3-4 レイデスの姫 -Escort-
「我はレイデスの第二王女セイヴィア。記憶が少し曖昧だが、それ程重症では無い。異国の騎士よ、何用でここに参った?」
意外と饒舌で気の強そうなお姫様だった。俺はやや面食らったが、笑顔を崩さずに向き合う。
「人助けをしに参りました」
「ほう! では、我が国を攻め落としに来たわけではないのだな?」
「それは別件で話を受けている者がいるようで」
「何たる事だ! この国にはもう奪う物等一つも無いのに! 愚かな盗賊め!」
セイヴィア姫は大層ご立腹のご様子で納まりがつきそうにない。思った通り俺を指差して、何か言い出した。
「貴公、名は何と申す?」
「シドウでございます」
胸に手を添えて、軽くお辞儀をして見せた。
「これより我が旗下に入り、盾剣となって露を払え!」
「御意に」
「うむ! 大儀だが、よく励めよ! では、参ろうか! ここは勝手知ったる我が庭。ついて来い!」
ありがたい事にセイヴィア姫が案内をしてくれるようだ。ならばせめてエスコートをするのが人情ってものだ。剣の腕を磨いてきた甲斐がある。
「どうした? はようせい!」
セイヴィア姫がもう二十メートルも先に行っている。
「意外と足は速いのね」
あははっ、と俺は苦笑して、そそくさとついていく。
「ただ歩くのではつまらん。少し話に付き合え」
セイヴィア姫は胡乱げに虚空を眺めてから何かを思い出したように語り出した。
「ここはかつて人々が豊かな暮らしを築いた王国だった。暗黒域の中にあって、三つの国は覇権を求める事もなく、ただ静かな時間が過ぎて……でも、恐ろしい事が起こった気がする。何が起こったのか我には思い出せぬ……。我は寺院に籠ってそれから身を隠していたような……何故に? 思い出せぬ。ぐぬぬ……」
セイヴィア姫は頭を抱えて、低く唸り始めた。
「無理はいけませぬ。気を楽に」
こういう場合何かが切っ掛けで絹の衣が脱げるようにするりと思い出すものだ。
「うん。貴公、なかなか教養がある。以前は何処におった? よもや暗黒域を渡って来ただ等と申すまいが」
「そのまさかでございます」
俺はわざとらしく笑って見せた。
「馬鹿か貴公は? あれは音も響かぬ無限の闇よ。入れば一時と持たずに気がふれるわ!」
「……」
俺はその何処かで聞いたようなものに心当たりがあった。
「なんじゃ? 貴公、魔術師の風体には見えぬが、その大層な剣による神秘で闇を切り裂いた等と戯言を申すまい?」
「いえ、これで外の世界と行き来出来ます」
隠すつもりもないので素直に腕時計を見せてやった。
「ほう……随分と変わった……これは盗賊も持っておるのか?」
「はい」
「ならばそれを使ってはよう帰れ! 痴れ者が剣王の怒りに触れれば、天が割れ、大地が裂けるわ!」
「剣王?」
「この国の王子。我の兄じゃ。剣技において敵う者はおらぬ。貴公も剣の道を志す者なれば一目見るが良い。後学のためじゃ」
むっふふっ、と自慢げに笑うセイヴィア姫。剣王。この国の王子。存命なのだろうか? 生者は一人もいない、と前情報を貰っている以上その真偽を確かめるのも仕事の内と考えるべきだろうな。
「しかし、随分と木が増えたな。人がいなくなったから当然か」
「その理由をご存知なのですか?」
「……あれれ? 何故だろう? 何故人がいなくなった?」
セイヴィア姫は頬に手を当てて、首を傾けてしまった。記憶障害という奴だろうか? 思い出せる部分と思い出せない部分の噛み合いの悪さ。確かに本人の言う通り重症ではなさそうだが、程度が軽いとも言い難い。
「時間を置きましょう。ところで何であの黒い茨の中に?」
「黒い茨? はて? 我はずっと眠っていたのだがな……夢を見ていた気がするが」
「夢?」
「花を見つめる夢だ。何故か目を逸らす事が出来ず、ほんの一時の観賞ではあったが」
「一時……ですか」
それがどれ程の永遠だったのか、この森の成長具合を見れば答えが見えてくるというものだ。
「それよりも、近くに賢者の住む館があるはずだ。あの少年の事だ。きっと生きている。お! あれじゃ!」
セイヴィア姫が指差す先。森が一か所切り開かれている空間に館が一軒立っていた。
「賢者って?」
俺が聞くと、セイヴィア姫は胸を張って教えてくれた。
「賢者エトハール。三国に名の轟く魔術師じゃ。貴公も聞いた事があろう?」
そう自信たっぷりに聞かれて、俺はどう答えて良いか分からなくなった。困った。知らないんだよな、全然。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます