5-4 レナンの不死鳥 -Pick up my friend-

「ディナス神殿は民衆と深い関わりを持っていたが、これについて論述出来る者は?」


 メモ教授が生徒たちに解答を求める。生徒たちはしんと静まって、誰も答えない。


「何だ、誰も予習していないのか? では、リスト・ブレイズ、答えを聞こうか?」


 リストが立ち上がって、皆が見ている前で論述をする。


「神代が終わり、人の時代が始まって間も無くは天災を神の怒りと捉える民が多く、その不安を取り除くために生贄を捧げる儀式を頻繁に行っていました。それを取り仕切っていたのがディナス神殿の神官たちです」


「よろしい。では、その儀式を何と呼ぶ?」


「セヌンの儀式です」


「大変結構だ。では、隣で頬杖を突いているシドウ・アツタニ。セヌンの儀式で用いられた生贄の人形たちを何と呼ぶ?」


 俺は立ち上がって、知った顔で答えた。


「イーバ・モノスです」


「そのイーバ・モノスは生贄以外の目的でも使用されていた。それは何かね?」


「貴族の身の回りの世話に活用されていました」


「正解だ。二人に五ポイントずつ与えよう。期末テストで六十ポイント取れなければ単位は与えない。講義でポイントを稼いで、百二十ポイントを越えた者にはSランクを与えよう。積極的に講義に参加して欲しい」


 チリリリリーンとベルが鳴った。


「今日はここまで、次回はネラ教の異端審問と民族浄化後に訪れた魔術産業革命について。くれぐれも言っておくが、図書館で予習をしておくように。私のテストはかなり厳しいぞ」


 生徒たちが落胆の色を見せながら教室を去っていく。最後に残った俺とリストはメモ教授に顎をしゃくられ、また後についてオフィスに行った。もう助手として雇われているも同然の扱いになりつつある気がするが、強制ではなく、自主的にと思っている。実際また学校に通う事になって、ちょっとやり甲斐を感じているのも事実だ。『また』という言葉を真実と取るかはこの際議論しない事にするが。


「これを見てくれ」


 メモ教授がデスクの上に何かを広げた。古い布? いや、動物の皮だ。何か描かれている。文字? らしいが、腕時計の翻訳機能が働かない。


「古いですね。翻訳機能が利いてない」


「ああ。これは古い。とても古いものだ。ここに描かれているものを見てくれ」


 メモ教授が動物の皮の中心を指差す。翼を広げた鳥のようなものだ。後光を放っているような描かれ方で、何か神聖なものであると印象を受ける。


「レナンの不死鳥」


 リストがぽつりと呟いた。


「やはりそうか! これはレナンの不死鳥を奉る神殿を探すヒントなんだ!」


 メモ教授が小躍りして喜んでいる。俺にはちんぷんかんぷんだが、一体何の発見なんだか?


「レナンの不死鳥はある宝の守護者と言われている。それは人が次の世界へ渡るための秘法を記した書で、それを後世の者たちは死者の書と呼んだ」


 リストが説明してくれた。つまりこれはメモ教授が探している遺物を探す鍵というわけか。


「これを何処で?」


「少し前に任官した講師なんだが、数日前から無断欠勤していてな。今朝これがその講師から届いていた。送り元は塔内のヴィレンカントという歴史ある宗教都市だ」


「講師? その方とどんな関係なんですか?」


 リストが聞くとメモ教授は複雑な表情を浮かべ、ややしかめ面になりながら小さく白状した。


「彼女、トイレを済ませる時手を使うんだ。それで左手で握手をされてな。それが可笑しくてよく飲みに行く仲になったんだ」


「あ……」


 俺は思わず声を漏らした。


「何かね? 思い当たる節でもあるのか?」


 メモ教授が怪訝そうに俺に聞く。


「あー……その人、つば広帽子を被っていて、背が低くて」


「うん? 奇妙な一致だね。その人ねぇ、植物に関してやたら知識が深くて、人を魔物に変える花なんてポンと出したものだからうちの家内が気に入って即採用って」


 あ、ビンゴ!


「エトハール」


「何だ、シドウ君、知り合いかい? 君の周りにはまた随分と変わった人ばかり集まるね」


「みたいです」


 俺はレイデスでの出会いを思い出してしまった。やっぱりトイレから関係が始まったのだが。


「トラブルに巻き込まれて、これを私に送ったんだと思う。私は友人として、彼女を助けたい。君はどうする?」


 メモ教授の目には火がついている。俺は観念して、潔く答えた。


「行きます。その人に学校を勧めたの俺なんですよ」


 まさか講師になっていたなんて……まあ、かなり長い事魔術の研究をやっていたようだし、何を隠そう花売りの半身だ。黒い獣の血も引いているし、天才には違いない。


「決まりだな! 出発は六時間後、支度を済ませて塔の前で待っていてくれ」


 俺はリストとオフィスを出ようとして、ああ、とメモ教授に呼び止められた。


「青の方の入口だぞ? いいな?」


「はい」


 塔には四つ入口があるが、何時も通る赤ではなく青。赤の入口を通る時と違いはあるのだろうか? しかし、エトハールとは……彼女、あれからどうしていたのか気になっていたんだ。まさかレナンの不死鳥の神殿を探していただなんて。何故だ? 何故エトハールは……。本人から聞くしかないが、向こうで消息の手掛かりを探すとしよう。宗教都市ヴィレンカント。街並みはどんな感じだろうか? 何となく荘厳な、というイメージが先行した。多分そうだ。俺の予感は割と当たる。割と当たるんだ。

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