社宮の過去と魔の狙い

 そんな二人を見て、信綱が息をつく。


「まったく。その子の言う通りだ、剣聖。一刻も早く倒すのも大事だが、被害が出る前に確実に斃すよう万全を期すのもまた大事じゃ」

「はい……。申し訳ありません」

「謝らんでよい。それよりも、お前に話がある。お前が気絶している間に話はしたが、お前も含めて今一度確認する。部屋へ戻れ」

「分かりました」


 信綱の言葉に、剣聖はおとなしく従う。

 その様子を見て、晶はほっと胸を撫で下ろした。


   *


「――さとり鵺は、百鬼夜行を起こして街を襲うのが目的と、確かに言ったのだな?」

「はい。奴はそう証言しました」


 前提条件の確認のように問う信綱に、剣聖と晶は首肯する。

 それを聞いて、信綱は改めて語りだす。


「社宮には、百鬼夜行によってよく里が襲われたという伝承がある。今からもう千年以上前からの伝承じゃがな。それ以前まで、この街の辺りの人里は妖魔に苦しめられたそうだ」


 部屋の中央にある囲炉裏を取り囲みながら、剣聖たちは向かいあっていた。古風な部屋であり、今から数百年前から使われていたと言われても納得してしまう、古式な広間だ。


「被害は有名だったらしく、やがて事態を重く見た陰陽師が、中央から派遣されたそうだ。そこで、やってきた陰陽師たちは、一部の武者に退魔の術を教える共に、里の周りへ巨大かつ強力な結界を生み出した。これによって、魔による襲撃はかなり減ったらしい」

「そう、なんですか?」

「元々、この地は京都方面の中央と、関東や他の南北の地方とを繋ぐ道や霊脈の途中にあってな。ゆえに魔の往来が激しかったのだ。結界を張ることにより、魔の往来自体は減った」


 ところがだ、と信綱は続ける。


「結界は、魔の往来は減らしたが、出現自体は減らしてはいなかった。それゆえに、度々この地域では怪異が起こり、百鬼夜行による襲撃も起きてきた。そういう歴史がある」

「それは、今もなおということですか?」


 晶が思わず聞くと、信綱は首を振る。

「いや。近世にはいり、城下町として区画が整備され、里が発展して以降は、百鬼夜行のような大群によるものは起きていない。偶発的なものはよくあるがな。君や剣聖が日々倒してきた魔のような、な」

「さとり鵺は、あくまで群れを率いて、百鬼夜行を起こす気なのですね」


 聡が言うと、「おそらくはな」と信綱は頷く。


「そうなると、奴がどこから群れを率いてくるかという話になるのでは?」

「あぁ。それならば話は簡単だ。ほぼ間違いなく、奴らは街の丑寅方面から侵攻を試みる気であろう」

「北東、ということですか?」


 晶の母の確認に、信綱は再度首肯する。


「かつての伝承どおりならばな。そこを警戒せねばなるまい」

「ならば、それに向けて準備をしないといけませんね……。久々に、腕を振るわねば」


 そう言って、聡は片腕の力こぶを作る様なポーズをとる。

 それを微笑ましく思えるそんな中で、ふと晶が剣聖を見る。

 彼は、何やら難しい顔をしていた。


「四葉くん、どうしたの?」

「……気になることが。何故、丑寅から来ると分かるのですか?」


 剣聖が、祖父に対して訊ねる。


「うむ。どうやら、街に張られた結界は、丑寅方面だけが脆弱らしい。魔が侵入し、各地方からここを通るには、そこからしか入り込めないのだ」

「ということは、さとり鵺もそこからこの街へ来たと?」

「そうなるな。ん? 何か気になったのか?」


 信綱が尋ねると、剣聖は頷く。


「その結界とは言うのは、それほど強力なものなのですか?」

「あぁ。千年たっても、まだ保たれてるほどにな。おかげで、魔は各地方の往来も難儀しているほどだ」


 それがどうかしたのか、と信綱が訊く。

 すると、剣聖は腕を組んだまま、


「爺様。その、子供の馬鹿げた仮説として一応聞いてほしいのですが――」


 前置きを置くと、剣聖はある可能性を告げる。


 その仮説が、ある意味事態は更に危険なものだということを一同に知らせることになるとは、剣聖も当初は思っていなかった。

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