」


 3階から飛び降りた暴走機は空中で盾をサーフボードのような足場にし、レックス機の頭上に降りかかる形で降下する。盾にライトニング・パイクを突き立てても無意味なため迎撃はできず、レックスは相手の落下地点から逃れるしかなかったが、前や横ではなく後、つまり僚機がいるほうに避けるであろうことを予測されてしまっていた。小隊行動が基本と叩き込まれた兵は、特別な事情や作戦でもない限りは味方から離れようとはしないのである。


(近接戦闘データ、リンク。参照ファイル、ハロン市における戦闘時のW.P.I.U00行動記録……)


 飛び退いたレックス機の着地を狙うように足元へ槍を突き出した暴走機の動きは、あらかじめプログラムされた「汎用刺突攻撃」に準ずるものではなかった。コマンド・ウォーカーが攻撃を行う際は各種の武器ごとに定められた攻撃範囲内まで機体を移動させ、パネル操作により攻撃を指示すれば半自動で行われる。槍であれば突き斧や剣であれば振るといった動きは定められており、それを対象の位置(高所にいる対象なら上方向に攻撃する)に自動な補正が働き攻撃するのだが、これらは「標的の現在位置」しか狙えない。移動先を予測して攻撃を出しておくことはできず、それをするにはパイロット自身が狙いをつけて攻撃操作を行う必要があるのだ。


「動きを読まれたのはともかく、着地の足元を狙って槍を繰り出すというのは……明らかに前の2機よりできるパイロットなのでしょうが、そのような人がなぜ最初は眺めているだけだったのでしょう?」


 中條静留曹長の意見はW.P.I.Uの隊員すべてが感じた疑問だが、ラール将軍はI.O.T所属だからこその疑問が生じる。安全圏のムンバイ市に精鋭部隊を配備する余裕はなく、どちらかといえば未熟な兵の後方訓練施設的な使われ方をしているのが実態である。それゆえに暴走機が出た部隊もムンバイ郊外のフォートで演習を行っていたのだから、暴走機の乗り手が熟練パイロットのようなあの動きをするのは不自然だった。


(あのパイロットは機体の動きを攻撃に組み込む形で動かしている。正面の敵を突くなら普通に決められた動作で槍を突き出すが、自機を旋回させ標的が背後にいる状態で攻撃指示を行えば、振り返りながらの回転突きのような動きとなり、相手の裏をかくと同時に勢いも乗った攻撃となる。それにより攻撃の出は遅くなるが、使いどころを誤らなければ有効な手段ではあるのだ。ただ、使いどころの見極めも操作も非常に難しく、誰にでもできることではないが……)


 レックス機の足元へ突き出された槍はブースター噴射で着地タイミングをずらし回避されたが、槍を引き戻しつつ旋回した暴走機はそのまま回転突きを繰り出し、さすがのレックス機もこれは避けられずライトニング・パイクで受けるしかなかった。強烈な回転突きの勢いにパイクの柄はねじ曲がり、レックス機も大きく吹き飛ぶ。


「急にやる気を出しやがって……だが、そうでなくちゃ面白くねえ!見せてみろ、悟りの境地ってやつをよぉっ!」


 レックスは吹き飛ばされても両脚で着地し、すぐさま回転突きを終えた相手に猛然と突進をかける。槍をしっかり扱える相手なら、槍を使う戦術が重視された相手と離れていても有利になることはない。密着時の乱戦からライトニング・パイクを突き刺すほうが勝機を得やすいと考えたのだ。


『ghostよりsnow bloom、mariana deep両機に通達。残存機に対しての狙撃を要請する。狙いは敵機のどこでもいいが、命中ないしは至近弾が最低条件だ。狙撃されたということを相手に悟らせることが目的で、撃破が狙いではない。攻撃タイミングはあの2機が再び離れたあたりで頼む』


 弥兵衛は暴走機との交戦を記録しつつ、この戦場に顔を出している可能性がある事件の黒幕探しをしている柊少尉らに狙撃命令を下す。2機はバックアップの狙撃班のような役割を漂わせつつ、実は遠距離望遠システムで周囲の野次馬を記録していた。そのため手には特に撃つ気もない一式長銃を手にしていたが、思わぬ形で出番が回ってきたことになる。


「ラール将軍、あのような形の戦いが長引けばパイロットが先に潰れます。暴走機の動きはすでに有人状態で行っていい可動限界を超えており、パイロットの意思で動かしているかも怪しくなってきました。火器は使わないと申しておいて情けない限りですが、判断を迷わせるために狙撃を行います。無論、各施設に被害は出しません」


 有人状態で機体のジャンプや旋回などを多用し過ぎた行動は禁じられており、それはコックピットブロックに特別な機構を備えた機体のみが許される……というのが一般的な取り決めである。だがコマンド・ウォーカーは無人状態で稼働させることもあるため、可動限界は有人状態を考慮していない部分に設定されている。そういう意味では、すべての機体が「パイロットを乗せていること自体が足枷」といえなくもないのだ。もっとも「人が操ることによる状況判断および対処能力」という点で大きな強みがあり、通信では処理速度に難があるため有人機が主流なのだが。


『snow bloom攻撃準備完了です!しかし、starry sky各機に通達の必要はないのでしょうか?余計な手出しをしたと思われたら、後でやっかいなことに……』


 柊少尉の通信に続き、ラダー少尉からも攻撃準備完了の報告が入る。通常なら援護攻撃を行う前に前線の部隊に通達を行うが、今回はそれをしていない。通達することでstarry sky小隊の動きに異変が見られれば、あの敵は異変を察知する可能性が高いと判断したためだ。


『レックスならば狙撃の意味はすぐ理解するだろうから心配は無用だ。両名は後のことは気にせず照準合わせに集中してくれ。以降は各自に任せる。ghost over!』



(この野郎……動きの中から攻撃を繰り出してくるあたり、まるでヤツそのものじゃねーか。ったく気に食わねえな。機体はこちらが上で数も勝っているが、もし俺が抜かれたら流奈たちは全員すぐに殺られちまうだろうから、この状況はお世辞にも優勢とは言えねえ。騎兵隊が勇んで登場した挙句にこれか、畜生め!)


 レックス機と暴走機は武器で打ち合い、体当たりなどの格闘で姿勢を崩しチャンスを得ようと試みるも、双方ともに致命的なミスは犯さず膠着状態になっていた。しかし暴走機は押された際の姿勢制御時に攻撃を織り交ぜるという反撃を用い、攻撃の手数は明らかにレックスを上回っている。相手の反撃も含め、多くの攻撃を凌ぎ切っているレックスの操縦は見事だったが、このままでは押し切られるのは明らかだった。


『ちっ!starry sky小隊各機は距離を取れ!こいつがそっちを狙おうと思わないくらいには離れてろ!お前たちじゃこいつの相手は務まらねえ!!』


 形勢不利を悟ったレックスが出した指示は「助けろ」ではなく「離れろ」である。部下を犠牲にして生き延びようとする上官がいて、故郷の英雄もそうやって戦死したと思い込んでいた彼にとって「部下を盾にする」のは許されざる禁忌である。育成科最後の試験で無意識にそれをやってしまった経験は、周囲を気にかけるという欠けていた部分を育てるのに役立った。もっとも、その指示と同時に射撃音が鳴り響き、戦況は一変することになったが。


『こちらmariana deep、攻撃命中。敵機頭部に直撃弾、測定用カメラおよび通信機器に損傷ありと推察されます』


 全高10mほどのコマンド・ウォーカーにおいて、頭部と目される部分がある機体はだいたい1.5mから大きくて2mほどが平均値である。今回は鍔迫り合いから両者が離れ動きの止まった瞬間を狙ったが、それでも頭部に直撃というのは上々の結果だ。しかもこの攻撃は口火に過ぎない。


『奴は狙撃回避のため盾を拾いに行くぞ。井松は脚部に向けシューターを放て!残りは俺に続いて突撃を掛けろ。狙撃支援があるとなりゃ奴もこっちだけには構ってられんだろうからビビるこたぁねえぞ、一気に取り囲んで袋叩きにしてやれ!』


 それが殴り合いにせよ斬り合いにせよ、もしくは撃ち合いだとしても、暴力を微塵も伴わない知的なものでも、勝負事には「勝敗を分かつ、勝負を決める一手」が存在する。その一手を繰り出せたから奇跡の大逆転を成し得た歴史上の偉人がいて、盤石の勝利を積み重ねた覇者もいる。今回の戦いに於いてはそれが、この狙撃だった。


「理由はともかく、最後の敵パイロットは間違いなく使い手でした。しかしそうだからこそ、正確な狙撃に備えるべく盾を拾いに行ってしまった。リスクを抑えたい気持ちは理解できますが、あそこで退いてはいけなかった。先に退こうとしていたレックスたちが威勢を取り戻したのは、敵が弱気になったと思えばこそなのですから」


 弥兵衛が漏らした独白めいた言葉は、ラール将軍やその部下たちに向けられた戦況説明である。先ほどまで押され気味だったW.P.I.U隊が一気に攻勢を掛け、今ではもう最後の暴走機もグレイヴ・バンドにかかり身動きが取れなくなっていた。最初から「数に任せて攻めればよかったのではないか」と思えるほど流れは一気に傾き、この展開を不思議に思っているだろうと察してのことである。


「それを見越してジャターユは狙撃させたと。撃破できずとも、当てさえすれば盾を拾うという行動に出ることを予測した上で。う~む、英雄はいまだ健在ですな!」


 恐れ入ります……と短く返したが、相変わらず「英雄」という単語が好きになれない弥兵衛にとって、それはあまり嬉しくない誉め言葉である。将軍が嫌味や当てつけで言っていないことは承知しているので顔には出せないが、幸いなことに今はもっと優先すべき話題がある。


「暴走機はすべて沈黙したようですし、我々も現場に向かいましょう。パイロットの技量も含め、この件は謎が多すぎます。一刻も早く調査に着手を……」


 ng歴304年1月4日の昼前に起きたI.O.Tのコマンド・ウォーカー暴走事件は、居合わせたW.P.I.U軍の協力もあり鎮圧される。しかしこの事件がその本質を見せ、人々を戦慄させるのは調査が進んだ5日後のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る