街の闇と正義のヒロイン②

 学生の最先頭へ腕の爪を振り下ろそうとした狼の腕を、突如現れた白い影は着地から間髪入れず、振り上げた足で受け止める。

 鈍く激しい音が響いた直後、狼は腕を弾かれて思わず後退。

 数メートル退いた直後、自分を阻んだ謎の影を眼光で睨み据える。

 その赤い瞳に映った影は、とても華奢で麗しい少女だった。

 白いブレザーに膝丈以下のスカート、足先のブーツまで白く統一し、青みがかった白髪を肩と腰の半ばまで伸ばした、純白可憐の美少女である。

 雪のように白く、また清潔さゆえに輝いて見えるその少女は、性根の汚い学生たちや人狼の前で酷く浮世離れして浮いていた。

 まるでそれは、悪と戦う正義のヒロインのようだった。

 だが、当人はそんなことを気にした様子はない。

 彼女は後ろへ顔だけ振り向くと、きらきらとした瞳で微笑む。


「危なかったですね。でも、もう大丈夫」

「だ、誰だ?」


 人狼の攻撃に腰を抜かしていた学生たちは、突然の闖入者に問う。

 そんな相手の問いに、少女はピンクの唇で優しく弧を描いた後、前に直る。


「話は後。少し待っていてくださいね」


 そう言って、少女は目の前の魔形と対峙する。

 髪をたなびかせて振り向いた少女に、人狼は咆哮をあげる。

 そして、地を蹴ってダッシュすると、一直線に少女へ襲い掛かった。

 近づくや、その狼は再び爪のついた腕を振り下ろそうとしてくる。鋭い爪は、少女の衣装ごとその華奢な肉体を裂かんとした。

 それに対し、少女も前進する。

 先ほど同様に彼女は足を振り上げて敵の腕を弾くと、同時に掌を広げる。

 その瞬間、彼女の手に一振りのバトンが顕現し、同時にその先から白い粒子による光の刃が出現する。レイピアの形を象ったそれを、少女は突き出す。

 腕を弾かれてたたらを踏んでいた人狼の胸に、レイピアの刃は刺さった。

 そして、同時に高速で震動を開始する。揺れる刃は相手の身体を内側から崩壊させ、同時に白光で包み込んでいく。

 断末魔の叫びが響くと共に、人狼は粒子のように肉体を破裂させた。

 無音の爆発を遂げたその異形は、そのまま砕けて消滅する。

 瞬殺、であった。

 可憐な少女の華麗な美技の前に、狼の魔は一瞬で撃滅したのである。

 その結果を見届けるとヒロインは刃を振り下ろし、その光を収束させて踵を返す。

 そして、腰を抜かしたままの学生たちの前へ戻ってきた。


「大丈夫? 怪我は、ありませんか?」

「あ、アンタは一体……」


 問いに対し、少女は小さく笑う。


「ふふっ。私はフェアリーヴァイス。人々の命と平和を守っています。けど、あまりこれ以上は教えられません」


 言うと、少女は学生たちに手を伸ばす。

 そして、その人差し指と中指を、先頭の相手の額にこつんと当てた。


「失礼ですがおやすみなさい。この出会いは、覚えていない方が互いのためです」

 彼女が小さく謝ると、首からぶらさげていたペンダントが輝きだす。

 そして、学生たちが淡い光に包まれていった。

 その光に少年少女たちは目を瞬かせたが、やがて彼らは瞼を閉じ、その場にごろりと横たわった。彼らは意識を失い、安らかな寝息を立てていた。

 それを少女が見届けると、声が彼女の首元から発せられる。


『記憶の消去、完了しましたよ、晶』

「うん。じゃあ、次行こうか」


 頷くと、ヒロインは踵を返して路地裏の出口へと向かって歩き出す。

 同時に、その白一色の姿を変身させる。

 否、変身するというより、浮世離れしたその姿を解除したというべきか。

 白い少女はやがて、クールで清楚・可憐そうではありながら、普通の女子高生の姿へと戻った。

 その正体は、市内の高校に通う女学生・白藤晶であった。

 裏路地から出ると、少女は何事もなかったように通りを歩きだす。


「確か、北にも反応があるんだったね。急ごう、スヴァン」

『………………』

「スヴァン?」


 声掛けに、相手からの反応が返ってこない。

 そのことに不審がった晶に、ややあってから声は返ってきた。


『消えました』

「え?」

『魔の反応が消えています。さっきまでは確かにあったのですが……』


 怪訝な声で、相手はそう言う。

 その言葉を受けて、晶の顔には緊張が走る。


「まさか、すでに誰かが犠牲に?」

『考えたくないですが、かもしれません。少なくとも、今はないです』

「そんな……」


 厳しく険しい顔で、晶は呟く。

 その顔に、ペンダントはやや慌てて次の句を告げる。


『あるいは、ここがやられたのに気づいて撤退したかもしれません。今回の場合、その公算が高いです。晶、急いで犬追山へ向かいましょう』

「例の広場へ?」

『はい。もしかしたら、魔が逃げ込んだかもしれません。こちらの動きが知られる前に、急いで行動しましょう』

「……分かった。そうする」


 少なからず疑問を覚えながら、しかし反発することなく、晶は頷いた。

 そして、二人は『当初の』目的通り、その地へと向かって歩き出すのだった。

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