使命と絆と正義の在り処

さとり鵺という魔物

 遥か昔、さとり鵺という魔の怪物がいたらしい。

 元々、妖怪にはさとりというものと、鵺というものが存在しているのだが、その魔はその二つの妖怪の特性を持ったキメラ、複合の魔であるそうだ。

 さとりという妖怪は、人の心を読めるらしい。

 一方鵺という妖怪は、雲に潜んで雷を落としたり奇声を上げたりして人々を不安にさせた存在であるそうだ。

 その二つの特性を持つがゆえに、その魔は非常に厄介であったという。

 人の心を読み、しかも稲妻を扱って素早く動き回るそいつに、多くの退魔士と人間が犠牲になった。

 ゆえに結局、かつてその魔が退治の対象にされた時は討伐しきることができず、弱らせて封印されたということらしい。

 それが、今から三百年ほど前の話らしい。

 時が移って現代になり、その話を知ったある呪術師が、野心を抱いた。

 それだけ強力な魔だ。上手く使いこなせば、相当の戦力になるだろう、と。

 そして、呪術師はその魔の封印を解き、魔を復活させたということだった。

 このことを政府、怪異災害対策局はすぐさま感知した。

 急ぎその呪術師の許へ向かい、局員に呪術師を討伐させたそうだ。

 それ自体は、上手くいった。問題が起きたのはその後だった。

 呪術師を倒し、拘束した後、局員たちは当然呪術師が復活させた魔も、同様に討伐しようとした。

 ところが、である。捕まえようとした魔は凄まじい抵抗をみせ、局員たちの追撃を振り払い、逃亡を遂げたということであった。

 これに、怪異災害対策局は慌て、急ぎ追討の人間を選抜した。

 それが、野良烏斎と紅玉響の二名である。

 彼らは急ぎさとり鵺の足取りを調べ、次に現れるだろう場所を推定した。

 それがここ、愛知県社宮市付近だったわけである。




「――それで、お前たちはこの場所へやって来た、という訳か」


 斎の口から語られた話の内容の結末を、敏く掴んで剣聖が尋ねる。

 それに斎は、鷹揚に頷いた。


「そうですねぇ。そして我らの予想通り、あの魔はこの地に現れました」

「あれが、その魔だっていうの?」


 続けて晶が問うと、斎はまたも頷く。


「そうです。どれだけ厄介な魔であるかは、たまたまですが、御覧になって頂いたので分かっていただけたと思います。あれを我らは討伐せねばならない。ゆえに万全を期そうと考えたのです」

「万全を期す、ね」


 滔々と語られる斎の言葉に、剣聖が目を細めて鼻を鳴らす。

 その反応に、晶が訝しげな目を向ける中、反応の理由を剣聖は語る。


「そのために、要は現地で活動している俺らが邪魔になって、最初から排除しようとしたわけか。捜査の横やりを封じる、あるいは魔の討伐の手柄を持っていくのを防ぐために」


 その言葉に、晶は「あっ」と目を見開き、斎たちを見る。

 斎たちは表情を変えなかったが、反論を返そうともしなかった。

 どうやら図星らしい。それを悟り、晶が沸々と憤りを覚える。


「な、何よそれ! 身勝手すぎるじゃない! 最初に魔を逃がしてしまったのは貴方たちなんでしょう! なのに自分たちの捜査に邪魔だからとか、私たちを捕まえようとしたなんて――」

「んっんー。まぁ、それはそうとも言えますが……」

「有体にいえば、落ち度を隠すためにも、俺たちに関わらせたくなかったということだろう。政府の恥を隠すために」


 剣聖が畳み抱えると、それを黙って聞いていた玉響が、無言無表情のまま、何やら剣聖たちに進み出ようとした。それを、斎が手で制する。


「んっんー。隠蔽しようとしたのは確かに事実ですが、指示したのは上ですので、私たちに悪意はありませんよ」

「どういう理屈だ」

「自分たちには責任はないって言いたいの?」

「そういうことです。ですがまぁ、状況は変わりましたね」


 詰問する二人に、斎は視線を外す。話をすり替える、あるいは進めることで話を濁そうという魂胆だ。

「どうやら、もう貴方たちを捕まえるとか、捜査の邪魔をしないように釘を刺すとかいうことをやっている場合ではなくなったようです。これから私たちは、急ぎあのさとり鵺を討滅しなければなりません」


 そう言って、斎は玉響の肩を軽く叩く。

 すると、二人は半身翻す。


「悪いですが、この場は去らせて頂きます。もう争いは無用ですのでね。貴方がたも、せいぜいあの魔の被害がでないようにしてください」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 謝罪もなしにそんな身勝手な――」

「うるさい。黙れ」


 抗議をしようとした晶に、無表情のまま告げたのは玉響だった。

 感情が浮かばず、凝然と視線を向けているが、しかしそれが却って冷淡で鋭いものに聞こえたため、晶は思わず口を噤む。

 そんな玉響の肩を叩き、斎は先を急ぐように指示する。

 玉響はそれに従い、二人はこの場を去っていく。

 その背中を見送り、晶は下唇を噛むのだった。

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