巻き込まれた者①

 魔、というのは、分かりやすく言えば人を襲う魑魅魍魎のことだ。

 彼らは主に逢魔が刻、夕刻以降に出現し、人々を密かに襲う。

 この密かに、と言うのがポイントだ。

 彼らは、獣よりも賢く周到で、自分たちの存在を上手く隠す。隠した上で、人に毒牙を剥き、魂を喰らい、時に血肉も喰らうのである。

 なお、魂を喰らうと言うのは、魔によっては主食が人間の中にある霊力であるがために、その根源たる魂を喰うことでそれを摂取することをいうのだが――それは余談も長くなるのでやめておこう。

 とにかく彼らは一般の人間、現在の文明社会に存在を隠しながら人を襲う。

 存在を隠す理由は多々あるが、ここではとにかく、存在が公になれば討伐の対象になり、彼らとて活動がしづらくなるため、と思ってくれてよい。

 そんな魔たちが、存在を隠して人を襲う際、発生させる隔絶した空間というのが存在する。普通の世界からは一時的に見えなくなる、また近づきがたくなる空間であり、一種の結界とも呼べるものだ。

 専門のものは、これを『障界』と呼んでいる。

 そんな障界が今、社宮市の街の中に発生していた。


   *


「! あった、障界!」


 頼重とスヴァン、それぞれの相棒の探知に従って魔の居場所を探していた剣聖と晶は、やがて魔の発生させているそれを発見する。

 普通の人間では見つけられないそれは、ただ二人には感知できる。

 それは当然、二人が魔と戦う素養と能力を得ているがためだ。

 剣聖たちは足を止めると、周りに人がいないのを確認し合い、それから互いに戦闘態勢を整える。

 手に愛刀を顕現させた剣聖と、ヒロインに変身した晶は、飛びこむようにしてその障界へと踏み込んでいった。

 直後、二人は目の前の空間で、ビルたちの狭間へ逃げ込む影を目視する。

 すぐさまその後を追うと、彼らは路地裏に逃げ込んで追い込まれている人間と、それを襲っていると思われる魔の姿を捉えた。

 まず目に入ったのは、こちらに背を向けている魔物の姿だ。

 青白い肌に漆黒の羽を生やしており、身体の各部からは羽のような毛が生い茂っている。鳥かあるいは天狗をベースにした魔のようだ。

 そいつはこちらに気づくと、半身素早く振り返って甲高い奇声を上げた。

 そして、もう一つの影は、


「うわああああああ!」


 悲鳴を上げたのは、魔に襲われていると思しき少年だった。

 その声に、剣聖は聞き覚えがある。

 彼は一瞬怪訝な顔をした後、直後地面を蹴った。

 素早く魔へと迫った剣聖は、敵へ唐竹割の斬撃を叩きこむ。斬撃は鋭く空を切り、攻撃を躱した魔は横合いから翼を薙ぐ。回避からのカウンター、その攻撃を、しかし剣聖は前進して回避し、その身を魔と被害者の間に滑らせた。

 最初から、攻撃を当てるのでなく被害者を守るべく動いていた剣聖は、見事に目的を達すると、魔と相対する。

 同時に、彼は背後に目だけやって被害者の顔を念のため確認した。

 そして、相手が予想通りの人物だったことに、内心舌を打つ。


「け、剣聖?」


 魔に襲われていた被害者は、燎太であった。

 突然、正体不明な魔から襲われ、同時に級友から助けられた常軌を逸す現実に、燎太は目を白黒させていた。

 驚愕する相手へ、剣聖は言う。


「話は後だ。隠れていろ」


 落ち着いた声で命じ、剣聖は前へ向き直った。

 瞬間、対する魔が剣聖に対して翼を広げ、攻撃を仕掛けてくる。

 魔は広げた両翼から羽根を弾丸のように飛ばし、剣聖と燎太を襲う。

 それに対し、剣聖は両腕が霞むほどの斬撃で応戦する。目にもとまらぬ刃の翻りようによって、責め来た無数の羽根はすべて撃墜される。

 この神業に、燎太はともかく敵の魔は驚愕の呻きを洩らした。


「隠れていろ!」


 茫然としたままの燎太へ、剣聖は声を張る。

 その声に、ようやく我に返った燎太は慌てて従い、背後の階段の陰あたりに向かって駆け出した。

 それを背で感じつつ、剣聖は、ゆっくりと前へ進みだす。

 羽根の散弾を落として見せた剣聖に、敵の魔は身を撓め、集中する。

 そうすることで、剣聖の反撃に備えようとした。

 その背に、衝撃。

 いきなり魔の背後を襲ったのは、晶だった。

 剣聖の突入から気配を殺していた晶は、敵の隙をつき奇襲を仕掛けたのだ。

 まさかもう一人敵がいるとは思っていなかったのか、敵は驚愕の呻きを漏らしながらつんのめる。同時に、嘴から血の塊を吐きだした。

 晶の伸びる光の剣によってダメージを負った魔は、更に晶が手首を腕ごと翻したことで傷口を広げられる。

 そのダメージの深刻さに、魔はよろめいた後、その場を飛び立つ。

 そいつは一目散に、ビルの狭間から見える空高くへと逃げだそうとした。

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