退魔の剣士と正義のヒロイン⑤
「いっ……たあぁ……」
「無事か? 骨を折られたわけじゃないよな?」
人狼を視界に収めたまま剣聖が問いをかけると、晶は背中を押さえたまま、手をついて立ち上がろうとする。
「なんとか……。どうやら、助けられたみたいね……」
「その前に俺も助けられた。お互い様だ」
にべなくいい、剣聖はそれから相手を完全に視界外へ追いやる。
彼が見るのは、人狼のみだ。
「充分だ、休んでおけ。あとは――」
「そうは、いかないわよ」
労いの声を掛けた剣聖だったが、そんな彼の横で、晶は立ち上がる。
「私は、正義のヒロインよ。こんなところで、休んでられますか」
「……まだ言っているのか、お前」
晶の言葉に、剣聖は少なからず呆れた声で言う。
だが、そこに嘲りはない。むしろ感心した様子だった。
ここまで意地になっても言い切るということは、ある意味それは彼女が本物であることの証明であるともいえた。
その声に、晶は微苦笑する。
「足手まといには、なっていないわよ?」
「あぁ、そうだな。だが無理はするなよ」
「うん」
健闘を讃え、祈りながら言葉を交わすと、剣聖は敵に向かい歩き出す。
その背を見送りながら、晶も戦いに参加すべく、背中の痛みを押し殺した。
「おのれ……おのれおのれおのれ!」
そのような中で、人狼は吼えた。
その怒号は、広場の空気全体を震わせ、同時に切り裂く。
「ここまで俺に傷を負わすとはぁ! 数百年以来だぁ! クソガァ!」
「数百年以来?」
その言葉に、晶がぴくんと眉を揺らす。
何かが引っ掛かった様子の彼女に、剣聖も同じような顔をしたが、ややあってから何かに気づいた様子で人狼を見る。
「もしや、数百年前にも同じ目に遭ったのか?」
挑発気味に剣聖が言うと、相手はギロリと振り向く。
「その目ぇ……あの男に似ているぅ……あの、四葉の男にぃ!」
「なるほどな……話は読めた」
「えっ。どういう意味?」
事情を呑みこんだ様子の剣聖に、晶が尋ねる。剣聖は言う。
「どうやら数百年前にここで大量の犬の死骸が見つかったというのは、その死骸がこいつの子分だったということだ。で、こいつ自身は、影でこの街を守っていた俺の先祖の退魔士に深い傷を負わされたんだろう。それで数百年もの間、同じような事件は起こらぬままだった、ということだ」
「?」
「要するに、昔の退魔士にこいつは深い傷を負わされて眠っていた。その傷が癒えたから復活して、再びこの街に魔の事件が起きた、ということだ」
疑問符を浮かべる晶に、剣聖はそう説明した。
すると、やや釈然としない様子だったが、晶も理解する。
「なるほど。つまり、過去の歴史の魔の事件は、まだ完全には解決していなかった、ということなのね」
「御明察」
頷き、剣聖は人狼を見る。
「残念だったな。せっかく目覚めることが出来たのに、俺たちに遭ったせいでこんなことになるなんてな」
「黙れぇ……小童ぁ!」
「言っていろ、犬っころ風情が。せいぜい泣いて叫んで苦しみ、死ね」
そう言った直後、である。
剣聖はもう話すことはないという様子で前進、数歩進んだ後、疾走を開始。
手負いの人狼へ迫った剣聖は、そこで斬撃を振り下ろす。その攻撃を後ろへ引いて躱す人狼だったが、剣聖は更に前進して振り下ろした刃を反転させ、燕返しの要領で斬撃を振り上げる。流れるような追撃は人狼の想定外だったのか、切っ先は人狼の腹部を抉って血潮を舞いあがらせた。
ただ、浅い。
致命傷まではいかない斬撃に、後ろへ引いて蹈鞴を踏んだ人狼は、しかしすぐさま反撃に移る。人狼は振り上げた拳を、一気に振り下ろして剣聖の顔を引き裂こうとした。だが、剣聖はそれを完全にそれを読んでいたのか、完璧なタイミングでそれを躱すと、人狼の横へ滑り込む。そして、斬撃を打つ――フェイントを入れてから、背後まで回りこむ。
剣聖が人狼の視界から消える中、その反対側から白い少女が迫っていた。
晶を見た人狼はそちらへ意識を向けると、その時彼女が小型のバトンを手にしているのに気づいた。そして、そこから白い光の刃が伸びていることも。
一閃。
遥かな距離から振るわれた斬撃は、しかし伸長して人狼まで到達した。
数メートルにも及ぶ光の刃は、人狼を切り裂き、熱を発しながら切り傷を燃焼させる。その威力に人狼は吼え、苦痛の呻きを漏らして蹈鞴を踏む。
その背後で、剣聖は完全な攻撃体勢を整えていた。
直後、斬光が夜闇を切り裂いた。
斬撃は人狼の首筋へ深々と突き刺さり、その首を完全に引きちぎる。
両断された頭部くるくると舞い飛び、切断面から血潮を撒きあがらせた。
頽れる人狼――それによって、再び黒と白が対峙する。
悪しき魔を打ち倒した後で、少年と少女は、血潮を境に向き合うのだった。
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