街の闇と退魔の剣士②

 魔は暗に言った。親玉が犬追山にいる、と。

 その言葉を受けた剣聖は、犬追山にある広場に到着していた。

 犬追山広場は、社宮市の中心部からやや東に進んだ場所にある山稜にある。

 都市部の中に取り残された雑木林で主に構成された一帯であり、昼間は人工物に飽き飽きした人間が憩いの場として訪れる森林公園のような場でもあった。

 もっとも、夜は不気味な雰囲気に包まれる場である。

 半ば人工的に整理された広場も、今は不審な雰囲気に包まれていた。

 その中で、剣聖は手にしていた抜き身の刀を振るっていた。

 素振り、ではない。

 すでに戦いが始まっているのだ。

 剣聖が広場に到着して間もなく、それに呼応するように辺りの空間が変質した。

 そして、大量の人狼の魔が、出現したのである。


「随分と、物わかりのいい敵だな」

『感心している場合か。来るぞ』

「感心はしていない。呆れただけだ」


 そう軽口を叩いた後、剣聖は距離を詰めようとする敵に斬りかかったのだ。

 生まれたのは、血煙だ。

 黒い羽織をはためかせ、剣聖は目も止まらぬ速さで斬り込み、斬撃を放つ。

 斬閃は手前の人狼の魔を袈裟切りに裂くと、そのまま相手を勢いよく地面に叩き付ける。その開戦の火蓋に、敵は一斉に剣聖へと殺到した。

 肉迫してきた敵は、勢いよく鋭い爪を生やした腕を、あるいは牙生えた口を開き、揮ってくる。迫る鋭い凶器に、剣聖はそれを待ち受けずに身を捌く。残像すら生むスピードで攻撃を躱した剣聖は、身を翻しがてらに刃を叩き付ける。鋭く迸った斬撃は、敵の巨体に突き刺さり、更なる血の風を生み出した。

 斬撃の圧力は、狼の巨体から比べれば細木のような青年のものとは思えぬほどの威力で、人狼を吹き飛ばす。魔の巨体が錐揉み吹き飛び、血飛沫が舞い上がる中、剣聖は周りを一望する。人狼は闇の中から次々と出現し、気づけば剣聖を完全に包囲していた。


「やれやれ。面倒だな」


 言いながら、剣聖は刀の峰を肩で担ぐ。


「これだけいたら、片づけるのもひと手間だ」

『その割には、随分声は弾んでいるぞ?』


 辟易とする剣聖に、揶揄の響きを伴わせて刀は言う。

その言葉に、剣聖は目を細める。


「弾んでいない。心底面倒なだけだ」

『そうか』


 素気ない返事に、刀もそれ以上何も言わない。

 そして、剣聖は再び周りの敵に斬り込んでいく。

 敵が攻撃に動くよりも、その動きは速い。

 あっという間に身近な敵との距離を詰めた剣聖は、そこから横薙ぎの斬撃を振るう。斬撃は人狼の巨体を一太刀で両断、肉体を裂きながらその断面より血潮を弾かせる。断ち切られた人狼は断末魔の悲鳴をあげながら地面に叩き付けられ、その身を黒い粒子に溶かしながら消滅していく。

 その最期を見届けることなく、剣聖は新たな敵へと斬り込む。後ろから迫ってきた五・六体へ、背中から突っ込むと、その動きに虚をつかれ、人狼たちは慌てて爪を振るう。だが、迷い混じりの反射の攻撃は剣聖を捕えることなく、彼はその腕を掻い潜り、先頭二体の狭間へと躍り出る。

 蛇行一閃。

 うねるように迸った斬撃は、人狼たちの間を旋風となって迸り、彼らを深々と切り裂いていく。血飛沫が弾けるように飛ぶ中で断末魔が響き渡り、巨体は次々と地面に叩き付けられ、沈んでいった。

 刀に付いた血糊を払いながら、剣聖は周りを見回す。

 辺りには依然として多くの人狼が存在しており、剣聖を襲おうと隙を窺がっていた。隙は微塵もない剣聖は、そんな相手の群れへ眼光を送ると、次はどこから崩していくべきかと、思慮をめぐらせていた。

 その時であった。


「その人から離れなさい!」


 突然、可憐な闖入者の声が広場に響いた。

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