少女の招待①

 それは、突然の訪問であった。

 授業がすべて終わり、ホームルームも終わったところで教室の外へ目を向けると、外に一人の少女がこちらを見ているのが見て取れた。

 じっと、こちらを窺がう様に見据えている。

 視線が合っても目を逸らすことのない彼女の正体を、剣聖はすぐ推察した。

 そして、席を立つと、真っ直ぐに彼女へ歩み寄っていく。

 近づいてきた彼に、少しだけ少女は肩に力を張るが、逃げ出さない。

 そんな彼女へ、剣聖は目の前へ到達すると、周りにはまだクラスメイトたちが横切ったり近づいたりしないのを確認してから、口を開く。


「何か用か? ヒロインとやら」


 相手にのみはっきり聞こえるような、そんな声量で訊ねる。

 その言葉に、少女はピクンと眉を震わせた後、スカートのポケットから、メモ用紙のようなものを取り出した。

 そして、何より書き出す。

 しばし待った後で、少女はそれを剣聖に手渡す。

 彼がそれを受け取ると、彼女は何も言わずに横に向き、すたすたと去る。

 その所作に目を瞬かせた後、剣聖はメモの内容に目を向ける。

 乱れながらもきれいな字で書かれたのは、呼び出しの内容だった。


(四時までに、放送室横の多目的教室に、か……)


 内容を確認すると、剣聖はそれをズボンのポケットにしまった。

 そして、そこへ向かうために、荷物を取るべく自分の席へと戻る。

 その時であった。

 席へ戻った剣聖を、目の前で妬ましそうに見つめる影があった。


「……なんだ?」

「さっきの子、お前の知り合いか?」


 やや片言気味に訊いてきたのは、出席番号一つ前の級友・陽野燎太である。


「知り合い、と言えば知り合いだな。とはいえ、昨日会ったばかりだが」

「昨日。いつ?」

「夜」

「どこで?」

「えっと……街中で」

「何をしていて?」

「……なんで伝言ゲームみたいな聞き方なんだ?」


 咄嗟に軽く嘘も交えて答えていた剣聖だったが、追及に不審な目を向けた。

 その問いに、燎太は目を淡く細め、口角を上げる。


「いやぁ。剣聖くんも隅に置けないなぁと思いまして。あんな可愛らしい子と、一体いつの間に仲良くなったのでしょうねぇ?」

「仲良くはなってないが」

「じゃあ、今渡されたメモの内容を見せたまえ。邪な事情がないならば」

「断る。ただの呼び出しだ」


 ポケットに無理やり手を伸ばそうとする燎太からすっと退き、剣聖は同時に取っていた荷物を肩で担ぐ。

 軽い身のこなしに、燎太は妬ましげな視線を送る。


「おのれ、裏切り者め。お前一人だけ、あんな可愛い子と逢い引きか?」

「逢い引きではない。少し話すことがあるだけだ」

「どんな?」

「個人の事情だ。軽々しく話せるものではない」

「怪しい……。絶対何かあっただろう?」

「何もなければ、呼び出されることはなかっただろうな」


 ある意味素直に、しかし要点は隠しつつ、剣聖は答える。

 そして、それ以上は話せられないと言う様子を装い、教室を去っていく。

 その後ろ姿を、燎太はじっと見つめるが、この年代の少年にはありがちな、やたらと騒いで問題を無駄に大きくするような無粋なことはしなかった。

 正直そんなことにならずに良かったと思いつつ、剣聖は教室を後にした。

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