3-6 花売り -Flower girl-
「だ~か~ら~、我はずっと眠っていて何をしていたか知らんのじゃ~!」
俺の質問に喚くように答えるセイヴィア姫は機嫌を損ねたのか眉を寄せてしかめっ面になっている。
「花……でしたか? 花を見つめる夢だったとか」
エトハールが横から話に割り込んでくる。屋内であってもつば広帽子を脱がないのは魔術師としてのポリシーゆえか。こういう事にいちいち突っ込む気もしない。ホームの村があんなだしな。
「花……あ、そういえば北端の寺院で拾ったかな」
俺は布袋をひっくり返して、テーブルの上に拾得物を落とした。ころんと転がった花の蕾とペンダントに三人の視線が集まる。
「我のじゃ! 良かった! 失くしたと思って慌てておったのじゃ!」
セイヴィア姫は花が咲いたような笑顔でペンダントを手に取った。
「これは……」
一方エトハールは花の蕾を摘まんで、不穏な様子で黙り込む。
「何か?」
俺はエトハールの顔色を窺って、ちらりとセイヴィア姫のうなじを見る。ペンダントを付けているようだが。
「近くに少女はいませんでしたか? 背が小さくて、赤いずきんを被っていて」
「いや……いなかったかな」
エトハールの質問の意図を読めず、俺は眉を寄せる。
「それは良かった」
エトハールは、はぁ、と深く息を吐いて、手の平の上の花の蕾を瞬時に焼却した。魔術の火だ。燃え方で分かる。
「やばげのブツなんです?」
「ええ。これがこの国を滅ぼした原因ですから」
エトハールは立ち上がって、本棚から一冊の本を持ってきた。ページを捲って、俺に見せる。
「これが彼女『花売り』です」
茶色に変色した紙のページに描かれた少女は、無垢な笑みを浮かべて可愛らしい。
「見かけに騙されてはいけません。彼女が売る花は人を魔物にする魔性のもの。それでこの国が滅びたのです」
「え?」
何を言っている? 花が人を魔物に?
「いきなり理解出来ない話で混乱しているでしょうが、花売りはこの暗黒域の内側でかつて暗躍した黒い獣の子孫と言われる大変危険な存在なのです」
「黒い獣……」
聞いた覚えがある。リストの話に出てきた月の戦争の原因。
「その様子……類する話を聞いているといったところですか?」
「ええ……」
「実は剣王も花の魔力で魔物化していて、手が付けられなかった所なのです」
「あー……それで!」
俺はエトハールを指差して、指を差し返された。指先同士が触れ合う。
「一度倒せばリスタートが掛かって、元に戻るはずです」
「リスタート……そこも同じか」
奇妙に一致してくる条件を無視する事が出来なくなってきた。この国は似ている。村のシステムとあまりにも似過ぎている。
「あの……ここって人間作る生産プラントとかってあるんですか?」
ずばり聞いてみた。遠慮して聞かないのは阿呆だしな。
「国民は知らない事ですが、セラ・ペラスのホワイトパレスの地下に確かに施設はあります。私も施設の技術解析に招集されたのですが、あれは人の手に余るものだった」
「んん? 何の話じゃ?」
セイヴィア姫が俺とエトハールの指先に自分の指先を当てる。
「いや、ただの世間話ですよ」
俺は指を引っ込めて、口元に手を添えた。そうなるとここも村とほぼ同じ条件で物事が成立すると見ていい。というか、村と同じ事をここでやっていたんじゃないか? 誰が? 決まっている。俺たちの神。ここでも神として崇められているあの女神だ。
「なんじゃつまらん。エトハール、この騎士殿は使えそうか?」
「それはもう! 適任でございます!」
エトハールは胸に手を当てて、軽くお辞儀をする。
「そうか! 安心した! 城までの案内をせねばな!」
「それはなりません! 案内は私のゴーレムにお任せ下さい!」
「い・や・じゃ! のうシドウ殿、貴公我を城に送り届ける自信は無いか?」
「エスコートの命を受けた身。盾剣となって露を払いましょう」
俺は胸の前に手を置いて、軽くお辞儀をして見せた。
「そういう事じゃ。エトハール、この御仁の腕前を見てみようではないか」
「そう来ますか……はぁ、困ったお方だ。まったくお変わりない」
エトハールは折れてしまったようだが、以前よりこのお転婆姫のお守りをしていた様子。こんなやり取りを様式美のように繰り返してきたのだろうな、と内心笑ってしまう。
「では、行こうか!」
行こう! 行こう! とセイヴィア姫はずんずん歩き出した。俺はエトハールと顔を合わせ、苦笑と淡い吐息を交わすのだった。
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