ヒロインの嗜好

 言われた通り、それは晶に間違いない。

 彼女は、可愛らしい白のブラウスに赤のスカートを履いた姿で、一見お忍びで街に出て来たお嬢様のような雰囲気があった。

 何やら微笑ましい恰好だが、剣聖はふと彼女が出て来た店の看板を見て、視線を彼女に戻し、もう一度店の看板を見る。

 彼女が出て来た店が、今の彼女のイメージと直結しない場所だったからだ。

 やや驚きながらそれを見てから、剣聖は彼女へ視線を送る。

 すると、目を笑みで細めていた晶はそれに気づき、何気なくこちらに向く。

 視線が合って数秒の沈黙の後、彼女は愕然とする。

 まるで、「しまった」とでも、「げぇっ」とでも言うかのような顔だった。

 唖然茫然愕然とする彼女に、剣聖は何気ない足取りで近づく。

 そして、微かにわななく彼女の手前まで行くと、言う。


「初めて会った時、俺はお前が大人しい文学少女か何かと思った」


 目線を晶が出て来た店の方へ向けながら、剣聖は足を止める。


「が、どうやらそれは先入観だったようだ。外見の印象とは恐ろしいな」

「な、なに? そ、その言い方は……」


 珍しく勿体ぶる剣聖に、晶は頬を引き攣らせる。

 剣聖の瞳に映る店の看板は、地元では有名なゲーム専門店のものだ。

 どちらかというと、一般人は立ち入りしない、入るのを避ける場所だ。

 そこから導き出せる答えは一つ、だ。


「お前、実はオタクだな?」


 結論的に剣聖が訊くと、晶は「ぐぅ……っ!」と唸る。

 見た目はクールで知的そうな印象もありながら、その実はゲーム好きだというのは意外ではあった。しかも、オタク御用達の店に通っているというのは。


「な、なに。私がこんな場所から出てきて何か悪いの?」


 ややあって、晶は剣聖に反論する。


「私だって、ゲームはするもん。別に、ここに来てもいいじゃない」

「そうか。その通りだ。ちなみに、今買ったゲームはなんだ?」

「……ぎゃ――」

「ん?」


 眉根を僅かに寄せる剣聖に、晶は顔を背け、消え入るような声で言う。


「ギャルゲー……だよ」

「……待て。お前待て。まさか、そこまで本格的にオタクなのか?」


 少し想像を越えていたのか、剣聖は聞き及ぶ。

 オタクだと言ったが、そこまで闇の深い、業が深いのは流石に想定外だ。


「ち、違うの! 私は、普通のゲームも好きだけど、時々魔が差して、ちょっと美少女がエロをみせるゲームをしてしまうだけなの!」

「墓穴掘っているぞ」


 剣聖が悄然としつつも冷静に言うと、晶ははっとして、俯く。

 その顔は、耳たぶまで赤く染まっていた。

 その可愛らしい反応に、しかし剣聖は呆れていた。


「ひとつ聞くが、お前一応正義のヒロイン名乗っているんだよな? それが、そう言うゲームをしていていいもんなのか?」

「……言わないでほしい」

「あと、お前今日ここに来たのは、そのゲーム買うためだけとかいうオチだということはないよな?」

「そ、そんなことないよ! きちんと街の調査もしたもん!」


 怪訝と不審を浮かべる剣聖に、晶は言い返す。

 彼女とて、美紅から魔に対する情報は供給されているはずなので、それに関する調査も当然おこなっているようだ。

 ただ、ゲームだけ買いにここへ来ていたわけじゃないようである。


「なら、いい。他人の趣味に、あまり口出す気もないからな」


 そう言って、剣聖は視線を逸らす。そしてそのまま、ここを去ろうとした。

 が、そんな彼に晶はついてくる。


「なんだ?」

「言わないでよ? 周りの人には」

「言わない。ちなみに、舞子はこのことを知っているのか?」

「う、うん。でも、他の人は知らないから、あまり言わないで――」

「分かったから。あまりついて来るな。オタクが移る」

「うぅ! お、オタクが移るってなに! 軽蔑しているの!」

「そんなの、当たりま――」

『剣聖』

『晶』


 ぶっきらぼうに言い返そうとした剣聖だが、瞬間二人の各相方が口を開く。

 それに、二人はそれぞれ、手首の数珠と首のペンダントに目を落とす。


「どうした、二人して? まさか……」

『あぁ、魔が出たようだ。背後の方向、ここから東方面にな』


 剣聖の問いに頼重が答えると、彼と晶は目を合わす。

 そして頷き合うと、共にそちらへ駆け出す。

 先ほどまで呆れたやりとりだった二人だが、すぐにその顔は、戦いに臨む者の険しい顔へと変わっていたのだった。

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