6-12 ソード・マーケット -Dog chase Dog-

「調子はどうだ、ロメウス」


 ふふんと鼻で笑って、勝ち誇った表情のイヌリング。


「別に、フツー」


 ロメウス会長は一瞬だけイヌリングを見て、ベラリアの報告に耳を傾けている。


「支部の予算上限については告知した通りだ。現地で深刻なインフレが起こっているのは知っているが、あんな無茶な法案通しちゃう大統領だよ? このまま通貨が廃止されるまでそう長くないでしょ? でもね」


「はい。先方との約束通り支部は契約終了まで存続ですね。では、物資を送って凌ぐしかありませんが」


「ダイジョーブ。大統領はこっちの話を聞かなきゃいけない状況だしねー。がっちりガード固めてくれるでしょ?」


「輸送手段が整うまでもうしばらく掛かります」


「それまではこっちで休んで貰うよ。せっかくのフルコースだしね」


「話を聞け、ロメウス!」


 拳を握って怒鳴るイヌリング。ロメウス会長は首を傾げ、俺に話を振った。


「現地では万全の態勢を敷くが、万が一クーデターが発生した場合は即座に全員で緊急脱出してくれ」


「はい。殿は滞りなく」


「うん。それを聞いて安心した」


「おい、ロメウス!」


 イヌリングがロメウス会長に掴み掛かろうとする。俺たちは軽くかわして、会話を続ける。


「ところで出物があったら一つ二つ落札したらどう? 今回はソード・マーケットって事でさ。ああ、コレクションの趣味は無いんだっけ?」


「いえ。興味はあるんですよ」


 話に花が咲く。ちらりとイヌリングの部下たちの顔を覗くと、皆口を開いたまま唖然としている。ミスター・イヌリングが盛大に顔から床に突っ込んだからだろう。ご苦労な事だ。


「せっかくレディたちもドレスアップしているし、私たちもしばし休暇を楽しむとしよう」


「ありがとうございます」


「いーのいーの! 仕事してくれた人には対価を出すのは当然だから」


 ロメウス会長は俺の肩を押して、通路を下り始めた。この会場はオペラ劇場のような作りだが、ミラーズのメインホールらしい。俺たちは前列の真ん中近くの席だ。あとこれは余談だが、警備班は既に町を出て、現在別々の方角に移動している。ビンゴは一つ。しかし、それは本部には向かっていない。きっとイヌリングの部下は本部行きの便に狙いを付けているだろうが、気の毒に、布是流の先輩方の遊びに付き合わされる羽目になる。


「待たせたね」


 ロメウス会長が席に座るリストとエトハールに笑い掛ける。二人ともシルクのワンピースドレスを身に纏って、周囲の視線をさらっている。まるで生きた彫像のような造形美、如何にも良家の令嬢に見える。周囲も子供ばかりでやや奇妙な空間と言えるが、まあ、ここはそういう世界だ。仕方のない。仕方のない事だ。


「似合ってる」


 俺がそっと褒めるとリストは一瞬笑みを浮かべ、何時もの冷たい美貌に戻った。観衆の前で素顔を見せるのは気が進まないらしい。そういう少女だ。よく知っている。

 頭上でクラシック音楽が鳴り始めた。どうやらオークションが始まるらしい。


「お集まりの紳士淑女の皆様、本日開催のソード・マーケットに出品される品々はいずれも珍品名品ばかり! 上限額は設定されておりません! 心行くまでオークションをお楽しみ下さい!」


 司会が腕を折ってお辞儀をする。参加者たちが拍手を贈る。


「それでは、最初の出品から!」


 俺は腕時計を操作する。額はそれなりにある。欲しい品についてリストから相談は受けたが、果たして落札出来るかどうか。駄目で元々やってみるさ!




「いや、まったくどうして大したものだよ」


 けらけらと笑うロメウス会長。俺はフォークをお皿の上に置いて、ナプキンで口元を拭った。


「つつがなく事が運んで良かったですよ」


「違う違う。オークションの駆け引きの事だよ。イヌリングのアホが落札の邪魔をしてくると読んで、わざと値段を釣り上げて、余計な買い物をさせて」


「目当てのものは手に入りました」


「ふむ『剣針の古いコンパス』ねぇ。一体どういったものなんだい?」


 ロメウス会長は興味ありげにリストに水を向ける。


「実は昔私が使っていたものなのですが、武勲を立てた英雄に授けた経緯がありまして」


「ほう! するとこっちはかなり長いんだね?」


 ロメウス会長はリストの正体を知らない……はずだ。この人の事だから油断は出来ないが。


「それなりの研鑽は積みましたが、まだまだ未熟です」


「そうだね。まだ全然伸び代があるもんねぇ」


 ロメウス会長は口元に笑みを浮かべて、顎に指を添える。和やかな雰囲気。が、不意に不躾なコール音が鳴って、ぶち壊しにしてくれた。


「はい?」


 腕時計の通話に応えて、ロメウス会長は背もたれに背を預ける。


『ロメウス! 今すぐ『カゾの壺』を寄越せ!』


「何だ、お前か」


 相手はイヌリングだ。酷く慌てた様子だが、一体どうした?


『カゾの壺だ! 早く! 一刻も早く!』


「あれはもう人手に渡った」


『何だとうっ!?』


「悪いな、イヌリング」


『実は……ミラーズの手の者に追われている』


「あ、手出しちゃった? あのな、イヌリング。ミラーズは出品物に対する如何なる介入も認めない。もしその鉄則を破ったら」


『地獄の番犬だ』


「そう。ケルベロス。ミラーズのゴミ処理係。残念だが、助け舟を出せる程暇してないんでね」


『待て、ロメウス! 待って』


 ロメウス会長は通話を切って、腕時計を操作した。ああ、通話拒否に設定したな。今更カゾの壺をミラーズに差し出した所で意味が無いのは明白であるし、とち狂って連絡してきたのだろう。どうやらケルベロスという部隊は相当やばいらしい。


「あははっ。これ、美味しい」


 ロメウス会長は海老フライのようなものを褒めている。マイペースな人だなぁ。


「貴方も大概マイペースですよ?」


 エトハールが俺にそっと囁く。ちょっと気を抜いたら心を読まれてしまった。


「そう? 誰に似たんだかね」


 俺は適当にあしらおうと皮肉めいた事を考え始める。


「あの……本当に分からないんですか? 誰に似たのか」


 エトハールが妙な事を聞いてきた。


「藪から棒に何? 俺はさ、村の地下で造られただけの人造人間なの」


「ええ。ですから」


 言い難そうにエトハールが表情を強張らせる。


「え? 何?」


 何の話だ?


「時が来たらじっくりお話しして下さい。私の口からはちょっと」


 エトハールは俺からそっと離れて、食事を再開する。俺に何の関係が? 関係? ……え?


 ある考えが俺の頭に浮かんだ。ロメウス会長をじっと見つめる。俺はもしかしたらとんでもなく鈍い人間だったのかも知れない。

 うん。でも、今は聞かないままにしておこう。もしそうだったら、俺には時間が必要だ。作り物の身体と偽物の記憶でも心はきっと本物だと思うし、受け入れて理解するのは簡単なようで難しい。

 俺は自分のルーツを知る幸運に恵まれたらしい。果たして彼はそれを予期していたのだろうか? その答えは、時が来たら――そうだな。


「すみません。ちょっと失礼します」


 エトハールが席を立った。俺はじっと彼女の後ろ姿を見送って、まっすぐトイレに向かうのを確認してから席を立った。リストも息を合わせたように席を立つ。


「?」


 ロメウス会長が首を傾げている。


「すみません。ちょっと席を外します。あの、逃げた方がいいですよ?」


「何で? まさか隕石が直撃するとでも? 冗談」


「いえ、その……神様もジョークがきつい時もあるので」


 俺はリストの手を引いて全速力で走り始めた。間に合わないかも知れない。いざとなれば第三段階の開帳も辞さない。

 建物を出て、走りながら上空を見上げた。赤熱化した巨大な物体が地上に接近しつつある。大きい。町一つ吹き飛ばしてしまう程の巨大さだ。どうやら神様が気を利かせてくれたようだ。あのトイレの魔人、隕石を呼びやがった。

 親指を噛んで、第三段階開帳! リストを抱き抱えて、緩やかにテイクオフ。速やかに加速を開始し、テルンオーズから急速に離れる。直後背後で光が生まれたのを感じた。どうやら直撃のようだった。


 翌日、テルンオーズが一瞬で消えたというニュースが周辺諸国で騒がれた。原因は隕石の衝突という事だったが、元凶を知る者はごく限られている。俺もリストも多くは語らなかった。エトハールを庇っているからではない。トイレに入ったら町を一つ滅ぼしたなんて話ギャグだと思われるだけだからだ。だが、これだけは言わせて貰う。トイレの魔人からトイレの魔王へのクラスアップを認めざるを得ない。そこはリストと意見が一致していた。間違いなくエトハールの凶運レベルが上がっていると確信を得たのである。

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