暮れの森にて②

「ほう……これはこれは」


 道に姿を現すや、影は、獣の姿をしたそのニッと嗤う。


「こんなところまで追って来るとは。さては、こちらの目的に気づいたか?」

 その言葉に、剣聖たちは眉根を寄せる。

 なんのことだ、と剣聖たちが思っていると、相手は目を細めた。


「なんだ、そうではないのか。なに、ここが心霊スポットだから試しに来てみただと? 随分と舐めた理由ではないか」

「なっ……!」


 語ってもいないのに、こちらの考えを見抜く相手の魔に、晶が息を飲む一方、剣聖は怪訝な顔の後、納得する。


「そういえば、心を読めるんだったか。じゃあ、こちらが次に放つ問いも言わずとも分かるんだよな?」

「あぁ。目的、とはなんのことだ、だろう? そうだな。別に隠すことでもあるまい。教えてやろう」


 冷静に問う剣聖に、魔はまたも読心をして応じる。


「ここには、大量の怨霊が封印されている。それを解放したいのだ。私の目的のためにな」

「怨霊の解放?」


 ぴくっと、剣聖が眉を震わせる。それに、魔は嗤って応じる。


「そうだ。この街に眠る数多の怨霊を解放し、百鬼夜行を起こす――それが私の目的の一つだ。街を、魔によって滅ぼすためにな」

「そんな、ことを?」


 魔が語った目的に、晶が息を飲む。

 百鬼夜行とは、多くの妖怪による行列の進軍のことを差すのが一般的だが、事が魔に限れば意味が変わる。魔の言う百鬼夜行とは、多くの魔による人里の蹂躙のことだ。それにより、より多くの人間の命を奪うことを目的とする。

 多くの人間を襲う理由は、単純だ。それが魔の本能的衝動であるからだ。

 理知的な理由ではなく、生理的な欲求による行動であった。

 魔は嗤う。


「絵空事ではないぞ。この街に眠る数多の怨霊を目覚めさせれば、街一つ襲うには充分な戦力にはなる。それはさぞ壮観なことであろうな。人が魔に呑まれ、もがき苦しみ、そして埋もれていく様というのは」

「それを、俺たちに素直に伝えたということは、だ」


 目的を語る魔に、剣聖はそう言って、その手に愛刀を具現化させる。


「俺たちをここから生かして帰す気はない、という意味だな?」

「その通り。よく分かっているじゃないか」


 にやりと嗤って、肯定する魔。

 それを見て、剣聖は呼気を一つ吐き、晶に目を向ける。


「やるぞ、白藤。心を読んでくるこいつとは、これ以上の問答は不要だ。とっとと戦って、一刻も早く倒すぞ」

「うん、分かった」


 そう言うと、晶も変身するための構えを取る。

 それを見るなり、剣聖は彼女の変化を待つことなく、地面を蹴った。

 疾風の勢いで彼我の距離を瞬く間に踏破するや、剣聖は横薙ぎを叩きこむ。

 並みの敵ならば一瞬で斬り伏せる神速の一撃を、しかしさとり鵺は素早く後退して躱す。にやりとにやつきながら避けたそいつへ、剣聖は淀むことなく踏み込む。続けて放たれる第二撃・三撃目だが、それも魔は難なく避けた。

 普段なら仕留められているはずの連撃を躱され、しかし剣聖は怯まない。

 当たらぬなら畳み掛けるだけ、そう考えた剣聖は更に前進を図る。

 だが、そんな中で彼は本能的に危機を察して足を止める。その瞬間、彼の目前に横筋の稲妻が迸った。さとり鵺の雷撃だ。当たれば痛いで済まない電光に、それを躱した剣聖は蹈鞴を踏む。

 それを見て、さとり鵺は畳み掛けようとする。

 魔はその周囲に雷球のようなものを出現させ、それを剣聖へ放とうとした。

 そんな相手の横合いを、晶が急襲する。

 純白のヒロインとなっていた彼女は、敵が剣聖に意識を取られていると思い、奇襲した。光線の剣を振り上げた彼女は、振り向く相手を待つことなく剣を叩き付けた。

 だが、それも不発。

 鋭く後方へ身を翻したそいつに、斬撃は空を切る。


「フハハハハ。鈍い、鈍いぞ!」


 哄笑をあげながら、さとり鵺は地面に降りる。


「その程度の動きで私をどうにか出来ようと思っておったか? 実に甘いな!」


 歯を剥き出しにしながら言う相手に、剣聖は舌を打ち、晶は隙を窺がう。

 睨みつける二人に、さとり鵺は高笑いをあげた。

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