忘れた感覚

「な、なんなのよ、あの人たち!」


 二人が参道を下って行ったのを見送り、晶が怒りの声を上げる。


「私たちへの謝罪もなしに好き勝手言って! まるでこれから私たちが手を出すことも許さないとでもいうかのように! 身勝手にも――」

「別に、手を出すなとは言っていないな」


 憤って口早になる晶に、剣聖は冷静に口を挟む。


「手を出すなとも、おとなしく状況を見守れとも言っていない。むしろ、これまでの事情まで話してきた。聞いて判断材料にでもしろというかのように」

「……え? それってどういう……」

「つまりだ。言外には討伐に協力しろと言っているんだ。連携はするつもりまではないみたいだけれどな」


 きょとんとする晶に剣聖は言った。

 そうでなければ、わざわざこれまで隠していた自分たちの落ち度まで喋ってこないだろう。それを口にした意図は、心情的に剣聖たちが捜査・討伐に協力する気を喚起させるためだとみるのが妥当である。


「ここまで語ったのだから、お前たちならば協力するだろう――そういう狙いでの発言だよ、あれは。上からの、非常に嫌味な手法だな」

「……むかっ」


 剣聖の冷静な分析に、晶は去って行った二人へ怒りの視線を馳せる。

 完全に舐められている、ということは彼女も分かったらしい。


「ある種の挑発、ってことね?」

「御明察」

「乗るも反るも自由よね?」

「勿論」


 剣聖が頷くと、晶は拳を掌に打ち据える。


「ふざけている。人を襲う危険な魔を討伐するのに、素直に頼むことも出来ないなんて。あんな人たちに、任せておけるもんですか! 絶対に、あの魔は私たちが討伐してみせる!」

「決まりだな」


 顎を引き、剣聖は懐から携帯電話を取り出す。


「そうと決まれば、早速手を打たないとな。まずは、舞子や陽野に状況を伝えておく。あの二人も心配しているだろうし、これからの調査を手伝ってもらわないといけない」

「うん、そうね。でも、その前に――」

「ん?」


 剣聖が電話から顔を晶に向けると、晶は沈んだ顔で辺りを見ていた。


「亡くなった警官の皆さんをどうにかしないと。悼むのと、それから人間らしい姿かたちで家族のもとへ帰れるようにしないと……」


 そう言って、晶は悔しげに下唇を噛み、涙を流していた。

 それを見て、剣聖は口を噤む。

 すぐに逃げた魔へと意識がいっていた自分は、ここで被害にあった警官のことをすっかり失念していた。

 だが普通ならば、晶のような反応が健常なのだ。

 誰だって初めに、死した者への哀悼を捧げるというのが。

 そんな当たり前のことも忘れてしまっている、麻痺して忘却しかけている自分に、剣聖は恥と自噴から苦い心地になるのだった。

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