交流会②

 レーンを転がっていたボールが、ピンを撥ねる。

 五本残っていたうちの四本のピンが弾かれるも、一本だけ残ってしまい、二回の投擲ですべてを弾くことには失敗した。


「あー、しくじった!」

「あははは。どんまいどんまーい」


 ほんのあと一歩のところでスペアを取ることに失敗した燎太へと、慰めるように美紅が声をかける。

 悔しがりながら、燎太は背後の待機スペースに戻ってくる。


「悪い剣聖。ミスった」

「別にいいさ。足引っ張っているのは俺の方だからな」


 謝りを入れる燎太に、剣聖は叱責を与えずにそう言った。

 チームに分かれてのボウリング対決は、現在女子チーム有利で進んでいる。

 それぞれのチームの主力となっているのは燎太と美紅で、二人のスコアはほぼ互角という状況となっていた。

 一方で剣聖と晶はなかなかスコアを伸ばせずにいる。二人ともゲームに慣れていない、殊に剣聖に至っては初心者だ。そのため、最初の方はガーターも多かったし、並ぶピンの端っこしかあてられないといった状況も初めは続いた。

 そんな二人のロースコアを、チームとして燎太と美紅が支えている。

 現在のスコアは、第一ゲーム終盤で男子チームが百五十四、女子チームが百八十二といった戦況で、女子チームがいくらか有利であった。


「さぁ行けあきらん! 最終ターンで一気に敵を突き放すのだ~!」


 順番は晶の番になり、彼女は美紅の声援を受けながら、ボールを持つ。

 それを見て、燎太が剣聖に耳打ちする。


「よし剣聖。ここで精神攻撃だ。何か彼女が動揺するようなことを言うんだ」

「動揺すること?」

「そうだ。これ以上離されるとまずいからな。何でもいい。何か言ってくれ」


 燎太に言われ、剣聖は少し考える。

 その間に晶は一回目の投擲を済まし、四本のピンを倒したところで第二投に備える。戻ってきたところで、剣聖はふと思いつく。


「おい、白藤。前から疑問だったんだが」

「ん。なに?」

「お前が変身した後のフェアリーヴァイスっていう名前、それってまさか、自分で付けたのか?」


 剣聖が問うと、それに対して、晶の顔が強張る。


「そ、そうだけど……。それが、何か?」

「いや。随分と奇妙な……いや、変わったネーミングセンスだと思った」

「今奇妙なって言ったよね?」


 目の下の筋をぴくぴくさせながら、晶は訊ねる。

 明らかに動揺している。燎太との作戦は成功だ。


「まぁいい。それより、早く投げないか?」

「うっ……分かった」


 投擲を促すと、晶はそれに従ってボールを転がす。

 が、動揺した結果、ボールは先に飛ばしていたピンの中を抜け、新たには一本も倒せずに通過して行った。

 それを見て、燎太はガッツポーズする。


「よぉし。作戦成功~」

「ぐぬぬ……精神攻撃とは卑劣な~」


 見事に相手のミスを誘った男子チームに、美紅が悔しげに言う。

 そんな中で、順番が回ってきた剣聖は、ボールを取って投擲の準備に入る。

 それを見て、今度は美紅がにやりと笑う。


「ねぇねぇ、四葉っち~。前から思っていたんだけど~」

「なんだ?」

「四葉っちって~好きな子とかいるの~? 教えて欲しいな~」

「いない。いても教えない」


 淡白に切り返すと、剣聖はそのまま美紅を無視してボールを転がす。

 軽快な音を立てて転がって行ったボールは、やがて緩やかな弧を描いた後、中心のピンを捉え、周囲のピンを巻き込んで弾き飛ばす。

 あ、と四人が声を漏らす。

 ストライクだった。剣聖としては、初めてである。


「よし! ナイスだ剣聖! 追い上げるチャンスだぞ!」

「ぐ、くそう! まさか動揺させるつもりが更なるパワーを与えてしまうとは~! 美紅ちゃん、一生の不覚!」


 拳を握る燎太に、美紅は頭を抱えて悶える。

 それを見て、晶は微笑む。

 ――こういった遊びを通すことで、次第に燎太との間にあった微妙なわだかまり・緊張は薄らいでいた。互いに遊興に応じ、楽しい気分となっている。

 おそらく美紅は、これを狙っていたのだろう。

 遊ぶことで少しでも緊張をほぐし、そして心から言葉を出しやすくする。そしてそれによって、しっかりと話や意見をぶつけあえるように、と。

 その狙いは的中して、今ならばきっと、隔たりなく言葉が交わせるだろうに違いない――そう思えてきていた。

 そのような中であった。

 ボールの二頭目を投擲しようとしていた剣聖と、晶の顔が曇る。

 それを見て、燎太は不審がる。


「どうした、剣聖?」

「……すまない、陽野。少し場を外す。白藤」

「うん。行こう」


 剣聖が声をかけると、晶も立ち上がる。

 そして、何についてか語ることもなく、この場から駆け去っていく。

 それを、燎太はぽかんとした顔で見送った。

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