正義のミカタ

嘉月青史

プロローグ

とある少年の述懐

 いつからだろうか、正義のヒーローに憧れなくなったのは。

 小さい頃は、巨大化する宇宙の戦士やベルトで変身する特撮ヒーローのようになりたいと本気で思っていたし、友達とごっこ遊びだって何十度とやった。

 変身グッズやミニチュア人形を親にねだって買ってもらったこともあるし、お友達とそれらを取り合いになって喧嘩になったのも思い出だ。

 女子にしてもそうだ。アイドルに憧れるのと同じぐらい、魔法少女系や変身ヒロインに憧れる子はいっぱいいたし、男子よりも愛らしいそれらグッズは人気だった。髪を引っ張りあって、それらを奪い合っていた子もいたっけ。

 総じて幼児というのは、そういうカッコいい・可愛い、ヒーロー・ヒロインに憧れたものだし、そうなりたいと願望を抱いたものだった。

 誰にだって、変身願望はあるというのだろう。あるいは、非日常への憧れか。

 人知れず悪と戦い、彼らを懲らしめて正義を示すということを、ほとんどの子供はやりたがるし、その正しさを信じて疑わなかったっけ。

 あぁ、懐かしくなってきた。あの頃は、本当に楽しかった。



 それが一体いつからだというのか。急にみな卒業していってしまったものだ。

 昨日まであんなに楽しそうに演じていたヒーローやヒロインを、急に子供っぽいだとか恥ずかしいとかいって敬遠けいえんして、なりたがるのを辞めていった。

 そうやって一人、また一人とヒーローになりたがるのをやめていく。

 みんな心の奥底おくそこでは、実はまだまだ憧れていたというのに。

 そんな風に自分をだましながら、みんな大人へとなっていく。

 あるいは、大人になるというのは、自分を騙し大きくなることなのだろうか?

 ……駄目だ、話が逸れそうだ。

 これはあくまで、俺の述懐じゅっかいだというのに。

 何故俺がそんなことを思い出したのかということを話したいというのに、別の話題へ話が及んでしまった。謝ろう。



 話を整理したい。

 俺は、昔ヒーローというのに少なからず憧れていた。これは事実だ。

 だが、成長するにつれて、その憧れは胸のうちに消えていった。ヒーローごっこに羞恥しゅうちを抱いたというのもあるが、まぁ、他にも語りだせば理由がある。

 一番の理由は、ヒーローの語る正義の多くが、偽善ぎぜんだと思ったからだろう。

 それは、俺が実際に戦うようになって思ったことで、少なくとも「悪をらしめ善をす」というのは押し付けで、本当のところは別にあると感じたのだ。

 本当のところとは、当然戦う理由についてだ。

 真っすぐな正義感から戦っている奴なんているわけがない、皆が正義を大義名分たいぎめいぶんにして、本当の理由を隠しているだけだ。

 それは、俺自身がそんな純粋な正義とは異なる理由で戦っているからだろう。

 そのような正義を抱えながら戦う奴はいるはずがいない、いたとしても偽善者だ、あるいは夢想家ロマンチストのただの馬鹿だと、俺は本気で思っていた。



 彼女と出会う、その時までは。



 初めて彼女に会った時、素直に口には出せなかったが、今は正直に言おう。

 美しい、そう思った。

 同年代の少女に向けて言う台詞とは思えないが、しかし素直な感想はそれだ。

 純然じゅんぜんにして無垢むくな白い髪に白い衣装、そんな姿で異形と戦うその姿は、暗くよどんだ山の風景の中でなお輝きを放つ白鳥のようだった。

 あるいは、ファンタジー映画で人々の雑踏ざっとうの中を進む神聖なヒロインだ。

 内心、俺は血飛沫舞う戦いの中でそれに見惚みとれたし、その後彼女と対峙した時も息を飲んだのを覚えている。それだけ彼女は美しかったし、また強い意志と信念を含有していた。

 実際喋った時は、彼女の可憐な声や気高い言葉に心を打たれたものだ。

 もっとも素直じゃない俺は、それを彼女に微塵も感じさせなかっただろうが。



 今では、彼女には本当に感謝している。

 彼女との出会いがなければ俺は変われなかったし、決して救われなかっただろう。

 自分へ課した十字架を背負い込んだまま、その重荷で膝をつき、押し潰され、そのまま倒れ込んでいたかもしれない。

 俺にとって、彼女は間違いなく英雄ヒロインだ。

 だから、少しずつだがひもいていこうと思う。

 彼女の、そして何より俺の、物語というものを――

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