退魔の剣士と正義のヒロイン③

 彼らの目線の先では、黒い瘴気がとぐろを巻くように収斂を開始していた。

 禍々しく凶悪な空気を醸し出すそれに、剣聖も晶も表情を引き締める。

 やがて現れたのは、巨大な灰色の影――人狼のシルエットであった。

 ただ、そのサイズは先ほどまで倒していたものよりも幾回りも巨大だ。

 左目の辺りに巨大な傷を負ったその面貌は、実に迫力があり、恐ろしい。

 その人狼は、ぎろりと剣聖と晶を睨みつける。


「貴様らかぁ……俺の子分どもに手を出すのは……」


 言葉と同時に鬼気が溢れ、それが凶風となって吹き荒れる。

 擬似的なそれに髪を揺らしながら、晶は唾を呑み、剣聖は刀を抜く。


「どうやら、件の親玉の登場のようだな」

「そうみたいね……。ねぇ、もう一度聞くけど、帰る気はないのね?」


 声を発し合い、両者は目を合わせる。

 質問には答えずに、剣聖は言う。


「考えていることは一緒のようだな。一つだけ互いに言えるとすれば……」

「足手まといにはなるな、でしょう? お互い様ね」


 薄く笑いながら晶が言うと、剣聖は無表情のまま鼻を鳴らして前を向く。

 そして、両者は巨大な影と向き合う。


「ま、勘違いしないで欲しいが、言うとすればだな・・・・・・。死ぬなよ」

「あら、意外に優しいのね。ありがと。そっちも気をつけて」


 優しく温かい声で応じ、晶は顎を引く。

 先ほどまでいがみ合っていたとは思えないほどに柔らかい声は、彼女の性根の良さを如実に表していた。

 それを聞き、剣聖は口には出さないものの、


(こいつは、殺すわけにはいかないな……)


 思い、全身の筋肉を撓めながら、爪先に重心を傾ける。

 戦闘態勢を整える剣聖たちの前で、巨大な人狼もゆっくりと構えた。


「殺す……子分どもの無念を、思いしれぇッ!!」


 そう叫び声をあげ、人狼は体重を前面に傾けた。

 瞬間、来るっ――と晶は意識を集中して構えを取る。



 その横を、黒い疾風が駆け抜けた。



 仕掛けたのは、剣聖だった。

 彼は、今にも攻撃を仕掛けようとしていた人狼へ、逆に急襲をかける。

 その行動に虚をつかれた人狼へ、剣聖は瞬く間に肉迫する。

 紫電一閃。

 超速の横薙ぎの一の太刀が、人狼の胸筋めがけて切り込まれる。完璧なタイミング――斬撃は人狼に突き刺さり、血飛沫が舞って骨まで断ち切る……かと思われたが。

 人狼は素早く後方へ飛び、斬撃を回避。

 凶刃から身を引いた人狼は、後方遥かまで飛び退き着地、唸り声をあげる。


「グルル……味な真似を」


 言って、剣聖を睨むと、剣聖本人は舌打ちで応じる。

 虚を突いた一撃を難なく躱され、彼とて苛立ちを覚えたようだ。

 しかし、それも一瞬のことだ。

 すぐに表情を正した剣聖は、気を取り直して地面を踏みしめる。

 そして間髪入れずに、疾走を開始した。

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