四葉の廃社①

 晩春の夜闇の中を進むこと数時間。

 剣聖と晶の二人は、社宮市の西の端にある廃社へとたどり着いた。

 道の端から伸びた草木に浸食されつつある参道を越え、境内から社殿へ辿りつくと、その中へと足を踏み入れて行った。


「鍵は、どうするの?」

「こうする」


 社殿に掛けられた鍵を、剣聖はあろうことか刀を顕現させて叩き切る。その強引な所業に、晶は唖然とするが、剣聖は気にも留めずに中へ入って行った。

 廃社の外は比較的荒れ放題であったが、中は比較的きれいな状態で整えられている。部屋の隅には蜘蛛の巣が張っている部分もあるが、呼吸がしづらいほど埃があるわけでもなく、汚いものではなかった。

 本殿に入り、剣聖はその真ん中あたりの床を掃う。

 溜まった埃を拭き、それから道中のコンビニで調達した懐中電灯を立てる。

 そうすることで、社殿の中はある程度の明るさに包まれた。

 その中で、晶は本殿の様子を見回し、明かり近くに寝袋を置く。

 寝袋は、美紅から借りてきたものだ。


「とりあえず、寝る場所は確保できたね」

「あぁ。お前はそこで寝ろ。俺はこっちで寝る」


 寝袋を広げる晶に、剣聖は社殿の扉近くに移動して、そこの柱の背を預ける。

 外を警戒してだろう、扉を僅かに開けて、彼は外に目を向けていた。

 そんな彼の様子に、晶がきょとんとする。


「どうして? こちらで一緒に寝ないの?」

「……は?」


 晶の頓狂な質問に、剣聖は思わずそんな声を漏らした。

 その視線は、晶の正気を疑うような疑心に染まっている。

 だが、そんな目に晶はむしろ不思議そうに首を傾げる。何か変なことを言っただろうかと、彼女は自分の発言をよく分かっていない様子だった。

 それに、剣聖ではなく、晶の首飾りの意識、スヴァンが溜息をつく。


『晶。年頃の男女が、並んで横に寝る意味を考えなさい。倫理的に』

「……ふぇっ?!」


 スヴァンのもっともな指摘に、晶は素っ頓狂な声を漏らした。

 そこでようやく、晶は自分の発言の迂闊さに気づいたようだ。

 その顔は、見る見る赤く染まっていく。


「ちょ、ちょっと四葉くん! 今のはそう言う意味じゃないよ! 私は別にそんな下心は持てないし、そんな期待には応えられないから!」

「……なんで若干、俺がフラれたみたいになっているんだ?」


 両手を前で振りながらかざす晶に、剣聖が白い目で言う。

 いきなり迂闊な誘いを受けた上に、拒否された剣聖の心地は複雑だった。

 そんな彼の心中を慮ってか、スヴァンが同情の溜息を、一方彼の手元の頼重が忍び笑いを漏らす。後者のそれに、剣聖は苛立ち混じりで視線を下げた。


「もう寝ろ。どちらにせよ、この暗さじゃ何も行動できない。明日朝早く起きて、次の行動をどうするか協議しよう」

「お、襲ったりしないよね?」

「一発、殴るぞ?」

「ご、ごめんなさい!」


 静かな剣幕に、晶は反射的に謝る。

 そんな彼女の天然ぶりに、剣聖はげんなりした様子で顔を背ける。

 それから、二人の間では沈黙が下りる。

 晶は剣聖の勧めに従って、いそいそと寝袋に身を入れる中、剣聖はそれの片割れに身を入れず、社殿の柱に背を預けるようにして、座る。

 寝袋に入っては咄嗟に行動できないと考えた彼は、寝袋は使用せずに、座ったまま寝ようとしていた。

 そんな彼に、晶は寝袋に入ったまま視線を送る。

 懐中電灯に薄らと照らされた彼の横顔をじっと見ていると、目を瞑ったまま、剣聖が口を開いた。

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