5-3 晩餐 -Secret-

 思ったよりも時間を取られてしまった。七番区のブランドショップに入ったのが午後二時。俺は二十分で手頃なスーツを選んだが、リストはドレスを選ぶのに迷っていたらしく、少女らしい一面もあるのだな、と苦笑を禁じ得なかった。が、欲しいと言った黒のパーティードレスの値段を知って、一瞬で青ざめる一面もあり、どうなるかと思ったが、支配人が出てきて、ゼロロアでお売り致します、だなんて言われてしまった。支配人曰く、前任のユシミール氏にはご厚意を賜り、氏の遺言にシドウ・アツタニとリスト・ブレイズをよろしく、と各方面に通達は行き届いております故、との事だった。故人のご厚意を知り、俺はその場で手を合わせて、感謝の念を伝えた。行き帰りの馬車まで手配して貰って、今夜一晩だけ贅沢をさせて貰える事になった。


 青の陣営、十番区の奥の閑静な高級住宅街。道沿いに等間隔に大きな木が並ぶのを窓から眺めていた。建っている家はどれも大きく立派で、自宅のあった東京の成城を思い出させてくれた。東京……本当にあったのか謎ではあるが。


 馬車が止まった。ドアが開いて、御者の少年が手を貸してくれる。俺は先に下りて、リストに手を差し伸べた。リストはスカートの裾を揺らしながらステップから下りて、華麗にヒールで歩いて見せる。実に様になっていた。普通ではない美人はこういう場面でこそ華になるのだな、と実感させてくれる。


 空いている門から入って、薔薇に似た品種の花が咲き誇る庭を抜けるとモザイク調の煉瓦の家が見えてきた。玄関の横のボタンを押す。数秒後、扉が開いて、栗毛の少女が顔を出した。


「いらっしゃい! まあ、聞いていたよりもずっと可愛らしい子たちだわ。どうぞ、入って!」


 どうも家人らしいが、この可愛らしい少女がメモ教授の奥様? 十二歳くらいに見えるが、これで生物科の教授とは恐れ入る。


「お邪魔致します」


 リストは慎ましく玄関に入り、エントランスの中頃で俺を待つ。俺も倣って慎ましく入り、リストの隣に並んだ。


「ようこそ当家へ。歓迎します」


 メモ教授だ。灰色のズボンに茶のベストを着て、ネクタイはしていない。気軽なもてなしだ。その方が俺も助かる。


「その剣はやはり手放せないか。二つとない幻の魔剣。無理も無い」


 ドレスコードには気を遣ったが、帯剣とは聊か不作法であるとは思っていた。が、メモ教授は事情を知っているらしく、理解があって助かった。


「実に興味深いわ。お食事の後で刀身を見せて下さる?」


 夫人がレゼルの魔剣に熱視線を送っている。意外だと思った。インテリなのに剣に興味がおあり?


「実は家内はかなりの収集家でね。刀剣に関する書籍を何冊か出している」


「五冊よ」


 夫人が訂正を求める。


「五冊だったな」


 メモ教授はせせら笑って、隣に並ぶ夫人を紹介してくれた。


「家内のシュレイだ。生物科教授で学長も務める」


 ああ。道理で剣に興味があるわけだ。コレクターと話すのはこれが初めてだが。


「シドウ・アツタニです。この度はお招き頂いてありがとうございます」


 丁寧にお辞儀をして、口元に笑みを浮かべる。


「リスト・ブレイズです。余所から来た者にご厚意を掛けて頂き、ありがとうございます」


「止して! 余所から来た人だから、関心があるのよ! 月のヴァルキリーがお客様なんて、後にも先にも貴女だけよ! 是非お友達になって欲しいわ!」


「勿体ないです。よろしくお願い致します」


 リストは丁寧にお辞儀をして、微笑を浮かべる。こういう所でのマナーを心得ている。以前の暮らし振りを窺えるというものだ。


「さあ、こちらへ。狭いが、話すには十分な食卓だ」


 と、奥に通された。俺はリストの手を引いてダイニングに入り、食卓の下座の前で止まった。


「上座に座って。今日は私たちがおもてなしをするの」


 シュレイ夫人が勧めてくれた。ここは遠慮するとまずいと思う。俺は軽く黙礼をして、リストと上座に移った。


「掛けてくれ」


 メモ教授が言ってくれて、俺はリストの椅子を引き、座らせてから自分も座った。食卓の縁にレゼルの魔剣を立て掛ける。


「では、召し上がって頂こう」


 どうも話に聞いたシチューが出るようだ。と思ったら前菜だった。不肖不肖。普通は前菜から出るのだろうな。記憶の中でもそれなりにいい暮らしをしていたと思うが、母は格式よりも暖かさを重んじる優しい人だった。実在しないのが悲しくて切ないが……。


「頂きます」


 日本式で両手を合わせた。こんな盛り付けのサラダなんて初めてだが、慣れないなりに上手く食してみよう。フォークで小さくまとめて口に運んで、やや酸っぱいドレッシングがよく利いていて口の中で野菜の甘みと溶け合っていく。


「美味しいです」


 感想をシュレイ夫人に伝え、リストと目笑を交わす。


「嬉しいわ。それでは、我が家の秘伝のシチューを召し上がって頂こうかしら」


 シュレイ夫人がお皿を前に置いてくれる。コクがありそうな濃い茶のシチュー。濃厚な香りが食欲を誘うが、入っているのは何のお肉だ?


「少し前に赤の市場で手に入ったビッグボアを燻製にしたの! こんな上物滅多に手に入らないのよ!」


 それを聞いて、俺とリストは思わず噴き出してしまった。


「あら? どうかしたの?」


 シュレイ夫人が不思議がっている。


「いえ……説明させて下さい」


 俺は話す事にした。自分とリストの出会いについて。




「はははっ。じゃあ、その時に君が仕留めたものだったのか。いや、面白い」


 メモ教授は腹を抱えて笑っていて、シュレイ夫人が苦笑交じりに見咎めている。リストは口元に手を当てて微笑んでいて、和やかな雰囲気で食事が進む。


「月からここまで大変な旅路だったのね。シドウ君が見つけてくれたのは運命かしら?」


 シュレイ夫人はリストに微笑み掛けて、長い髪を揺らしながら軽く首を傾ける。


「そう信じています。でも、彼、運命力が255もあるんですよ。ヴァルキリーで最も強い加護を受けた者ですら170くらいが限界だったのに」


「神のご加護?」


「私たちの神、という意味ですが」


「ああ」


 シュレイ夫人は合点がいったように頷いて、メモ教授と目を合わせた。


「現地調査に連れて行きたくなったよ。彼なら大物を掘り当ててくれそうな気がする」


 そう褒めて貰って、俺は自嘲の色を浮かべながら自虐を言った。


「また古竜ザーヴァを目覚めさせるのは御免です。あれは一つ倒すのも骨が折れる」


「そう! それ! 私、カルンベルの担当者から話を聞いた時にずっと気になっていたの! 巨大怪獣だったんですって?」


「欠伸で町一つが消えてしまって……俺一人では手に負えなかったかも知れません」


 ここは謙遜で。第三段階のパワーを知られるとまた面倒な事になりそうな気もするので。


「映画の世界だな。日本の特撮、よく私も映画館で見たよ」


 そういう記憶のリンクはあるのにこの現実と噛みあわない。不思議だ。やっぱり自分が日本人じゃないかってまだ疑ってしまう。


「じゃあ、そのザーヴァを倒すのに使用した魔剣を見せて頂こうかしら」


 シュレイ夫人が席を立つ。メモ教授はやや呆れているようだったが、目礼で俺に頼むと伝えてきたので、目礼で返した。レゼルの魔剣を持って、席を立つ。音も無くすらりと鞘から抜いて、横向きにした。電光が走る刀身にシュレイ夫人は目が釘付けだ。


「これは常に電気を帯びているの?」


「はい。触ると感電します」


「シドウ君は感電してないよね?」


「自分の魔力と融和させるんです。剣が発する膨大な魔力を自分の力へ変換する」


「なるほど。これは魔力の永久炉に等しいのね……凄いわ。剣というよりは術式のための神器のようね」


「そう感じます」


「ちょっとお写真いいかしら?」


「どうぞ」


 近くにちょうど台座が置いてあったので、そこに横向きにセットした。この台座、シュレイ夫人が予め用意しておいたのだろう。

 シュレイ夫人がカウンターからカメラを持ってくる。フィルムのカメラだ。ここにはデジタルカメラはまだ存在しないからあれが主流だ。

 パシャ、パシャ、とフラッシュが光る。


「ああ、お構いなく。家内はああなると他が手につかなくなる。どうぞ席に着いて」


 メモ教授が呆れ顔で俺を呼ぶ。俺は両眉を持ち上げて微笑し、席に戻った。


「あれは何処で手に入れたのかね?」


「三階のとある神殿で」


「話を聞かせてくれ。布是流の最終試験だったのだろう?」


「自分に相応しい剣を塔から持ち帰るというものでした。俺は現地で調達した食料で食い繋ぎながら二日で何とか三階までたどり着いて……稲妻が踊り狂う岩山を登りました。頂きには古い神殿があって……龍を奉る神殿のようでした」


 当時を思い出しながら俺は語る。ふと時計を見下ろすと夜の九時を過ぎていたが、語り終わった頃にはきっと夜も更けているだろう。そんな夜もある。今日だけはこんな夜も良いさ。

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