ZBL
@yukitorii
第1話 告白
一、
(タキの話)
かたんかたんと、学校帰りの電車は、眠気を誘う揺れと速度で走る。
夕方の光が、座るサワの後ろから射して、車窓の外の街を全部影にする。二駅前でどっと人が降りて、車内はもうだいぶひと気が少なかった。コートを着てもわかる学ラン姿は、俺とサワだけだ。
空いたサワの隣に座らなかったのは、吊り皮に捕まった姿勢で、正面からサワを見下ろしていたかったからだ。ゲームの話や、好きなアイドルの話を、サワは面白がるのと馬鹿にするのを混ぜて笑う。その伏せた目の色が好きだった。サワの真っ赤なマフラーは女ものみたいだ。でもざっくりした編み目の、あらっぽい派手さが、サワに似合ってた。
あのさぁ、と、本音が口をついたのは、気持ちが、喉の辺りまでいっぱいになっていたせいだ。足のつま先から、吊り革を握る指先まで、気持ちを溜めておく場所がもう残ってないかった。
好きなんだ、と言ったら、サワの顔色が、はっきりと変わった。急に黙って、ぐっと歯を食いしばって顔を伏せる。たたんたたん、と電車のリズムが急に耳に触れる。
驚いたとか、疑ったとかとは違う、怒った声をタキが出した。
「言うなよ」
あーだめか、と、福引きで白い玉が出た時みたいに思う。
つまりサワは、俺の気持ちを知っていたらしかった。知った上で何も言わなかったし、俺に、口に出すなよ、と思っていた。要するに、全然だめってことだ。
悪い、と謝りそうになるのを、つり革をぎゅっと掴んで我慢する。俺は嘘をついたわけじゃない。傷つけようとも思ってない。
友達を好きになっただけだ。それで、ふられた、だけだ。鼻の奥がつんと熱くなって、でも泣くのはこらえた。泣いたら責めることになる。サワが悪いのでもない。全然ない。
窓の外の夕陽のひかりがむやみに目に入ってきて、眩しかった。何度か息をして、泣きそうな衝動を逃す。サワが、利き手の左手をぴくりと動かして、やめる。何かを我慢する仕草がサワらしくなかった。電車は穏やかに揺れて走る。もうすぐ次の駅に着くだろう。サワと俺の駅は次の次。改札を出たら南北真逆の方向にそれぞれの家がある。
ここは、自分が責任を取って何か言うべきだ、何かこう、大人な言葉を。
「じゃあ、忘れていいし」
「忘れるかよ」
サワが、低い、ぶっきらぼうな声を返してくる。
嫌われたのかと思ったけど、サワはすごくサワらしいことを言っただけだった。
「俺が忘れたら、お前が可哀想だろ」
そうだそしたら俺は可哀想だ、と気づく。電車がゆっくりと減速していく。あと一駅分と、これからの何年間かの気まずさから逃げるために、俺は一番みじめな、俺が一番可哀想になる方法をサワにとらせようとしたのだ。
そういうのを許さないサワはとても自分勝手で、優しくなくて、だれも幸せにしない、いつものサワだった。
電車がホームで停止し、ドアが開く。外の冷たい空気が流れ込んで来る。いきなりサワが立ち上がった。俺を押し退けて、足音を立ててドアの外へ走り出る。俺は反射的に追おうとしたけど、ホームに降りたサワがくるりとこちらに向き直るので、電車からは降りずに足を止める。
「タキ」
サワが、まっすぐにこっちを睨みつけて、俺の名を呼ぶ。急に寒いところに出て、くしゃみをしたそうな気配があった。色が白いから、鼻の頭と耳たぶの先が赤い。学ランの上の紺のダッフルコートと赤いマフラーが、灰色のホームに鮮やかだ。
「サワ、駅一コ前」
「知ってっよ」
サワが寒風にぐっと肩を縮める。不機嫌そうな、ふてくされた、ひそめられた眉のかたち。そのわりにいつも甘く光る、その目。「タキ、お前は俺の友達だ。それは、俺には大事なことだから」
「..わかった」
気の抜けた発車のメロディが鳴る。サワの左手がやはりピクリと動く。殴りたいのかな、と思う。俺はそれでも、この先ずっと、だいぶ長いことサワのことが好きなんじゃないかと思った。好きで、この気持ちの置き場もなく、ずっと苦しい思いをするんじゃないか。
割と大きな駅だったけれど、どうしてかホームに電車を待ってる人は一人もいなかった。サワの後ろには、改札階へ降りていく階段があって、そこから上ってくる気配はあった。
電車のドアが、ゆっくりと閉まる。サワ、と思わず口が動いた。
サワ、その、お前の後ろに近づいてくる、首がありえない方向に折れてそれでも動いてる、真緑の肌の色のおっさん、は、なんだ。
がっ、と扉越しに音の聞こえそうな勢いで、サワの頭が後ろから掴まれる。サワはびっくりした顔をしていたと思う。電車がゆっくりと発車する。俺はドアに張り付いてガラスをどんどん叩く。一車両分の注目がこちらに集まる。ガラス越しに、サワの様子を確かめようと、遠ざかるホームを必死に視界に入れる。視界のぎりぎり端で、サワが。
食べられている。
俺はありったけの声でわめいて、扉をめちゃくちゃに叩いた。おかしかった。これだけ暴れたら俺は、『具合の悪いお客さま』か『他のお客さまのご迷惑となるお客さま』として、一旦電車を止めてつまみだされてもいいはずだった。だから戻してくれ戻してくれ。
サワが。
『っえー、お客さまに緊急のお知らせを申し上げます』
ブツ、といささか乱暴なマイクの入れ方で、車内にアナウンスが響いた。
『この電車はー、各駅停車 xx行きとして運行しておりましたがー、現在通過中の S区にて、大規模の緊急事態が生じたとの政府からの指示を受けー、乗客のみなさまの安全のためー、終点 xx駅まですべての通過駅の停車を致しません』
明らかに俺を警戒していた車内の全員が、えっ、ととっさに意味が分からない顔で、宙を、アナウンスが響いているあたりを見上げる。
『繰り返しますS区にて、大規模の緊急事態が生じたとの政府の勧告を受け、この電車は終点XX駅までの直通運転に変更いた
します。ご乗客のみなさまはなにとぞご理解のほどお願い申し上げます』
それが、この国で初めて、一般市民の大量のゾンビ化被害が生じた『S区大汚染』の、発生日だった。
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