第1話「ヒーロー・ミーツ・ヒロイン」

冷ややかな高校生①

「ねぇ君! 君が四葉剣聖よつばけんせいくんだね!」


 ホームルームが終わった、放課後の廊下ろうかでの出来事である。

 溌剌とした声掛けに、名前を呼ばれた生徒は振り返った。

 目つきが鋭く、眉間を寄せて不機嫌そうな顔をした少年で、容姿は悪いわけでないが、おのずと相手を威圧してしまいそうな、そんな人間だ。

 彼が振り向いた先には、数人のガタイのよい生徒が待ち受けていた。

 声を掛けたのは、その内に一人のようだ。


「僕は剣道部の人間だけど、君も剣道部に入らないかい? 君、中学時代は一時期めっぽう強くて大会を荒らしていたそうじゃないか。ウチの部にはいれば、君ほどの実力者ならばすぐにウチの大将になれるよ」

「いやいや。入るならば俺らの柔道部だ」


 剣道部と思われる生徒が勧誘の言葉をついた矢先、別の巨体が進み出る。


「確か、小柄な体格であるにもかかわらず、無差別級で猛者たちをバッタバッタと倒す天才だったそうじゃないか! その才能を柔道に使わなければ勿体ないよ!」

「なんのなんの。君が入るにふさわしいのは、僕ら空手部さ!」


 柔道部に続き、また別の少年が進み出る。


「真の格闘家ならば、武道の花形はながたともいえるウチの部がお似合いだ」

「はっはっは。空手なんて古臭い。入るならうちらレスリング部に」

「またまた冗談を。近代スポーツといえば、ボクシング部こそ――」

「馬鹿言え。我らがプロレス部に!」

「少林寺拳法部に!」


 勧誘の生徒たちは、互いを押しのけ合いながら剣聖を勧誘してくる。

 ……とりあえず、勧誘はともかく武闘系の部活多すぎじゃないか? と思う剣聖だったが、出たのはそんな疑問でなく、小さな溜息だった。


「あの、申し訳ないですけど、俺は部活に入る予定ないので。それじゃあ」


 上級生と思しき勧誘の生徒たちにそう軽く頭を下げると、剣聖は踵を返す。

 そして、彼は自分の教室へ戻ろうとした。上級生たちは慌てる。


「ま、待ってくれ! 君ほどの人間が剣道部に入らないのは学校の損失だ!」

「いいや! 空手部に入らないと国家存亡の――」

「国際的世界平和の――」

「人類繁栄の――」


 未練がましく誘いかける相手に、剣聖は教室に入るやピシャッと扉を閉めた。

 しつこい彼らを扉で隔絶かくぜつすると、剣聖は面倒くさそうに嘆息する。

 そんな彼の耳に、笑い声が聞こえてきた。自分の方に向いた声に振り返ると、そこでは級友である少年・陽野燎太ようのりょうたが笑っていた。


「凄いモテモテだな。男ばっかだけど」

「それは、世間一般的にモテているというのか?」


 相手の揶揄に冷ややかな声で応じ、剣聖は自席へと戻る。

 場所は、名前が近いために出席番号が隣り合った燎太のすぐ後ろだ。


「いいや、言わないな。冗談だったんだが、分かり辛かったか?」

「冗談か。あまり面白いものではないと思うぞ」

「そうか、すまんな」


 冷めきった印象の剣聖に、しかし燎太は苛立つことなく応じる。

 高校生にしてはなかなか出来た人間なのか、このくらいではめげない。


「でも、何で全部断るんだ? 実際、武術は得意なんだろう?」


 一週間半ほど前にあった入学式の自己紹介でも確かそんなことを口にしていたな、と思い出しながら燎太が訊くと、剣聖は辟易へきえきと答える。


「得意ではあるが、部活でやりたいほどじゃない。それに、周りが弱すぎるのか、勝負にならないことがほとんどだからな」

「なるほど。さりげなく、周りをディスっているな」


 笑いながら、猶も剣聖を燎太はからかう。

 それに対し、剣聖はまとめてあった自分の荷物を手にすると、そのまま下校の途へとつこうとした。そんな彼を、燎太は手で制する。


「あー待て。まだ帰らない方がいい。あの上級生たち、まだ廊下をうろついていると思うぞ? 今帰ったら、校門まで粘着されるのがオチだ」


 しばらくここで待った方がいいと、提案する燎太に剣聖も足を止めた。

 その提案は、至極もっともだった。


「そうだな。少し、去るのを待つか」

「うん、それがいい。ところで剣聖、お前ってゲームとかやったりするのか?」

「いいや、やらない」

「そうか。実は面白いゲームがあるんだが、今度一緒にやらないか?」

「やらない」

「音ゲーのひとつでな――って、まだ何も具体的な内容は触れてないだろ!」


 即答で拒否され、燎太は不満げに唇をすぼめる。

 それに対し、剣聖はようやく微苦笑ではあるが笑う。笑えば、それなりに良い印象のある少年であった。


「ゲーム類は、悪いが趣味じゃない。他の奴に当たってくれ」

「ったく。そんな風に相手の誘いを断るから、お前は俺以外の奴とは打ち解けられないんだぞ? もっと相手の誘いにはだなぁ――」

「分かった分かった。またいつか気をつける」


 説教を、剣聖は軽くいなす。

 燎太はそれに少しばかりむっとするが、ねちっこく言い及ぶことはしない。

 剣聖のことをよく把握しているからであろう。彼は嫌な奴ではないが、何せ付き合いが悪い。まるで、意図して人とは一定距離をおくようにしているかのようで、現に燎太はそんな印象を剣聖から感じていた。


「まったく、人付き合い悪いな。お前、中学時代は友達いたの?」

「いたさ。もっとも、卒業した時から連絡は取ってないが」

「うっわぁ……。それ、本当に友達か?」

「さぁな」


 軽く、剣聖は肩をすくめる。本当にどうでも良さそうだ。


「なんか、俺もいつか同じように見捨てられそうだな」

「見捨てるつもりはないさ。ただ、肩入れしすぎるつもりもない」

「な、なんて冷徹な男なんだ……」

「そうだな。本気でそう思うなら、あまり俺と仲良くしない方がいいな」


 真面目か冗談か、剣聖は言うと、顔を背ける。そして、ぼやいた。


「まぁ、見捨てはしないがな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや。なんでも」


 追及に、剣聖は首を振る。それ以上、ボロを出すことはなかった。

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