6-11 交渉 -The Wiseman show-
「全く! 人使いが荒い人ですね!」
文句を言って、頬を膨らませるエトハール。
「ごめんごめん。後でフルコースを奢って上げるから」
俺が拝み手を出すと、エトハールがこちらをちらりと片目で見る。
「本当ですか? この都市で一番のお店ですよ?」
乗ってきた。よし!
「勿論!」
実はお金も多少あるんだ。レナンの不死鳥事件の解決でネラ教徒の貴族、財界人から祝い金を貰っている。
「しょうがないですね。で、何をすればいいんです?」
「これから人と会うけど、その人たちの心を読んで欲しいんだ」
「つまり話の裏を見たいと?」
「話が早いね。交渉を有利に進めるために必要だと思うんだ」
うん。交渉するにも有力な人材なのだな、この魔術師殿は。
「分かりました。一応聞いておきますけど、荒事になる可能性はあるんですね?」
「場合によっては……ね」
俺は誤魔化すようにせせら笑って、エトハールに呆れられた。
「いいですよ。しょうがないですよ」
諦めてくれた。申し訳ない。本当に。
「交渉成立のようだね。私はロメウス・シッテンハイト」
ロメウス会長がエトハールに右手を差し出す。エトハールは左手を差し出して、にこりと笑った。
「あらら? 話に聞いた通りなのね」
ロメウス会長は左手で握手した。
「どうやらご存知のご様子」
エトハールが俺に聞く。俺は鼻で笑って、呆れて見せる。
「実際助かったよ。ああ、フルコースについては私が手配しよう。楽しみにしていたまえ」
ロメウス会長はにっと笑って機嫌が良い。
「先方とは十五分後に指定の場所で話が出来ます。そろそろ出ましょう」
俺が椅子から立ち上がると、ベラリアたちも立ち上がった。
「ああ、君たちは警備班との連絡役として待機していてくれ。先方を下手に刺激したくない。シドウ君とリスト君とエトハール女史を伴って行くから」
ロメウス会長が指示を出すと、ベラリアたちはそれぞれ腕時計を弄り始めた。
「優秀ですね」
エトハールが率直に感想を述べる。
「君もだよ、レディ・エトハール。レナンの不死鳥事件で謎解きの大部分は君がやったんだろう? 心を読めるのかな?」
ロメウス会長が率直にエトハールに尋ねる。
「あの……随分と私の事を調べたようですね。……あ」
エトハールが意外そうな顔でロメウス会長を見つめ返す。そして、俺を見た。
「?」
何だ? 何故俺を見る?
「ふむ。力は本物。魔族である事は間違いないね。安心したよ」
ロメウス会長はサングラスを少し下にずらして、エトハールに笑い掛けた。俺はロメウス会長の瞳が虹色に輝いているのを見て、息を呑んだ。何だ、あれ?
「会長、時間が押しています」
リストが腕時計を見ている。ロメウス会長はサングラスをかけ直して、階段を下り始めた。俺も急いで後についていく。リストとエトハールはフルコースのメニューについて話し合っている。やれやれ。呑気なものだ。
建物を出て、大通りを都市の中心に向かうとすぐに左折して路地に入った。向こうが指定してきた場所はこの辺りにあったはずだが。あれか?
赤い看板に白字でねずみの巣と書いてあるとメールにはあったが、どうやら本当らしい。
「皮肉かねぇ」
ロメウス会長は愉快そうに笑って、入口に立っている少年二人に手を振った。
「ああ。あの時はどうも」
俺は少年二人に挨拶をした。レイデスの一件で助けたセンリンのメンバーにいた人たちだと思う。
「どうぞ」
通してくれた。ロメウス会長は警戒もせずに階段を下り始めている。この人も大した度胸だと思うが、少しは護衛する俺の気持ちも考えて欲しい。そして、鼻歌を歌わないで欲しい。聞いた事がある曲だけど、クラシックなんて聴く柄でもないでしょうに。
いちいち突っ込んでいるのがアホらしくなってきた。止めた。止めだ、止め。こんな時は無心になるに限る。先生の下でその訓練をしたじゃないか。……ああ。
思い出してしまった。危うく悟りを開きかけて、何のために剣術を習っていたのか動機を失いそうになった事もあった。あの時……先生は何て。
――惜しい。
思い出して、視線を前に向けた。突き当りに扉が一つ。ノブはついていない。ブザーが鳴って、扉が奥に開いた。てくてくとロメウス会長は無警戒に前進してしまう。全く、目が離せない。
部屋に入ると一面にテレビ画面が見えた。壁一面に数多くだ。どれ一つとして同じものを映していない。四方の壁が全てテレビ画面で埋まっている。
「ようこそ。歓迎しますわ」
ソファから少女が立ち上がる。セニーだ。
「どうもロメウス・シッテンハイトです」
一瞬で十メートルの距離を移動して、セニーと握手するロメウス会長。瞬間移動? というか、何だ、そのアグレッシブなコミュニケーションは? ナンパしに来たんじゃないんだぞ?
「会長」
俺が咳払いをするとロメウス会長はこちらを振り向いて、舌を出して笑った。
「また会えて嬉しいわ。今日は商談という事でいいのかしら?」
セニーがこちらに来る。今日はダークグレーのスーツ? 髪もアップにして、ばしっと決めている。
「また?」
後ろでリストが冷たい剣気を放っている。
「九十七億の件のクライアントですよ」
エトハールがリストに補足説明をする。リストはそれで合点がいったようで幾らか冷静さを取り戻したようだ。抜きかけた剣をチンと鯉口に戻した。
俺は内心勘弁してよと祈りつつ、セニーと交渉を始めた。と同時にエトハールに指振りで指示を出す。
「今日はそちらが出品する品物について事前交渉をしに来たんだ」
「あの『剣の柄』かしら?」
「そう。こちらは落札条件の全てを揃えている。で、こちらのクライアントはどうしても剣の柄を取り戻したいというご要望でね」
「そう……残念だけど、ミラーズに一度出品された品物については終了まで一切介入出来ないの。たとえ出品者であってもね」
「なるほど。じゃあ、落札条件が全て揃わなかった場合は?」
俺のこの質問にセニーは眉をぴくりと動かした。ふふん。脈あり。
「つまり不成立になって、品物はフリーの状態になるんだよね?」
「つまらない小細工は好ましくないわ」
「トリックを使う気はないよ。ただ、その落札条件について整理したいと思ってさ」
「というと?」
セニーが乗り気だ。よし。
「必要なものと必要でないものを分けないか?」
「何故かしら? 貴方にそれが分かるの?」
「オーケー。会長、落札条件のリストを読み上げて貰えますか?」
俺がお願いするとロメウス会長は上着のポケットから写真を六枚出した。
「その一『アテレスの花』。その二『夢見る月の欠片』。その三『聖人カラーの遺灰』。その四『サランバラの斧』。その五『神の鼻糞』。その六『カゾの壺』」
俺はその内の一枚を取り、セニーに見せた。
「欲しいのはこれ一つだろ? 他は全てカムフラージュさ。多分、クライアントに繋がる情報を絞らせないのが狙いかな?」
俺が提示したのはカゾの壺だ。
「正解です」
エトハールが答えてくれた。
「何? その娘、魔族? また厄介なのを連れているわね」
はぁ、とため息をつきながら額に手を添えるセニー。
「どうしてかわけを話す必要はないよね? センリンは凄腕だけど、あの仕事でしくじった事で予定を変更した。ロメウス剣の友会が総力を挙げて収集してくれると読んでいたんでしょ?」
俺が指摘するとセニーは胡乱げに見つめ返してきて、とうとう観念した。
「最初から貴方に個人的に頼めば良かったわ。まったく……」
己の無能さを呪うように言う。つくづく自分が嫌になったか?
「結果はついてきたさ。異存はないでしょ?」
「あるわけないでしょう? 貴方と話しているとビジネスじゃなくなるから嫌よ」
本気で嫌悪感を見せられた……気がした。
「じゃ、会長、『カゾの壺』だけ持って警備班に町を出るように指示を出して下さい」
俺が段取りを纏めるとロメウス会長は拍手を贈ってくれた。周囲のセンリンの団員たちも皆拍手を贈ってくれた。セニーもリンネイも拍手を贈ってくれた。
俺は恐縮しつつ、脳裏で次の行動を考え始めた。どうやってカゾの壺を返して貰おうかな、と。
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