第2話叶わない恋

 私が初恋を自覚したのは中学一年生のころだった。

 思春期が始まり、学校の男子のこどもっぽい言動に嫌気をさしていた。

 まず、男子は埃をまき散らし箒と窓拭き用のはずだった新聞紙で野球をしだす。

 比較的潔癖だった私はそれが嫌で仕方がなかった。

 また、性的な言葉を覚え始める年ごろなので、男子は赤子のように意味もなくその言葉を繰り返した。

 家に帰ると、父は性的な言葉を口にしないものの、酒を呑むと仕事の愚痴が滝のように勢いよく出てきた。

 当時はそれも嫌だったが、今では理解できる。父と同じ不動産に携わっていたからかもしれない。

 たとえ他業種であっても、仕事というものは辛いことの方が多い。人間関係が入ってくるとなおさらのことだ。

 一方、一ヶ月に一回の頻度で遊びに来る伯父は不満など何一つ言わなかった。

 彫りの深い顔立ちで偏見に見舞われたかもしれないのに。

 妹である母の家事を手伝い、義弟である父の酒の相手もした。父は相変わらず愚痴ばかりだった。それでも伯父は口を挟まなかった。

 端から見ると、伯父は落ちのない話しを聞くというよりは受け流しているようだった。

 私は伯父の処施術をかっこいいと思った。

 もちろん私にも紳士的だった。勉強を教えてくれたのはもちろんのこと、私と適度な距離を保ってくれた。ともに椅子に座るときは椅子の配置を気遣っていた。

 学校にも家庭にもいないタイプが珍しかったのかもしれない。

 それでも私は月に一度の来訪を楽しみにしていた。

 私が大学を卒業するときは引っ越しまで手伝ってくれた。

 ただし、新居に寝泊まりするようなことはしなかった。

 伯父はビジネスホテルに泊まり、いざというときのために携帯電話の番号を紙に書いて渡してくれた。

 距離を感じるほど私の恋心は燃え上がった。

 高校生になるころには既にお洒落に気を配り、大学生のころから伯父の前だけでは決してパンツスタイルにならなかった。

 伯父は私の気持ちに気付いていたのだろうか。伯父と姪という関係から何も進展せず、伯父は渡米した。私が二十七歳のときだった。

 ときを同じくして私は広告代理店に事務として勤めていたが、仕事を辞めざるを得なかった。会社の倒産だった。

 そのとき私は何の目的もなく前職の不動産会社に事務の求人に応募した。

 そのときの面接官が、あの男だった。

 再就職が決まり、私は再び社会人になった。

 当初、あの男とは上司と部下という関係であったが、距離は間もなくして縮まった。

 あの男は部下の間では恐妻家で有名だった。

 経理担当者によると、奥さんに渡すためだけの給与明細を書き換えていたほどだ。それであの男は小遣いを確保していた。

 二度目の恋が始まったのは、突然だった。

 会社での飲み会からこっそり抜け出してホテルで関係を持ったのが始まりだった。

 その後も何度もホテルで寝た。ときには私の部屋にまで上がり込んだ。

 よくないことと知りつつも、私は関係を止めることができなかった。

 渡米した伯父からアメリカ人女性との結婚報告が届いたことが拍車した。

 そして二か月前、あの男は一切私を求めなくなった。

 家庭崩壊に気付いた娘さんが一人で悩み、うつ病を患った。

 奥さんは娘さんのために夫に対する態度を改め、夫婦で治療に励んだ。

 今、娘さんの病状は分からない。退職前ですら私に教えてくれる同僚など既になかった。

 私が疫病神だからだ。

 当然のことかもしれない。

 もし私が第三者であれば、不倫相手にわざわざ報告することもなかったはずだからだ。

 そして私は追い込まれ、会社に対して退職処分を求めた。

 ゴールデンウィークの不倫旅行を楽しみにしていたころだった。

 このころ、自分がいっときの感情に流されやすいことを自覚した。

 今もこうして、人に言われるまま観光ルートを辿っている。

 「やっぱり、一番の女は嫁だ」

 今でもあの男の最後の言葉が脳裏に焼き付いている。

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