ヒーローとヒロインの衝突

 意識を取り戻した剣聖が、自分の居場所を悟るのに、時間はかからなかった。

 社宮にある四葉神社――自身の実家で目を覚ました彼は、それを確信するや周囲を見回す。


「お、気づいたか」


 最初に彼が目覚めたのに気づいたのは、剣聖をここに運び込むのを手伝った一人、晶の父・白藤聡であった。

 その声につられ、他の面々も剣聖の意識が回復したのに気付く。

 皆の視線を受けつつ、剣聖は上体を起こし、身体の痛みに頬を歪めながら、辺りのうちの一人に視線を定める。


「爺様……」

「……無茶をした、ようだな」


 剣聖の祖父・四葉信綱が厳かに言うと、剣聖は口を引き結ぶ。

 それから、頭を下げた。


「御迷惑をおかけしました。俺が未熟なばかりに――」

「詫び言はいらん。聞きとうないわ。それに、お前はまず感謝すべきだ。お前をここまで逃してくれた、この者たちにな」


 そう言われ、剣聖は視線を横へずらす。

 そこには、座布団に座る様にしてこちらを見ている白藤一家がいた。

 布団に横たえられており、また傷の手当てもされていたことを悟った彼は、一瞬晶の両親がいることを懸念がるが、敏い彼は、すぐに事情を読む。

 流石に、晶の父母がアレだとは読めなかっただろうが。


「お助けいただき感謝します……」

「あら、いいのよ御礼なんて。それより身体の具合は?」


 朗らかに晶の母が言うと、剣聖は少し顔を伏せてから、ゆっくり立ち上がる。


「大丈夫です。では――」


 そう言って、彼はそのままこの場を去ろうとする。

 それを見て、晶たちは慌てた。


「ちょ、四葉くん! どこいくの?」

「……決まっている。あの魔を追う」


 当然のように言い、剣聖はそのまま部屋を出た。

 が、その腕を晶が掴む。

 部屋からは信綱たちも追ってくる中、剣聖は彼女を見る。


「離せ。一緒に行くつもりなら――」

「まずは怪我を直すのが先決でしょ。その身体で行くつもりなの?」


 手を振り払おうとする剣聖に、珍しく晶がはっきりと言葉を告げる。

 目が合い、剣聖の顔に苦渋が浮かぶ。


「悪いか。あの魔は一刻も早く止めなきゃいけない」

「分かっているよ。でも、そんな身体で行くなんて、無茶だよ。だから……」


 剣聖は、やんわりと晶の腕を払う。だが、晶はもう一度掴む。

 それに、剣聖が少し苛立つ。


「無茶だろうがなんだろが、俺は行く。あれは、止めなきゃまずい奴だ」

「分かっているよ。でも、いくら昔みたいに人がたくさん死ぬのが怖いからって――」

「……ッ!!」


 晶が、なんとか剣聖を説得しようと思わず口にした言葉に、だった。

 剣聖は激しく反応し、晶の腕を弾くように打ち据える。それに、晶が思わず後退し、目を見開く中、剣聖は一瞬迷いのような顔を見せてから、しかし止まらずに言う。


「黙れ。知ったような口を叩くな」

「………………」

「それとこれとは関係ない。俺は、あの魔を止めなきゃならない。でなければ、百鬼夜行が街を襲うことになる。そうすれば、大勢が死ぬ」

「分かっているよ!」


 威嚇するように言う剣聖に、晶も声を荒げて言い返す。

 彼女なりに、必死に剣聖を説得する。


「分かっているから。あの魔は、絶対に倒さなきゃいけないことぐらい……」

「そうだ。だからこそ、俺は行く。妙な節介も指図はするな」


 言うや、剣聖は踵を返そうとする。

 そんな彼へ、後ろで見ていた信綱が進み出ようとしていた。

 が、彼より早く、動く人間がいた。

 晶だった。

 彼女は、剣聖の肩を両手で掴む。


「いい加減にしてよ! もっと、もっと自分のことを考えてよ!」


 半ば叫ぶように、彼女はそう訴えかけていた。

 その言葉に、剣聖は動きを止め、口を噤んで晶を見る。足を止めた彼に、晶は感情の高ぶりから、思わず目元を潤ませて言う。


「斃さなきゃいけない相手だってことも分かる。戦わなきゃいけないことも分かる。でも、戦って死んだら意味がないじゃない! 貴方が死んだら何も意味ないじゃない! 救えるはずの人間も救えなくなっちゃうでしょう!」

「――ッ!!」

「貴方は私より強いから……もっとたくさんの人を助けられるはず。だからこそ、死ぬような無茶だけはしないで……!」


 必死に、晶は必死になって剣聖を説得する。

 その言葉が、流石に効いたのか、剣聖は口を噤んで黙る。

 そんな二人に、外から見ていた信綱たちは目を細めていた。

 晶は、なおも言う。


「いいから、落ち着いて。まずは準備を整えましょう。奴を倒すために万全の準備をすることから始めましょうよ。ね?」

「………………」


 剣聖は無言――であるが、流石に晶の言葉が届いたのか、反省する。

 焦っており、冷静さを失っていたのはどう見ても自分だったことに気づいた様子であった。

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