正義という名の怪物②

 断末魔の叫びと共に、一体の魔が終幕を迎える。

 剣聖の振り下ろした刃に叩きられたそいつは、縦に二つに裂かれながら血飛沫を上げ、斃れていく。そしてそのまま、黒い靄になって消滅していった。


「終わったね」


 背後から、晶が声をかけてくる。

 その声に振り向くと、彼女と、その足元に横たわる女性の影があった。


「その人は、無事か?」

「うん。ただ、いつも通り記憶は消させてもらったけどね」


 その言葉に、「そうか」と剣聖は返す。その顔は、何故か晴れない。


「どうしたの?」

 晶が訝しがって訊く。

 真っ白な汚れなき彼女に訊かれると、剣聖は間を置いてから、言う。


「陽野は、俺をこの化け物たちと同じように思ったのだろうか?」


 漏らした言葉に、晶はきょとんとした。剣聖は構わず続ける。


「こんな力を、魔を倒す力を持っている俺らを、こいつら同様の怪物か何かだ、と。そう思うと、これから付き合っていく上では少し弊害があると――」


 何やら重々しく言葉を紡ぐ剣聖だったが、その時晶が突然噴き出した。

 シリアスに語っていた剣聖は、その似つかわしくない反応に、無言で睨む。

 晶はすぐに謝った。


「ごめんごめん。貴方の口からそんな言葉が出るとは、意外だったから」

「意外?」

「そう。そんな風に、彼と仲直りするのが不安だと考えているなんて」


 晶が言うと、少し間をおいて、剣聖は顔を背けた。


「仲直り、ね。別に、そんなつもりじゃ……」

「じゃあ、貴方は彼とどうしたいの?」


 少し悪戯っぽい声で、晶は問う。


「彼と関係を修復したいんじゃない? そのために、苦心しているんでしょ?」

「……そうかもな。そうだと思う」


 少し意地を張りかけるが、思い直して正直に言う。

 それを聞いて、晶は顎を引く。


「だとしたら、もう後は腹を割って話し合うしかないと思うよ? どんな問題でも、結局全部の思いの丈をぶちまけて、明かし合って、話し合うことでしか解決しないものだもの」

「……お前も、そうだったのか?」


 具体的に誰と、とは言わない。だが、晶には伝わったようで、頷く。

 その反応に、剣聖は考え込む中、晶は言う。


「大丈夫。自分が信じた友人を、それを見込んだ自分を信じればいいの。そうすれば、きっと分かりあえるわ」

「別に、分かりあえなくてもいい。ただ、誤解はしてほしくないだけだ」


 ややぶっきらぼうに、剣聖は言う。すっかりいつもの彼だ。


「けど、その……ありがとうな」

「ん?」

「励ましてくれたんだろう、俺を。それに対する礼だ。それだけだ」


 表情を変えずに、剣聖は告げる。

 それに対し、晶は再び少しきょとんとする。

 そんな中で、くすくすと忍び笑いのようなものが耳朶を打つ。

 おそらくは剣聖の手元から、頼重の声と思われた。

 それを聞いて、晶は理解した。


「ひょっとして、照れている?」

「……はぁ?」

「いや、なんでもない」


 一瞬、物凄くきつい目つきで見られたため、晶は慌ててごまかした。

 だが、その反応は事実がどうかの確信を得るには充分なものだった。

 一方で剣聖は憮然とするが、言葉を追及するようなことはしない。

 出たのは、別の言葉だった。


「案外、いいことも言うだな、お前は」

「えへへ。そうかな?」


 少し含みを込めていった剣聖だが、相手にはそれが伝わらなかったらしく、彼女は照れたたように笑う。その反応に、剣聖は少し呆れる。

 だが、同時に感謝の念も覚えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る