巻き込まれた者②

「逃がさない!」


 逃げ出す敵を見て、剣聖と晶は追走に入る。

 二人は、横手へと走ると、壁を蹴るようにして上へ跳ぶ。

 そしてなんと、左右の壁を足場にして上空へと疾走した。互いに身体能力が常人より上がっているのだろうが、凄まじい超人業だ。

 やがて二人は、魔より先にビルの上、屋上まで駆けあがると、ビルの間から出てきて、ぎょっとするそいつへ斬りかかる。

 左右から斬りつけた銀と光の奔流に、魔はその身を深々と抉られる。

 血潮が撒き上がると共に、魔は咆哮をあげながらその場をのたうちまわり、屋上へと転がっていった。

 血糊がべたっと屋上に張り付く中で、しかし剣聖たちの手は緩まなかった。

 彼らは魔がまだ息絶えていないのをみると、素早く敵へ切り込む。

 そんな二人に、魔は最後の抵抗を試みる。

 魔は床を這ったまま、翼を振り払うように動かして羽根を飛ばす。

 射出された翼の算段に、剣聖はそれを撃ち落とし、晶は躱した。

 互いに前進のスピードが緩む中、魔はそれを見て逃げようとする。

 それが、致命的な判断ミスとなった。

 逃げようとして攻撃が止まった瞬間、剣聖も晶も一気に間合いを詰める。

 そして、ダメージで動きが鈍い敵を瞬く間に攻撃範囲に捉え、それぞれの刃を敵へとひた走らせた。

 二つの斬撃は、魔に深々と突き刺さり、その身体を欠損させる。

 欠けた断面からは血潮が撒き起こり、魔は断末魔をあげながら斃れた。

 叫びながら、魔はばたっと倒れ、そして少しの間からをぴくぴくと痙攣させた後、息絶えていく。

 それを見て、剣聖と晶は互いに武器をしまった。


「終わったね。後は、被害者の無事を確認するだけだね」

「あぁ……」


 晶の声に、剣聖は少し重々しく頷いた。

 その表情は、少なからず渋いものになっている。

 このことに、晶は不審そうな顔をした。


「どうしたの? 何か、気がかりのことでも?」

「……いや。なんでもない。行こう」


 頭を振って剣聖が進みだすと、それに晶は猶も訝しげながら、追及をすることなく後に続いていった。

 そして二人は、ビルの屋上から階段を下りて、路地裏へ至る。

 下りた理由は、被害者である燎太の無事を確認するためであった。


「……あれ。あの人は?」


 だが、下りてから晶は怪訝な声を漏らす事態が発生する。

 路地裏に下りたところ、どこにも燎太の人影がなかったためだ。

 剣聖も不審がる中、視線を巡らせ続けていた晶が焦燥を露わにする。


「ちょ、ちょっと待って! まさか、別の魔の被害でも――」

『それはないでしょう。魔の反応は、さっきの一体だけです』


 晶の声に、返答したのはスヴァンだ。

 彼女の探知では、周りに他の魔が出現した気配は一切なかった。


「じゃ、じゃあ?」

「……あいつ、ここから逃げたな」


 冷静に、剣聖が状況から燎太がここからいなくなった理由を述べる。

 その言葉に、晶はやや唖然としてから、慌てだす。


「ちょ、まずいよそれ! さっきの人、私たちの戦う姿を見ているのよ!」


 そう彼女が言う中であった。

 周りの空間、空気の流れが変わる。

 魔が発生させていた障界が解け、本来の次元と繋がったのだ。

 それを悟り、晶は猶も焦る。


「しょ、障界が……。は、早く見つけて記憶を消さないと!」

「記憶を消す、か」

「そう! スヴァンの力で、魔についての情報を消さないと! そうじゃないと、後々大変なことになるわ!」


 魔の存在が一般人に知られること、それは非常にまずいことだ。

 人智を超えているといってよい魔の存在が世間一般に露見すれば、いかなる事態・風評・混乱が招かれるか分からない。

 それを避けるために、晶たちは被害者の記憶の消去をおこなって、魔の情報を封鎖してきたのである。


「とにかく、あの人を探さないと! 魔について、喧伝される前に!」

「……その必要はない。相手の正体は分かっている」

「え?」


 目を点にする相手に、剣聖は言う


「あれは、俺の級友だ」

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