逃走路②

「――汚い! 政府めっちゃ汚い!」


 憤激と共に口を開いたのは美紅である。

 晶の家への帰路を封じられた剣聖たちが向かったのは、そこから少し離れた場所にある美紅の家だ。

 事情を前もって携帯電話で話した二人を、美紅はすぐさま匿ってくれた。

 そして携帯で伝えきれなかったより詳細な事情を話した所、彼女が口にしたのは怒りの感情であった。


「いくらなんでも卑怯でしょうが! 子供相手にわざわざそんなきたねぇマネしやがるか、普通?!」

「そうよね! 本当に、卑怯だと思うよね!」


 美紅の憤りに、自分の心境に同調して貰えたと思って、晶が頷く。

 しかし、


「卑怯じゃないさ。これが、奴らなりのやり方なんだろう」


 剣聖がそう言う。振り向く二人に、シビアに彼は見解を示した。


「正義ってのは、時に手段を選ばない。大義を為すためならば、どんな卑劣な手も公然と行使してくることもまた正義の一つだ。奴らが俺らを偽善と呼ぶ以上、こういった手を使うこともまた当然だったかもしれん」

「ぐっ……。そ、そうかもしれないけどさ」


 理解を示しつつも、美紅は何処かやるせない様子で手をぶんぶん振る。

 そんな彼女を尻目に、剣聖は窓の傍で外を警戒しながら、口を開く。


「問題は、これからどうするかだ。一度ああやって逃げてしまった以上、素直に出頭はしづらい。ろくな目に遭わないことは目に見えている」

「そもそも、捕まったらそのまま解放して貰えないかも……」


 晶が言うと、それに同様の見解なのか、剣聖は顎を引く。


「じゃあ、どうする? しばらく、私の家で匿おうか?」


 それぐらいなら協力できるよ、と美紅は言う。

 非常に頼りになる、ありがたい申し出であった。

 だが、剣聖たちは首を振る。


「そこまで世話にはなれないよ。美紅にまで被害が及んじゃうし……」

「それに、直にここにも手が回るだろう。一時滞在したならばともかく、知っていて匿ったことがばれたらまずい」


 美紅に必要以上に迷惑はかけられないと、剣聖たちは辞退する。

 自分を慮ってのその態度に、美紅は少なからず悔しげに下唇を噛む。

 そんな中で、剣聖が外を見直して、目を細める。


「ただ気になっていることがある。いくら何でも、相手が強引すぎることだ」

「強引すぎる?」


 剣聖は「あぁ」と顎を引いた。


「いくら俺たちの活動が厄介だと言うにしても、こんないきなり、強行的に公権力を駆使してきたのは疑問だ。もっと確実に、それこそ寝こみを襲うだとかの確実な手段はあったはずだ。それをせずにこうも早まるのは、不審がある」

「言われてみればそうね。何か、理由があるのかも……」


 剣聖の疑念に、美紅も同調する。


「もしかしたら、奴ら何かを隠しているのかも。何か重大なリスクがあって、そのリスクを回避するために、表立っては対立しにくい警察なんてものを使ったのかもしれないわね」

「あぁ。その可能性は充分ある」

「分かった。じゃあ、こうしましょう」


 美紅は、剣聖の肯定で何か閃いた様子で手を叩く。


「私は、その辺りの情報を調べてみるわ。四葉っちとあきらんを匿うことは出来ないけど、それぐらいの協力ならできる筈よ」

「頼める?」

「任せて。問題はその間の二人の隠れ場所に見込みがないことだけど……」

「それに関しては、一つ手立てがある」


 少し気まずそうな美紅に、剣聖が言う。その言葉に、晶と美紅は目を合わす。


「え、本当?」

「あぁ。悪いが、このあたりの地図をくれないか?」

「いいわよ。ちょっと待って」


 言って、美紅は部屋を出て行く。

 それを見送ると、晶は剣聖に訊ねる。


「手立てって?」

「ここから東の方に、確かウチの家が管理している廃社があるはずだ。距離はあるが、そこに逃げ込めばある程度の時間稼ぎは出来るだろう」


 そう言うと、晶は納得する。

 現在剣聖たちがいる街から東に十数キロいった場所が、社宮市であるが、その一帯には多くの神社がある。

 が、神社はあっても引き受ける者がおらず、無人になっている神社もいくらかあるのだ。そのうちの一つが、ちょうど剣聖の実家が管理している場所らしい。

 確かにそこへ行けば、しばらく隠れることが出来るかもしれない。

 やがて、地図を持って戻ってきた美紅にも、剣聖はその旨を告げる。

 それを聞いて、美紅は納得した。


「なるほどね。じゃあ、その間の調査は任せて! 必ず、政府の役人どもの狙いを暴いて見せるから」

「……無理はするなよ?」


 果たして一介の女子高生に政府の狙いが短時間で見抜けるものなのかは甚だ疑問なため、剣聖はあくまで無茶はしないように厳命する。

 が、それに対して美紅は「大丈夫」とだけ言って引き下がろうとしない。

 その事へ一抹の不安を抱きながら、剣聖は晶を引き連れて、東方にある廃社へと向かって進みだすのだった。

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