正義という名の怪物①
一体どうしたのか、と言った反応の彼に、答えたのは、美紅だ。
「きっと、魔が出たんだと思う」
「……魔って?」
「この前貴方を襲った怖い奴ら。二人でそれを退治しに行ったのよ、多分」
そう言うと、状況を理解した燎太は顔を強張らせた。
思い出されるのは、数日前の恐ろしい記憶だ。
楽しかったはずのゲーム購入の帰り道で、おぞましい化け物に襲われた。
そして路地裏に追い込まれ、あと少しのところで命を脅かされた。
それを助けてくれたのは、顔馴染みだったはずのクラスメイトだ。
「偉いよね。あの二人」
そう切り出したのは、美紅だった。彼女は、どこかいつもと違う雰囲気で、顔を横に向けながら薄く笑う。
「誰に褒められるわけでもなく、誰に強要されているわけでもないんだよ。それでも、この街を守るためにあんな恐ろしい怪物たちと戦っている。正直さ、凄いと思わない? 私じゃきっと、同じことは出来ない。使命を課されたとしても、出来るはずがない」
滔々と語られる言葉、それに、燎太はどう答えるべきか迷う。
それを察してか、美紅は続ける。
「私もさ、昔助けられたんだ、晶に。あの、気持ち悪くてやばいのから」
「……君もか?」
訊ねると、「うん」と美紅は頷く。
「正直さ、死んだと思ったわ。この世の者とは思えないアレに、私は殺されるんだって。まだやりたいこともしたいこともいっぱいあったのに、ここですべてを奪われるんだって。けどさ、それを救ってくれたのは、あの子」
少し遠くを見るように目を細めながら、美紅は言う。
「救世主というか、ヒーローと言うか、ヒロインと言うのはあぁいうものなのね。命を救ってくれて、本当に嬉しかった。けど……」
そこで、美紅は一つ間を置いて言う。
「同じくらい、彼女が怖かった。あんな化け物と同じだなんて、ね」
その何気ない一言は、燎太の心に深く突き刺さった。
目を開き、口を噤んだまま固まる。そんな彼に、美紅は続けた。
「助けられて酷い話だと思う。でも、あんな化け物と渡り合えるなんて、普通の人間じゃない。だから、彼女もアレと同じだって、そう、心のどこかで思ってしまったんだ。それは、別におかしくない考えだと思う」
化け物に対抗できるのは、決して善人ではない。
同じだけの力を持つ、化け物だけだ。それはこの世の真理である。
もしそれを否定して論じようとすれば、それは現実を見ない偽善者だ。
「でもさ、彼女たちが化け物同然なのはどうしてだと思う? なんで彼女たちは、そんな化け物たち同様の存在になっているんだと思う?」
「……それは」
答えかけ、燎太は気づく。
あぁ、そうか。自分は怖かったんだと。
仲良くなれたはずの級友が、あんな化け物だったのかと。
ぶっきらぼうで無愛想だが、なんだかんだで自分に付き合ってくれるなかなか面白い奴が、実はあんなふざけた力を持っていたことを。
「怖かったんだな……俺は。だから、あいつにたどたどしくなってしまった」
思ったことが、直情的に言葉に出る。
返答以外のそれに、しかし美紅は嬉しそうに、切なく笑う。
「でも、あいつたちはそれを覚悟で……」
「うん。彼らもそれを覚悟の上だと思う。口には出さない、口出す必要もないって思って、守ってくれている。世界を、私たちの日常を」
座ったまま膝の上で指を組んで、視線を伏せながら美紅は言う。
「でもさ、だったらさ、誰が彼らの日常を守ってくれんだろうって」
燎太は目を向けると、美紅は薄ら笑いながら続けた。
「誰かがさ、彼らの日常を守ってあげなきゃいけないって、そうは思わない?」
その言葉に、燎太は唇を引き結ぶ。
それに対しての言葉は、いらないだろう。言うだけ、きっと野暮だ。
ただその答えとしてか、燎太は無言で顎を引くのだった。
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