3-3 北端の寺院 -Black thorn-
薄暗い石の部屋。所々崩れて、割れ目に木の根が割り込んでいる。この胸がむかつくような臭い。緑の、森の香り? 俺は周囲を見渡して、人の気配がしない事を確認する。もう他の傭兵たちはスタートしているはずだ。だが、前情報を貰っていたから先行する気はさらさら無い。初見殺しに遭うのが落ちだ。まずリスタート出来る状況を確保して、安全マージンを意識しておく事。行く先は西か東という事だが、ここからは南東、南西の方角という事になる。とにかく外に出てみよう。
石の階段を上って、光の射す出口から外へ出た。太陽の光が見えて、それから目の前に広がる一面の緑。まるで雲海のようなそれが意味するものを俺は即座に感じ取った。
「ジャングルか」
ジャングルだった。一体どれ程の広さなのか、近場で目ぼしい建物はないが、南西と南東の方角に巨大な構造物を確認出来る。あれが首都セラ・ペラスへの道を開く鍵か。
「あっちは馬に任せて、俺は牛になってその辺りから調べようか」
センリンの団員たちは厄介なものに囚われているという事だが、それを解く何かを探さなければならないだろう。得てしてそういったものは現地に転がっているものだ。ここにかつていた人々の知恵の結晶。きっとそれがある。
探索だ。寺院の裏側に回って、周囲や足元に注目する。と、早速角に何かがあるのを見つけた。拾ってみると何かの花の蕾のようだった。それを刺繍入り布袋に入れて、俺は北側に続く空中通路を通って、本堂と思われる建物の三階に下りた。
「アンコールワット遺跡に少し似ているか……」
その記憶も作り物なのだろうが、確かに似ている部分もある。仏陀の像は流石に見当たらないが、代わりに長い髪を垂らした女性の像が本堂の左右に立っている。全長は二十メートルくらいか。右手に杯、左手に杖を持っている。
「あれは……」
見覚えがある。ユシミール邸地下の生産プラントで見た女神像。俺たちの神という事らしいが、ここで奉られているとは一体どういう事だろう? 興味が湧いてきた。謎を追うのも並行してやってみるか。
ジャンプして、女神像の杖の上に乗った。
「ん?」
今きらりと何か光った。女神像の杯の中だ。ひょいと七メートルの距離を跳んで、杯の縁に立った。やはり中に何かがある。金属か? 中に下りて、それを拾い上げた。
「ペンダント? この星の模様は?」
何かのホーリーシンボル? 分からない。とりあえず布袋に入れて、縁までジャンプ。杖の上を経由して、三階の縁に戻った。屋根の一部が崩れて、中に入れるようになっている。俺は用心しつつ中を覗いて、気配を探った。何の気配もしない。が、何となく危ない感じがする。直感がそう告げているのだ。ちょっと石を拾って、中に投げてみた。透かさず無数の鋭い棘が石目掛けて突き刺さり、床に転がり落ちる前に粉々に砕け散ってしまった。
「あっははっ……やばいな」
俺は後ろに引いて、割れ目から這い出してくる蠢くモノを凝視した。それは黒い茨だった。巨大な黒い茨が束になって動いている。その中心に頭らしきドーム状の大きな物体がある。口もついていて、不気味な事に地球人にそっくりな歯まで生えている。随分と歯並びがいい。
「あはは……よく歯磨きしてそうじゃん」
虫歯は無さそうに見える。そもそもあれの口内に虫歯菌がいるのか疑問だが。俺も一度も虫歯になった事がない。作り物の記憶の中でもだ。
「来いよ、お姫様。一曲踊ってやる」
俺は手招きで挑発して、その黒い茨『ブラックソーン』に笑い掛けてやった。ブラックソーンが茨の触手を高速で伸ばしてくる。
「ははっ!」
俺はバックステップで空中通路を渡って、南側のお堂の屋根の上で手拍子してやった。
「こっちだ、お姫様!」
ブラックソーンが空中通路を渡ってくる。その中腹で突然通路が崩れて、真っ逆さまに地面に落ちた。橋になっていた空中通路の崩落。あの巨体だ。無理も無い。
「派手に落ちたなぁ……ありゃ痛そうだ」
前のめりの姿勢で下を覗き込む。ブラックソーンはそれでもめげずに上を目指そうと体勢を立て直している。
「根性あるじゃないか。じゃあ、少しだけ付き合ってやる」
俺は背からレゼルの魔剣を抜いて、口元に笑みを浮かべた。下からブラックソーンが上がってくる。それに先行して茨の触手がしなって伸びる。その一撃目を俺は剣で丁寧に捌いた。二撃目も最初より早い剣速で。三撃目は剣から発生する放電により発生した高熱の空気の刃で迎撃して見せた。カマイタチのようなものだ。それを五発連続でドーム状の頭に打ち込んでやった。瞬間ブラックソーンが裂けて、黒い液体を漏らしながら崩れていく。
「こんなものか」
俺はレゼルの魔剣を鞘に納めて、ブラックソーンの残骸を見下ろす。白い湯気が立っているが、カマイタチによる余熱だろう。すぐに収まる。
「ん? あれは……」
湯気の中心に何かがある。いや、いる。立っている人影が見える。とんだ事だが、茨の中に残花が一輪。金髪の……少女だ。白いドレスを着ているが、どうも身分が高そうな様子。
「お姫様、お話伺えます?」
俺は金髪の少女に問うてみた。少女はこくりと頷いて、どうやら言葉が通じているようだった。
「さて、何を聞くかね?」
僅かな期待を胸に俺は屋根から飛び降りた。
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