3-5 賢者エトハール -Left handshake-

 奇妙な光景だった。エトハールの館の前に設置された物体とそれを運ぶ土くれの人形たちの働きぶり。同じ魔術師で言うとドクター・メルルの事を思い出すが(思い出したくない気もするが)、やはり変な人が多いようだ。

 土くれの人形たちがぐるりとこちらに首を向ける。九十度曲がっているのもいる。皆こちらをじっと見つめている。


「エトハール! セイヴィアがまかりこした! 顔を見せよ!」


 セイヴィア姫が館に向かって大声で言う。土くれたちがまた作業に戻り始め、館の玄関がゆっくりと開き始めた。蝶番が軋む音。ホラー映画のワンシーンのようで思わず背筋が震えてしまう。やがて扉の奥の闇の中から誰かが玄関前に出てきた。茶色い大きなつば広帽子の小さな人型。つばの長さが肩幅を優に超している。顔は勿論見えない。歳は俺と同じくらいに見えるが、ここの人も年を取らないという事だろうか? そして、エトハールよ、お前もまた変人なのか?


「あの……トイレの途中なのです。しばしお待ちを」


 エトハールは中に引っ込んで、しばらく出て来ない。いやいやいや、生活感のある人で、逆に安心したというか。良かった。この人は大丈夫そうだ。


「いやあ……一か月振りのトイレでした。座り仕事って便秘になり易くて」


 あははっ、と背後で笑われた。俺はぎょっとした顔で振り返って、大きなつば広帽子と向き合った。


「エトハール、久しいな」


「姫様もご機嫌麗しゅう。はて、そちらの剣士殿は何処の何方様で?」


「異国より参った騎士殿じゃ。人助けの依頼を受けて、領地に入ったとの事。少し手を貸してやれ」


「それはそれは……仕事は既に始めておりますが、全てが揃うまで今しばらく時間が掛かります。まあ、中で話しましょう。苦いですが、茶もありますゆえ」


「うむ。シドウ、遠慮は要らぬぞ?」


 セイヴィア姫はずんずんと館の方へ歩き出して、微塵も臆する事も無い。肝が据わった人だと俺も半分呆れているが、それにしてもこのエトハールという魔術師、やはり中々の変人のようだ。ドクター・メルルと同様仕事も出来るようだし。あの土くれの人形たちが運んでいるもの、人の形をしている。石像化しているのや植物のようなものに同化されているものや影のようなものに囚われているもの。どう考えてもセンリンの団員たちだ。数は十六揃っている。手間が省けるというものだ。


「シドウ殿。貴公、自分が何者か知っておるな?」


 不意にエトハールに問われ、俺は面食らった。


「あの……分かります?」


 俺は頬を指で掻いて、苦笑を浮かべながら眉を寄せる。


「記憶が香りになって少しな……剣の腕前もなかなか。剣王と勝負も出来ようが、ちょうど良かった」


「?」


 エトハールが何を言っているのか俺には分からない。


「それであの人たちも元も戻して上げよう。良い条件だとは思いませんか?」


「あー……俺が剣王と戦って、勝てばあの人たち戻してくれると?」


「左様でございます」


 という話だったようだ。実に分かり易い。


「じゃ、そういう事で」


 俺は話を受けた。剣の競い合いなら話は分かるのだ。


「契約成立ですね」


 エトハールが右手を差し出す。が、すぐに左手に替えた。


「こっちはさっきトイレで使いましたのでな」


 くくっ、とエトハールが笑う。俺は苦笑しながら左手で握手した。やっぱりこの人、ちょっと変わってるわ。

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