冷ややかな高校生②

 勧誘の上級生がいなくなったのを見て、剣聖は教室を出た。燎太とはきちんと帰りの挨拶は交わしてから、彼は昇降口へ向かっていた。

 下駄箱のあるそこへ向かい、剣聖が廊下のかどを曲がったところだ。

 間近で感じ取った気配に、半ば考え事をしていた剣聖は反応が遅れる。

 気配に素早く避けようとするが、半ば走ってきた相手を躱すことは間に合わず、相手の肩と身体がぶつかる。軽い悲鳴と、重い音が落ちた。

 見ると、そこでは女子生徒が抱えていた本を落としたようだ。


「すまん。大丈夫か?」

「……はい」


 謝り、咄嗟とっさに本を拾い上げようと膝をつくが、その前で少女は慌てて本を拾い上げた。分厚い本をいくつも持った少女は、清楚で落ち着いた風貌だった。

 そんな少女は、無駄のない動きで素早く本を全て拾うと、立ち上がる。


「……すみませんでした。じゃあ」


 さっと謝って、少女はすぐに立ち上がって去っていく。

 涼しげに、しかし素早く去っていく少女に、手助けをしようとした剣聖は固まったままその背を見送る。やがてその背が離れると、彼も立ち上がった。

 下駄箱へ向かい、靴を取り出すと、剣聖はそのまま帰路につく。

 校門へ向かい、校外に出る。校門の先にある道路では、剣聖と同じように帰路につく生徒たちが、ばらばらに散らばっていく様が確認できた。


『……ふふっ』


 そんな中で、笑い声が漏れる。剣聖は眉根を寄せた。


「何がおかしい?」

『おかしいさ。同年代の女子に、慌てて避けられて固まるとは、随分少年らしいウブな反応じゃないか。いやはや、青春青春』

「黙れ」


 静かに、しかし威圧的に剣聖が言う。

 それに対して返ってきたのは、笑い声だ。

 同時に、剣聖の制服の袖の下から、手首に巻かれた数珠じゅずが顔を出す。


『そう怒るな。私は単に、お前がまだ少年らしさを持っていたことに、微笑ましく思っていただけだぞ?』

「馬鹿にしている、ということだな」

『さて、な』


 躱すような言葉に、剣聖は鼻を鳴らす。

 周りには他人はいないが、いれば多くの人間は戸惑っていただろう。

 そう、剣聖の周りには誰もいないのだ。なのに、剣聖以外の喋り声が、彼の側から聞こえているからである。

 さとい者は、その声が彼の手首から聞こえてくることに気づくはずだ。

 そんなことをよそに、剣聖と声は会話を続ける。


「別に、あの女子生徒に避けられたことに固まったわけじゃない。ただ、妙な本を読む奴がいるな、と思っていただけだ」

『妙な本?』

「あぁ。『社宮市やしろみやしの怪異伝承』とか言う題目だった。変わった趣味だと思ったんだ」


 その言葉に、謎の声も納得した様子の相槌を打つ。


『確かにそうだな。それに一瞬、妙な気配もした気もするが』

「妙な気配?」

『あぁいや……たぶん気のせいだ。それよりも、今日も調査は行なうのか?』

「そのつもりだ」


 双眸を細め、剣聖は周りを巡視する。


『では、方針を話し合おうか。家へ帰るまでの間に、な』


 声の提案に、剣聖は頷く。そして彼も、自宅への帰途につくのだった。

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