幕間

これからのこと -I want to...-

 ここは何時も静かで美しい。赤の騎士団本部のざっくりと開けた中庭。ガブリエルへの定期報告の後で何となくここに立ち寄ってしまった。

 気持ちが迷うとよくここに来る。多分今もそうなんだと思う。彼女、リストの事で大いに悩んでいる――のかも知れない。彼女の生きる目的の事。ヴァルキリーとしての使命。そう遠くない先に月に舞い戻り、黒い獣と闘争を繰り広げる事だろう。きっと俺もそこにいて――でも。

 でも、と考えてしまったのだ。俺にははっきりと作られた目的があった。神々との戦争のための兵器であるという使命がある。だから、と自問してしまったのだ。俺には相応しくないのではないか、と。本人の前では決して弱音は吐かないが、一人になると色々と考えてしまう。いや、一人で考えたくなるのかな。きっとそうだ。俺は元々一人でくよくよするような少年だった。そのはずだった。


「はぁ……ちょっとセンチになっちゃうネ」


 少し飲もう。行くならテムの店だ。一路五番区へ。途中でストリートチルドレンを見掛けたが、以前より数が少なかった。やはりあの対策にはそれなりに効果があったようだ。九十七億ロア。確かに活きたカネになったようだ。

 少しだけ誇らしい気持ちに浸り、すぐに右肩下がりになった。ユシミールの事を思うと胸が張り裂けそうになる。あの人は今も何処かで葬った過去への鎮魂を祈っているのだろうか? また会う事があればこの気持ちを――。いや、止そう。人生に『また』は無い。

 くすりと自嘲的に笑い、古い木製のドアを開けた。


「らっしゃ、何だ。シド坊じゃないか!」


 何だ、で悪かったな。


「どうぞ」


 マスターの態度がソフトになった。流石客商売。顔見てすぐにわけありだと察したようだ。俺はカウンター席に座って、隣に座る少年をちらりと見た。青い髪にサングラス。びっくりして二度見した。そのまま目を見開く。


「ふーむ……青春していると見た!」


 白い歯を見せてにっこりと笑っているのはロメウス会長だった。


「何してんです?」


 俺は頬を引きつらせながら無理に笑って見せて、ゆっくりと首を傾げる。ロメウス会長はグラスを揺らして、中の氷をこりんと鳴らした。

 俺は呆れて鼻息で笑って見せて、マスターに視線を送る。何も言わずに二個玉を出してくれた。


「悩み……かな? リスト君の事かな?」


 ぎくりとした。表情が曇って、ぼんやりとボトルが並ぶ棚を見上げた。こりんと氷が転がる音がした。隣を向くとロメウス会長が微笑を浮かべながらグラスの中の琥珀色の液体を眺めていた。


「いい事を教えてやろう。人生に『また』はない。女との出会いと別れも一度切りだ」


 背筋がぞわっと波打った。


「同じかみさんと二度三度結婚する人もいると思いますけど?」


 口答えだ。何となく素直になれない。


「そりゃ別れじゃない。すれ違いっていうんだよ」


 ふふん、とロメウス会長は鼻で笑う。ちょっと馬鹿にされたような気がして、俺はむっとした。


「俺は……きっとまっすぐ進めない。でも、悩む程度には頭がいいんです。それがもどかしい」


 怒り交じりに白状した。こんな事この人にしか言えないと思うから。ロメウス会長はぐいっとグラスの中身を飲み干して、コンッとカウンターに置いた。束の間沈黙が流れ、吹き抜ける風のように返答が来た。


「自分の使命だとか意味だとかは神様にでも返上してやれ。今好きな人がいて、その人のために何かして上げたい。そういうのでいいんじゃないか?」


 衝撃が走った。一瞬で怒りが墜落してしまった。急に脳内がクリアになって、口を開いたまま呆然とする。


「ここはおごりだ。またな」


 ロメウス会長は俺の頭を軽く撫でて、店を出て行った。


「知り合い?」


 マスターが興味あり気に俺に聞く。


「そんなとこだね」


 笑み交じりに教えて、俺は二個玉をぐいっと飲み干した。キーンとこめかみが痛む。頭を押さえて、頬を三度叩いた。


「また来るわ」


 手を振りながら店を出た。道の向こうをロメウス会長が歩いている。俺は反対方向に歩き出した。


 ――ありがとう、父さん。


 晴れやかな気分で感謝の念を抱いた。これから好きな人の所に行く。そういうのでいいと思うんだ。

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