突撃! 白藤家の勉強会②

 突然入って来るや、晶の父はリビングのソファに座る。

 その侵入に、燎太は固まり、剣聖は無言で目を細めた。


「……君たち。よく来たね」


 ソファに座るや、晶の父は微笑んだ。

 口髭を上品にたくわえた紳士と言う感じに、声もなかなか美声だ。

 にっこり笑う姿も品があり穏やかで、好感が持てる。


「勉強会とは殊勝なことだ。高校生になって、放蕩三昧になる子が多い中で、真面目に勉学に励むというのは立派なことだと思うよ」

「……え、あっはい。どうも、ありがとうございます」


 戸惑いながらも、社交的に燎太が笑い返す。

 意外と好意的だな、もしかして仲良くしに来たのかと、燎太は思う。

 そんな彼に、晶の父は笑い返す。


「そうだね。しかも、同級生の女の子の家に乗り込んで勉強会とは、なかなか出来ない事だと思うよ?」


 あ、違う。これは怒っている。

 娘のいる家にのうのうと乗り込んできた男どもを、完全に威嚇する言葉だ。

 滝汗をかく燎太だったが、剣聖はというと、英単語帳に目を戻していた。

 まるで興味ないと言った態度に、燎太は更にはらはらとする。

 そんな中で、晶の父は問う。


「君たち。娘とはどういう関係かな? 高校からの知り合いのようだが?」

「えっと……そうですね。自分は剣聖、彼経由で知り合ったので……」


 さりげなく、燎太は剣聖に助けを求める。

 その声に、剣聖は一瞬目を細め、晶の父の視線は彼へ向く。


「では、君はどういう知り合いかね? どういう経緯で知り合ったのかね?」

「………………」

「黙っていないで、教えてくれないか?」

「少なくとも下心はないんで安心してください。俺も陽野も、晶さんに邪念は抱いていませんから」


 ぎょっと、燎太は心臓が跳ね上がった。

 初対面の相手にまさかそこまで言うかと思い、視線を慌てて晶の父へ戻す。

 すると、相手の反応も大きかった。晶の父はカタカタと、何かを抑えるように身体を振るわせ始めていた。

 それを見て、やばいと燎太が思う中で、晶の父が口を開く。


「……あ、晶ちゃんを名前呼び?」

「は?」


 相手の言葉に、剣聖が目だけ向ける。


「ひ、人の娘を名前で呼ぶとは。君、いい度胸だね」

「そうですか? ですが、白藤さんと苗字呼びすると、話がややこしくなると思うのですが。貴方も白藤ですし」

「いや。その理屈はどうなんだ?」


 剣聖の理論に、燎太が控えめに突っ込む。

 が、当然の如く、二人はそれに関しては無視をする。


「なるほど。話は聞いていたが、なかなか度胸が据わっているようだね。ところで君、一発お殴りしてもかまわないかな?」

「丁寧な言葉で凄いことを言いますね。丁重にお断りいたします」

「そうかい。ちなみに君は、頭をかち割ったら死ぬ人間かな?」

「普通の人間ならば、頭かち割られたら皆死にますね」

「ははは。実に愉快なことを言う少年だね、君は」

「貴方ほどではありませんよ」


 淡々と、二人は言葉を流れるように交わしていく。

 流れるようにであるが、話している内容が内容なだけに、燎太は恐ろしさを感じずにはいられなかった。


「しかし、邪念がないのならば、晶ちゃんをどう思っているのかね?」

「……そうですね。犬っころみたいなものですかね」


 さらりと口にされた発言に、燎太はぶっと噴き出す。

 何言ってんだこいつは、と燎太が振り向く中、晶の父は刮目していた。


「別に悪い意味ではなく、真面目で真っ直ぐで役目や使命に忠実です。忠実すぎて、少し心配になるくらい。そんな感じです」

「いや剣聖。それにしても今の喩えは……」


 ひどすぎる、という言葉は控えて、燎太は恐る恐る晶の父へ目を向ける。

 そこで、相手は口角を持ち上げ、それをぷるぷると震わせていた。


「上等だね。ちょっと表に出ようか?」

「別に構いませんが、俺は剣道三段・柔道二段・空手三段、あと別の格闘技もそれなりに修めていますので、身の安全は保障できませんよ?」

「大丈夫。訴訟になったらこちらが勝つように振舞うからね」

「いい加減にしてっ!」


 静かに喧嘩する二人だったが、その時、突然リビングの扉が開いた。

 そして、中の三人が振り向く中で、晶が中へ進んでくる。


「パパも、四葉くんも! 人が聞いてないところで何を変な話をしているのよ!」

「いや。聞いていただろ、お前」


 入ってきたタイミングを見て、剣聖が冷静に指摘する。

 が、それに対して晶はきつい視線を剣聖に送る。言外に、うるさい黙れと言っているのは明白であった。


「と、ともかく勉強会の邪魔だから! パパは早く出て行ってよ!」

「そうだね。この邪魔虫君を粉砕・玉砕したら出て行こうと――」

「しなくていいから! しなくていいから出て行って!」


 未だ不穏な単語を並べる父を、晶は腕を強引に引っ張って立たせると、リビングの外へ連れ出していく。

 そしてそのまま退場していく二人に、燎太は茫然とする。

 一方、剣聖は手元へと視線を下ろしていた。


「ふむ。この単語の例文は多いな。覚え方を工夫しないと」

「女友達の親の行方より、英語の勉強の方がウエイト上かよ……」


 愕然と、燎太が言う中で、剣聖は「当然だ」と短く答えるのだった。

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