暮れの森にて③

「その調子で、私を止められるとは思わぬことだ。それとも、私がこの地の怨霊を解き放つのを期待しておるのか?」

「そんなこと……」

「ここの怨霊の群れは、元は武者の怨霊たち。その群れが街を蹂躙すれば、さぞや面白いことになるだろうな」

「!」


 相手の言葉に、二人は目を開く。

 何故なら、そう言うさとり鵺の足元に、謎の紋様で刻まれた方陣が展開されたからだ。一瞬、攻撃の何かかと思われたが、すぐにそれは明らかになる。

 その次の句が、現象の正体を告げた。


「お望みならば、今すぐ解放してやろう。その方が、喜ばしかろう?」

「させるかよ」


 言葉短かに言って剣聖が再び地面を蹴りつける。

 そして、一直線に敵の許へと攻撃を仕掛けた。


「待って、四葉くん!」


 それを見て、晶が思わず制止をかける。

 相手の言葉は、あからさまな挑発だ。

 だが彼は、それを理解しているだろうに、あえて乗って攻撃を仕掛けた。

 止まることなく敵の懐へ飛び込んだ剣聖は、そこで刀を振り上げる。そんな彼へ、さとり鵺は皓歯を剥き出しに、稲妻を応酬する。

 一瞬の目が眩むような閃光の後、吹き飛んだのは剣聖だった。

 雷撃の衝撃で吹き飛んだ彼は、苦痛の呻きをもらしながら横転し、その勢いを利用して何とか体勢を立て直そうとするも、ふらつき膝をつく。

 そんな彼へ、さとり鵺は一気に間合いを詰めた。稲妻を叩き付け、それを受けた剣聖にすぐさま追撃を加えるためだ。

 そんな中、裂帛の気勢が響く。

 剣聖の口から漏れたそれに、晶もさとり鵺も目を剥く。

 次の瞬間、剣聖は稲妻の衝撃を受けたはずの身体に鞭を打って、さとり鵺へ前進する。両者は正面衝突するようぶつかり、さとり鵺は意表を突かれ後退。

 直後、斬撃。

 気迫のこもった一撃は、さとり鵺の身を捉え、切り傷と血潮を噴き上げさせる。

 渾身の一撃――しかし傷は僅かに浅い。

 後退するさとり鵺の前に、剣聖は追撃を加えようとして膝から倒れる。

 雷撃を喰らいながら前進したツケが回る彼に、さとり鵺は痛みで顔をしかめながらも嗤い、雷球を出現させる。

 すかさず放出されるそれに、剣聖は顔を上げることしか出来ない。

 直後、雷球が剣聖を――直撃しようとする中、彼を救ったのは晶だった。

 彼女は背後から駆け寄ると、彼に抱きつくように飛び込み、そのまま横転、雷球の軌道から共に逃げる。空を切った雷球は、地面に当たって爆散した。

 間一髪で剣聖を救った晶だが、その中で剣聖は、苦痛で軽く呻きながらも、目をぎらつかせたまま敵へ駆け出そうとする。

 それを、晶は慌てて止めた。


「四葉くん! 何をしているの!」


 明らかに無謀とみた彼女が手で掴むと、剣聖はつんのめるようにして膝をつく。

 体勢を崩した彼に罪悪感を覚えつつも、晶は言う。


「無理して挑発に乗っては駄目よ! ここは相手の隙を見計らって――」

「仕掛けなきゃ、隙も生まれない。黙っていろ」


 無下なく言って、剣聖は晶の手を払うと、再び前へ進もうとする。

 が、直後再びふらつき、膝をつく。その顔は、苦痛で歪んでいる。

 雷撃で、身体の感覚がダメージから一部麻痺していた。それでも前進しようとしたのだから、よろめいて当然である。


「ほら! 無理しないで、冷静になって――」

「俺は冷静だ」

「! どこが――」

「どこが冷静だ、だろう? 冷静でいられるわけがなかろう」


 強情な剣聖に怒鳴りかける中、会話にさとり鵺が割って入ってくる。


「その餓鬼にとっては、我ら魔によって多くの人間が殺されるのは、最も恐れていることだ。かつての深い、深い傷に起因するな……」

「……なんのこと?」


 相手の言葉に、晶が不審な顔をする。

 一方で、剣聖はさとり鵺を鋭く睨む。その眼光は、いつもの冷たさ以上に感情的となっていた。

 そんな中で、さとり鵺は言う。


「おや? 知らなかったのか? その餓鬼の、もっとも根深い心の傷のことを」

「黙れ」


 剣聖がさとり鵺を睨む中、魔は哄笑する。


「その餓鬼の過去、かつての『大罪』を知らぬようだな。ならば教えてやろう」

「黙れと言っている!」


 剣聖は、鋭い怒号をあげた。

 それに、晶は思わずぎょっとする。

 彼がここまで感情的に、吼えるのを見たのは、初めてであった。

 そんな怒る彼の、発言を阻もうとする彼の心を読んで、さとり鵺は晒す。



「その餓鬼はな、かつて、自ら魔を解き放ち、己の里と里の人間を魔に貢いだのだ。己の両親家族、親友たちごとな」



「え――」


 言葉に息を飲む晶。

 その横で、剣聖は噛みしめた歯を軋ませた。

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