少女の秘密①

 その少女は、パソコン室の中から出て来た。

 ボブカットに快活そうな顔立ちが印象に残る少女は、名を舞子美紅まいこみくという。

 手にいくつかの書類の入ったクリアファイルを持った彼女は、その枚数を確認しながら、前方へと目を向ける。

 ちょうどその時、目の前から本を抱えた少女はやってくるのが目視できた。

 美紅は手を挙げる。


「やっほーあきら。そっちは何か良い本見つかった?」


 訊ねられると、相手方の少女は頷く。


「うん……。いくつか、それっぽいのは」

「よし。じゃあ早速行こうか。くっくっく、我らの秘密基地へ!」


 怪しげで愉快な笑い声を浮かべ、美紅は宣言する。

 一緒に歩きながら、それに相手の少女・晶は苦笑した。


「秘密基地って……人に聞かれたら勘違いされるよ?」

「んもー。ノリが悪いぞいあきらん。ここはそれっぽく応じてくだされよー」

「あ、えっと、ごめん」

「謝りなさんな。私一人が馬鹿やっているみたいじゃないですかー」

『実際、馬鹿やっているのは美紅一人の気がしますが』


 二人の会話に、二人とは別の声が割り込んできた。

 声の出元は晶だ。正確には、晶が首から下げたペンダントからだった。

 そこから声が聞こえる――驚くべき状況に、ただ美紅は平然としている。


「ははっ。スヴァンっちは相変わらず辛辣だにゃー。もっと客観的な立場から物言いをして欲しいものですよー」

『そうですか? 私は極めて客観的に物を言ったつもりですが』

「そんなバナナ。私が馬鹿だなんて事実、金輪際こんりんざいありえませんぞ~」

『その語尾が既に馬鹿っぽいですね』


 会話を交わし合う美紅とペンダント……一見異様な光景だが、傍目には、注意してみなければ美紅と晶の会話に見えることだろう。


「ふふっ。今日のスヴァンっちは一段キレキレね。どうしたの、何か嫌なことでもあったのかな? 何ならお姉さんが相談に乗ってあげますぞい?」

『お姉さん? 貴女のような小っちゃいお姉さんがいるとは思えませんが』

「ふふっ。そこは、ギャップ萌えと言う奴ですよ」

『萌え、かどうかは分かりませんが、事実とは異なりますね』

「ん? それはどういう意味ですかな?」

『どう考えても、貴方は姉というより妹ですし。こんな節操のない姉がいるとしたら、きっと弟妹は頭を抱えて自殺を考えるでしょう』

「そこまで?!」


 軽妙で辛辣な言葉のやりとりだった。

 その会話に、晶が微苦笑する。


「二人とも……あまり大声で喋らないで。誰かに見つかったら……」

「大丈夫よ、あきらん。別に、まずい事実は話してないんだから」


 明るく、しかし途中から囁くように美紅は言う。

 それに対し、「そうだけど」と晶はやや困った声を漏らす。


『そうですね。私の声も、晶のものに見えているはずですので』

「だから、困るのだけど。私、スヴァンみたいにひどいことは言わない」

『酷い? 私の言動がですか?』

「うん……」


 晶が顎を引くと、スヴァンと言う名の喋るペンダントは黙り込む。

 少し、思案したようだった。


『別に、酷くはないと思いますが』

「気づいていないのが、一番まずいかも」

「そうだにゃー。無意識だと、私傷ついちゃうかもね」


 そう言って、たはははと美紅は笑う。

 と、そこで両者の足が止まる。


「と、そうこうしているうちに到着~。じゃ、入るかね」

「うん。そうね」


 そう言って、二人は頷き合うと、その教室へと入っていくのだった。

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