退魔の剣士と正義のヒロイン①

 剣聖が目だけ、人狼たちが顔ごと声のしたに振り向くと、少女がいた。

 白一色の衣装に身を包んだその少女は、気づいた相手へすぐに踊りかかる。

 くるりと旋回した少女は、その回転を利用して脚を振り上げる。遠心力を利用した蹴撃は、人狼の顔に突き刺さる。微かに白い気を包含した一撃は、人狼を激しく吹き飛ばし、頬骨を砕いて一瞬で姿を霧散させた。

 蹴りの一撃で人狼を祓った――それに気づき、当の人狼たちは目を剥く。

 そんな彼らへ、少女は更に肉迫する。

 白い影は人狼たちの狭間へ滑るように進み出ると、さらに円舞曲を舞うように身をくねる。風を切って放たれる裏拳と健脚に、次々と人狼は吹き飛ばされる。

 やや蛇行しながらであるが、少女は一線に敵の中央まで進んで来る。

 その過程で彼女は邪魔な人狼たちを次々と打ち払い、彼らを続々消滅させた。

 彼女の行く先は、敵中央で戦っていた剣聖だ。

 手を止めて彼女の戦いを静観していた彼の許へ、少女は辿りついた。

 くるりと舞っていた足を止め、少女は剣聖へ目を向ける。


「大丈夫? もう大丈夫よ。私が来たからには周りの怪物たちは――って」


 剣聖を安心させようと声を掛けた少女は、その時、ようやく剣聖の姿に気づく。

 黒い羽織を着て、刀を持ったその姿は、ただ人狼の襲撃を受けた者とは違う。

 むしろ、それと自ら相対して刃を交えている者の姿だった。

 それに気づいて、少女は首を傾げる。


「貴方、一般人じゃないの?」

「・・・・・・だとしたらなんだ?」


 問いに対して、剣聖は無愛想に応じる。

 その険しさに少し気圧されたのか、少女は口を噤んで少し身を引く。

 彼女の反応を尻目に、剣聖は言葉を続ける。


「お前も、まぁただの人間じゃないな。退魔士、にしては風変わりだな」

「私? 私は、そうね……正義の変身ヒロインよ!」


 一瞬引いていた少女だが、すぐに気を取り直し、膨らんだ胸を張って答える。

 その回答に、剣聖はすっと目を細めた。


「それは……ギャグで言っているのか?」

「ぎゃ、ギャグ?! そんなわけないじゃない! 貴方こそなにを――」


 剣聖の冷めた反応に、少女は苦情を言いかける。

 が、すぐに少女は敏く、剣聖ともども周囲の状況を思い出したようだ。

 周囲から迫る殺気に、剣聖と少女は咄嗟に背を預け合う。


「まぁ、敵じゃなくてアレと戦える人間だってことは分かった。話は後だ」

「そう、ね。なんか釈然としないけど……」


 やや納得意いかない様子で口をすぼめながら、しかし少女は顎を引く。


「背中は任せるわ。その方が効率よさそう」

「分かった」


 頷くや、剣聖と少女――変身ヒロインの晶は反発するように離れ、地を蹴った。

 二人は猛然と、五・六倍はいる敵の中へと切り込んでいくのだった。




「――で、さっきの話の続きだけれど」


 周囲にいた、すべての敵を倒しきった後である。

 剣聖と晶は互いに得物をしまいながら、少し距離を置いて向き合っていた。

 声をかけたのは晶の側だ。その声に、剣聖は刀を納めて目だけ振り向く。


「貴方は一般人じゃないわね。一体何者なの?」

「それはこっちの台詞――と言いたいところだが、訊くより先に答えた方が、話が早く進みそうだな。一言でいうならば、退魔士だ」

「退魔士?」

「そう。魔を退ける士と書いて退魔士。何となく想像はつくだろ」


 簡潔ながら要点よく剣聖が告げると、晶は納得する。

 人ならざる存在を駆逐する、そういう者であることは、非常に明瞭だった。

 立場を呑みこむ晶に、「で」と剣聖は双眸を細める。


「それで、そちらは変身ヒロインとか抜かしたな」

「抜かすってなによ、抜かすって。本当にそうなんだもの」


 剣聖の言い様に、晶は腰に手を当てて不満を露わにする。

 憤り方は、とても愛らしいものがあった。

 ただそれも一瞬で、愛でる間もなく、すぐに向き直った。


「この世界に現出する悪を挫き、人々を守る正義のヒロイン、それが私よ」

「……素面で言えるのが恐ろしいな」


 視線を外しながら、ぼそっと剣聖は言う。

 小声の独白であるが、それはしっかり晶まで届き、彼女はむっとする。

 だが、反論の余地は与えることなく、剣聖は続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る