四葉の廃社②
「まだ何か用か?」
「あぁ、いえ……。なんでもない」
そう言って、晶は目を閉じる。
そしてそのまま、意識を眠りの中へ落そうとした。
それを感じて、剣聖は外へ目を向ける。
晶には寝ろといったが、彼はまったく寝る意識はない。
眠気がない以上に、彼は出来るだけ周囲を警戒しようと思ったのだ。眠気が来たら少しは寝るつもりだったが、あまり深く眠るつもりはなかった。
夜闇の中、時間だけが過ぎていく。
しばらく経っただろうか、剣聖は夜闇の中じっと自分を刺す視線に気づく。
ややあってから、揚々と口を開いた。
「気になるなら、俺は外で寝ようか?」
提案するが、背後では首を振る気配が伝わってきた。
「そうじゃない。ただ、さ。こうやって二人きりになるのは初めてだと思って……」
言われ、剣聖は振り向く。
そう言われてみると、これまで二人になったことはあれど、じっくり話せる環境になったのは、確かに最初かもしれなかった。
「悪いが、俺なんかと喋っても、面白い話題にはならないぞ?」
「そう、かもね。楽しい話をしてくれる四葉くんって、考えづらいかも」
微苦笑混じりに晶が言うと、頼重が『確かに』と茶々をいれる。
剣聖は刀の鍔を指で弾く。
「あのさ。前から聞いてみたいと思っていた事なんだけど……」
「なんだ?」
「四葉くんって、どうして退魔士になって戦おうと決めたの?」
何気ない質問に、剣聖は顔を背けた。これまた、何気ない動きだ。
「聞いてどうする?」
「知りたかった、だけ。ちなみに私はね、偶然の産物だったんだ」
「偶然?」
訊ねると、「うん」と晶は頷く。
「ある日、家族と一緒にいったバザーで、きらきらした首飾りを見つけてね。素敵だなぁって思ったら、それを売っていたおじさんがくれたの。どうせ売れ残るだろうからあげようって。それが、スヴァンの首飾りだったのよ」
「貰った?」
再び訊ねると、晶は再度肯定の声を返す。
「そう。貰って大喜びしていたら、それを知ったパパたちが返してくるように言ってね。それもそうだと返しにいったら、そのおじさんはいなくなっていてね。仕方なく、そのままこれを貰ったの」
『なるほど。つまりそれと知らずにタダ売りされたのか、スヴァンは』
『黙りなさい』
揶揄を入れる頼重に、スヴァンは苛立たしげに言い返す。
晶はそれを無視して、続ける。
「それからしばらくした後、魔に出遭ってね。肌身は出さず持っていたスヴァンの声を初めて聴いて、変身したの。それで魔を倒して、それからお調子者の私ったら、そのまま変身ヒロインとして戦おうって決めたの」
「随分、軽率な考えだな。戦いの危険性を考えなかったのか?」
「考えなかった。その時はまだ、私も考えが甘かったと思う」
平坦に、少し自嘲気味に晶は笑う。
「その後、ある時魔にこてんぱんに負けたこともあってね。辛くも生き延びた時に自分の甘さに気づいたの。けど、ヒロインを止めようとは思わなかった。それまでに、自分が戦うことで助けられた人も、自分がいないせいで助からなかった人の存在も知ってしまったから。今更逃げられないって、知ったから」
「………………」
「それから、かな。今のような考えで戦うようになったのは。自分の手の届く範囲だけでもいいから、助けられる人は助けたいって。魔を一体でも倒すことで、一人でも多くの平和を守るんだって、そう決めたんだ」
「死の恐怖を知ってなお、逃げ出すことなく、か。ずいぶん立派なもんだな」
皮肉ではなく、本心から剣聖は言う。
その言葉に、晶は「えへへ」と照れたように笑う。
「今でも、後悔はしてないよ。戦うのが全く怖くないかって言うと嘘になるけど、でも逃げることはもっと怖いから」
その言葉に、剣聖が一瞬眉を顰める。
しかし、晶はそれには気づかずに続ける。
「自分の手で、皆のことを守れることが、私の今の活力。政府の役人たちがなんて言おうとも、それを止める気なんて毛頭ないよ」
「……そうだな。知ったように言うが、奴らの言葉に耳を傾ける必要はない」
頷くと、晶は嬉しそうに頬を緩める。
「それで、なんだけど。四葉くんはどうして戦っているの? そもそも、どういう正義感から戦っているのかさえも、私は知らない気がするんだけど」
「聞いても楽しい話じゃない、それに、有体にいえば……」
「うん?」
一呼吸おいて、剣聖は顔を背ける。
「話したくない。話すのも、忌々しい」
そう言って、剣聖ははっきりと回答を拒否した。
その態度を見て、晶は訝しがる。
どうして、話すことすら嫌なのだろうか。自分が話したのに、どうして応じてくれないのだろうか。疑念が渦巻く。
そして、迂闊にも追及におよぼうとした。
『やめておきなさい、晶』
それを止めたのは、スヴァンだった。
彼女は、晶にだけ届く小さな声で言う。
『人には、誰しも語りたくない過去や事情というのがあるものです。四葉さんのもそうかもしれない。追及すれば、彼を不快な気にさせるだけです』
論理的にそう助言されると、晶も納得する。
確かに、下手につつけば藪蛇になりそうだ。
まだ付き合いの浅い自分には、語れないほどの根深い何かがあるのかもしれない――そう、少し過剰なまでに考える。
「分かった。じゃあ、やめておく」
スヴァンに対する、また剣聖に対する返答として、晶は言う。
その言葉に、何故か頼重が安堵したよう息を漏らし、剣聖に鍔を弾かれた。
案外、晶の推察は当たっているのかもしれなかった。
「じゃあさ、別のこと聞いてもいい?」
「……お喋りする気なら早く寝ろ。明日起きなかったら怒るぞ」
少し気持ちを切り替えて話そうとする晶に、剣聖は釘を刺す。
先制攻撃に、しかし晶は珍しく止まらなかった。
寝る前のテンションの昂ぶり、と言う奴なのだろう。
しばらくの間、とりとめのない話が続く。
それに対し、剣聖は内心苦い心地になりながらも、しかし表だって嫌がる様子はあまり見せずに応じていた。
二人の仲が、少しだけ縮んだような気がした。
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