暮れの森にて①
社宮市と他の市の境にある山脈に、暮れの森と呼ばれる場所がある。
昔、戦国時代に激しい戦があり、多くの人間が討ち死にして住民たちが悲嘆に暮れた、という伝承が残っている場所だ。
そう言った場所であるから、古くからこの地には、戦死した武者の怨念が出るという評判があった。いわゆる心霊スポットの一つだ。
ただ、時が経つにつれてその伝承も薄らいでいったのか、今ではさほど有名な場所ではないらしい。
ここがそうだと知っているのは現地でも限られた者であるし、また単に街の中心部から離れた、交通の上でも不便な土地であるということから、人があまり進んでは立ち寄らない場所でもあった。
だからこそ、剣聖たちはここに目をつけたのだ。
ここは霊脈の上からも離れ、しかし魔が潜みやすい環境が整っている。
魔は、霊脈以外ではこういった場所によく導かれる習性があり、頼重たちも怪しい場所だと助言してきた。
そんな森の中を、剣聖と晶の二人は進む。
森の中にどこか特定の目的地はあるわけではないが、しかし中深くまで探ってみようという話になった。
奥に進めば進むだけ、魔に遭遇する可能性も高いと踏んだからだ。
が、入ってほんの数分であるが、すでにちょっとした問題が生じていた。
「ふふ……流石心霊スポットね。邪悪な気が満ちている」
森の間に伸びた山道を進みながら、晶が口を開く。
剣聖が少し先を進む中、彼女は左右を見回し、おぼつかない足取りで歩いている。そして時折、思い出したように慌てて剣聖に続く。
「しかし、私みたいに魔を何度も倒してきた人間となれば、こんな場所どうってことない。魔も結局はお化けみたいなものだもの・・・・・・」
薄く笑いながら、独り言を続ける晶。
そんな彼女に、剣聖は前を向いたまま、確信から目を細める。
「さっさと出て来るといい、お化けさん。私が圧倒的な力で祓ってあげるから。ふふっ……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「白藤」
剣聖は、独白を続ける晶に遂に声をかけた。
一瞬僅かに肩を震わせてから、晶は剣聖に目を向ける。
「な、なに?」
「お前、幽霊が苦手なんだろう?」
質問、というより確認といった調子で剣聖が尋ねる。
それに対し、晶は慌てる。
「そ、そんなことない! 私は勇敢な正義のヒロイン! それなのに、お化けが苦手なわけが――」
「そうか。ちなみに、ちょっと後ろ見てみろ」
剣聖が言うと、晶はビクッとして後ろを向く。
だが、そこには何もない。安堵して、晶が前を向こうとしたその時、
「わっ!!」
「きゃああああ!!」
すぐ目前まで引き返し、大声をかけた剣聖に、晶は悲鳴をあげて飛びはねた後、バランスを崩して尻餅をつく。
相当驚いたのか、尻餅をついた彼女の目には薄ら涙も浮かぶ。
「……びびっているじゃねぇか」
「いきなり大声で叫ばれたら誰だって驚くよ!」
「それにしてもリアクションが大きかったぞ?」
「だって、怖かったんだもん! しょうがないじゃない!」
「やっぱり怖いんだな」
「もう! そうよ、怖いの! 分かっているならからかわないで!」
顔を真っ赤にして遂に認める晶に、剣聖は呆れ半分面白半分といった表情を浮かべる。彼にしては珍しい行動であったが、それだけ晶のびびり方には、嗜虐心がくすぐられたということでもあった。
「分かった。だが、その調子だとこの先が思いやられるな」
「ううっ……。早く魔を探し出して帰りたい……」
どうやら本気で心霊の類が苦手らしい晶が弱音を吐くと、剣聖は珍しく微苦笑を浮かべ、彼女の腕を取って立ち上がらせる。
「確かに、すぐに見つければ帰れるがな。頼重、近くに魔の気配はあるか?」
『山や森の中は霊気が強い場所だ。街中と比べて探知が難しい。おまけに心霊スポットとやらだからな。だが、これはどうも……』
少し思案気味に、頼重が語ろうとする。
その言葉に、剣聖たちは耳を傾けていた。
だがその時、剣聖は目の色を急に鋭くして、登っていた山道の先を向く。
少し遅れて、晶も同様だ。
二人の目付きが変わる中で、山道の脇の草むらの中から、のっそりとした動きで影が姿をみせる。
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