巨魔来襲

「カハハハ。なかなかよい見世物ではないか、人間」


 空から降ってきたその声に、その場の全員が眉を顰めようとした直後――

 いきなり剣聖は、後方へ跳躍し、晶を腕の中に手繰り寄せて後方へ下がる。

 突然の行動にぎょっとする晶だったが、直後その場に雷鳴と稲妻が落ちた。

 激しい鳴動に風が吹きすさび、土煙が礫を撒き散らしながら噴き上がる中、剣聖は社殿前まで退き、斎と玉響も門付近まで後退する。

 噴き上がる砂塵――その中から、やがて旋風が奔り、煙が晴れる。同時にその中から、何やら圧倒的とも呼べる気配・存在感が噴き出した。

 露わになったのは、一体の獣であった。

 大きさは、牛ほど。

 しかしそのシルエットは、巨大な獅子か、または神社にある狛犬のようだ。

 豊かに生えた剛毛をたゆたわせながら、その獣はにっと周りを一望する。

 その姿を見て、晶が慄然と口を開く。


「魔?! 待って、今は逢魔が時じゃないじゃない! しかも、障界は?!」


 彼女の驚きは、決して的外れなものではない。

 魔は、総じてその出現する時刻は夕刻以降だ。しかも、出現時は障界と呼ばれる結界を張り、その存在を公から隠したがるものだ。

 だが、目の前に現れた魔はそのどちらからも外れていた。

 そんな彼女の反応に、魔は満足そうに笑う。

 愉しげなそいつに、しかし剣聖は目つきを鋭くする。その目は、魔の足下に向いている。その視線に、晶も気づいて目を下ろし、絶句する。

 そこには、さっき剣聖たちを勇んで捕まえようとした警官、その成れ果てが転がっていた。黒く焦げた上に、頭部と思しきところは潰れている。即死だ。


「あ、貴方……っ!」

「よくも――っ!」


 怒りの声を漏らしたのは、晶と玉響だった。

 晶は剣聖の、玉響は斎の手をそれぞれ払うと、勢いよく飛び出していく。晶は疾駆しながら変身を、玉響はその手に大斧の具現化を遂げ、獣の魔へ迫る。

 その背に警句が発せられるが、二人は構わずそいつへ突っ込む。

 それを見て、獣の魔はニヤリと嗤う。

 直後、消失。

 突然に忽然と獣の魔の姿が消え、攻撃を繰り出しかけた二人の手が止まる。消えた姿に、二人は瞠目しながら周囲を探る。

 その瞬間、断末魔の悲鳴がこだました。

 出元に目を向けると、そこでは警官の一人が、宙高く吹き飛んでいた。

 その警官の、腹から下の体位は、ない。食い破られるようにひしゃげた上体の断面からは、血飛沫と臓器の端部が弾けでて、中身をぶちまけながら地面に叩き付けられる。警官は悲鳴を掠れさせながら、その目から輝きを失っていく。

 その警官の向こうには、口元を血で染めた獣の魔が立っていた。

 振り返ってこっちを見るその魔は、愕然とする晶たちを瞳に映し、またニッと笑う。

 そして、またその姿を消滅させる。

 次現れたのは、また別の警官たちの許だ。

 最初の落雷の衝撃で吹っ飛んでいた者たちで、最初いた警官たちの中では、生き残っている最後の一団であった。

 それを見て、晶たちは目の色を変える。

 二人の少女はすかさず地面を蹴って、そいつへと疾駆しようとする。

 が、それを背後と側面から止める影があった。

 剣聖と、斎だ。

 晶を剣聖が、玉響を斎がそれぞれ掴み、勢いよくその場に転倒させる。

 何をする――そんな言葉と視線を彼女たちが向けようとした瞬間であった。

 獣の魔の身体が、突然発光し、周囲に光線を撒き散らす。

 光の筋は、辺りを拡散して襲い、延長線上にあった警察の身体や周囲の木々に突き刺さる。刹那、それが凄まじい電撃を発した。バリバリと音を立てた稲妻は、警官たちの身体を弾き飛ばし、木の幹を砕いた。

 それを目の当たりにし、晶たち少女は瞠目し、理解する。

 もし相方が止めてくれていなかったら、あれをまともに喰らっていただろう。

 威力から察するに、即死はしないまでも重傷は免れまい。

 現に、稲妻を受けた警官たちは、即死は免れたものの、全身を痙攣・麻痺させられてしまったようであった。手足を投げ出しながら、彼らはビクついている。

 そんな彼らの一人の頭を、魔は素早く噛み砕く。

 続けざまに、別の一人の頭を足の爪で破壊する。

 そして、最後の一人の警官の頭に、そっと足を乗せた。

 獣の魔は、そこで動きを止めて、こちらを見る。


「どうした? 放っておいてはこやつも死ぬぞ?」


 その挑発に、少女たちは歯を軋ませ、突っ込もうとする。が、またも二人は剣聖と斎に止められた。


「冷静になれ! あれは、もう助からない!」

「ッ、でもっ!!」

「挑発に乗るな! 十全でなければ、アイツは倒せない!!」


 剣聖が珍しく声を張って制止する中、晶は奥歯を噛みしめて拳を握る。

 他方で玉響も、無表情ながら斧を握る手をぐっと絞っていた。

 二人の少女が止められるのを見て、獣の魔は鼻を鳴らす。


「ふんっ、つまらん。怒りで突っ込んで来れば楽なものを……」


 そう言って、獣の魔は、足に力を込める。そうすることで、警官の頭はまるで紙風船のようにあっさりと破裂した。

 その死を見届けて、剣聖と斎はそれぞれ相方を立たせる。

 ゆらりと立ち上がった少女たちは、凝然と魔を睨み据える。

 その手に握った得物を震わせながら、彼女たちはゆっくり前へ進みだす。それに、剣聖たちも続き、徐々に魔への距離を縮めて行った。

 そんな彼らを見て、魔は哂う。


「ほう。四体一か。これは流石に分が悪い」


 そう言うと、魔は軽やかな動きで、門の屋根まで跳躍する。


「ここは退かせてもらおう。なに、すぐにまた会うことができるだろう。この地を、魔の都にした後にな」

「っ、待て――」


 敵の意図に気づいて追いすがろうとする剣聖たちであったが、今度も獣の魔の動きの方が早かった。

 魔はすぐに姿を消して、剣聖たちの前から姿を消す。

 現れた時の様にあっという間に、その姿は忽然と消滅した。

 消え去ったそれを見て、剣聖たちは足を止める。

 そして、すかさず玉響が地面を蹴った。


「逃がした……」

「そうですねぇ。しかし、まさか向こうからこちらに接触してくるとは」


 玉響と斎のその会話に、剣聖は横目を細める。


「ほう……。お前たち、今の魔の知り合いか。きちんと説明してもらおうか」


 剣聖がすかさず訊ねると、それに二人は振り向く。

 そして、目を合わせ、何やら確認し合う。


「そうですね……。一つ訊ねますが、こちらの狙いは気づいていますか?」

「狙い?」


 晶が怪訝な様子で言う中、剣聖は頷く。


「どうせ、あの魔の存在を俺たちに知られたくなかった。だから俺たちを拘束しようとした、といったところなのだろう?」

「なるほど。貴方にはばれてしまいましたか……」


 剣聖の返答に、斎は肩を落とす。


「仕方がないですね。もはや、貴方たちと争っている場合ではないでしょう。お教えしますよ、あの魔が何なのかを」


 そう言って、斎は剣聖たちへあの獣の魔の正体を教え始める。

 これにより、剣聖と晶は、強大な力を持つ異形の魔との戦いへ巻き込まれていくのだった。

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