6-10 交易都市テルンオーズ -Trading city-

 交易都市テルンオーズに着いた時俺の尻はかなり固くなっていた。二時間もあんな固いシートに座っていれば当然なのだが、リストに膝枕をして上げていたのも理由に挙げられるだろう。軽く熱中症に掛かっていたようだが、あの日差しの中でエトハールの服探しでは仕方ない。


「てか、マジで同棲してんのな……」


 ちぇっ、と不満をこぼすビーン。移動中ずっと車中で俺たちの関係について詮索してきて、リストが起きて事実だと認めるまでまるでこちらの話を信じようとしない。どうもこのヴァルキリー様に甚くご執心のようだが、気持ちは分かる。ゴンッ、とビーンの頭を鞘が打った。


「っ! いってぇ~っ!」


 打ったのはベラリアだ。


「仕事中だ」


 どうも彼女は彼のお守りをしてくれるようだ。正直助かる。


「では、打ち合わせ通りに」


 ベラリアに言われて、俺とリストは目礼を返した。俺たちはロメウス会長の護衛班に組み込まれている。これは会長のオーダーらしい。真意は窺い知れないが。

 俺たちはロメウス会長を囲む形で隊列を組み、白昼堂々剣を差しているが、誰も咎めたりしない。警官も見て見ぬ振りだ。よく見れば周りの武装した連中も主を囲むように隊列を組んでサブマシンガンなんて構えている。かえって観光客らしきグループの方が浮いているくらいあまりに物々しい。


「ここには色々な職種の金持ちが集まる。商人、軍人、マフィア、王族、貴族。魔族なんてのもいるかな」


 はっはっはっ、と俺に笑うロメウス会長。随分とご機嫌のご様子。


「黒い獣と呼ばれた者たちの末裔さ。彼等は希少な存在で出会う事すら奇跡に等しい。君は会った事があるかい? ああ、いや、失礼。まだ二か月程度か」


「いえ、あります」


「ほう」


 ロメウス会長は感心したように俺の頭を撫でた。


「ここでの経験も君にとっての糧になれば良い。いや、実際ここまで出来過ぎだと思っているしね。君の経歴をざっと見て……」


「自分でも信じられないですよ」


 謙遜して答えると、ロメウス会長は愉快気に笑った。何がそんなにおかしいんだか。変な人だ。


「会長」


 ベラリアが注意を促す。俺は前方に視線を向けて、こちらを睨む一団に気が付いた。


「ああ。やはりあいつか」


 ロメウス会長は悠然と一人前に出て、その一団の主に挨拶した。


「よぉ、イヌリング! いい天気だなぁ!」


 俺は噴き出しそうになってしまった。イヌリングって。


「ロメウス! 貴様、こっちの獲物を横取りして!」


 茶色い液体の顔の少年が拳を震わせる。何だかラテアートみたいに表情が浮かんでいるが。


「やはりお前だったんだな。あの柄を盗み出したの。何だ、盗まれてしまったのか?」


 ロメウス会長はくくっと押し殺した笑い声を漏らして、その内にのけ反って大笑い。イヌリングは凄い剣幕で口を開いた。


「という事はお前じゃないんだな?」


「バーカ」


 ロメウス会長はイヌリングを指差して、小馬鹿にしたようにわけを話す。


「だったら落札条件の品物を揃えたりするものか。全部こっちが頂いた」


 図ったようなタイミングでベラリアたちが動く。俺も足並みを揃えて、ロメウス会長の横に並ぶ。


「うちのスタッフは優秀なのさ」


 ロメウス会長は痩躯を傾かせ、にこりと笑う。イヌリングは怒りを堪え切れなかったか、隣の護衛を殴り付けた。


「あーあ、みっともない」


 容赦の無い追い打ち。ロメウス会長はあのイヌリングなる人物を心底嫌っているらしい。


「覚えていろ! あの剣の柄は必ず取り戻す!」


「そりゃこっちの台詞だ」


 ロメウス会長は舌をべっと出して、付け入る隙を見せない。イヌリングは怒りが収まらないらしく、護衛を怒鳴り付けながら向こうに行ってしまった。


「警備班が襲撃されますね」


 俺がそっとロメウス会長に言うと、うーん、と唸り声を返された。


「そこは実に不安だねぇ。だから、これから出品者と話をしようと思ってね」


 ロメウス会長が上着のポケットから一枚の写真を出す。


「彼女たち、凄腕のトレジャーハンターみたいなんだが、この町の何処かにいる。どうにか事前に見つけないと」


「……」


 俺は写真の少女たちを見て、くくっと押し殺した笑い声を漏らした。


「何だい?」


 ロメウス会長が怪訝そうに俺を見下ろす。あの仕事の事は会長の情報網に引っ掛かっていないんだ。彼女たちの事だ。痕跡を綺麗に消してしまったのだろう。


「知り合いなんです。連絡も取れると思います」


 あの時百億ロアを送金してくれた時の記録はちゃんと残っている。彼女たちだ。センリンのセニーとリンネイ。

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