3-7 思惑と愛と -White Palace-

 俺たちが首都セラ・ペラス手前の大渓谷に着いた時既に先客が十数人いた。セニーに雇われた傭兵たち。その一部だ。ミスター・ポテトことスローウインドも両腕を組んでその中心で佇立していたが、俺たちに気付くとにやりと笑って歩き出した。こっちに来て、何か言うみたいだ。


彼奴あやつ等か、我が領地を荒らす賊共は?」


 セイヴィア姫が憮然とした顔で俺に聞く。頷きで答えて、視線を移した。目前で止まったスローウインドをじっと睨んで鼻白む。


「お前も他と手を組んだか? まあ、そうだろうな。スタンドプレーに走って得な事は何一つ無い。百億ロアを俺たちで総取りするさ」


 自慢げに宣言された。まあ、そうなるわな、と俺も納得して、セイヴィア姫をちらりと見る。


「何が百億ロアじゃ! ふざけおって、この盗人が!」


 予想通りセイヴィア姫が怒鳴り散らし、スローウインドに食って掛かろうとする。俺とエトハールはその両脇を抱えて、ずるずると引っ張る。


「離せ! あの芋男に一発見舞わねば収まりがつかぬわ!」


 それはそれはもう烈火の如くお怒りになられて、腕をぶんぶんとお振りになるから俺も一発肘打ちを頬に貰ってしまう。痛い……姫様、意外と筋がいい。


「姫様! 今はそれよりも剣王様を!」


 エトハールがそっと諭して、俺に視線で合図を送る。何の合図?


「道はなくとも向こう岸までは届きましょう。魔術師の本領を発揮させて頂く!」


 エトハールが手を振る。不意に俺は妙な浮遊感を味わい、視線が移動している感覚を味わった。いや、足元が動いている。切り取られた岩が浮遊する円盤と化して、大渓谷を滑るように渡り始めた。


「貴様等! まて、このっ!」


 スローウインドがセイヴィア姫に手を伸ばすが、指は虚空を掻いて、足が宙を泳いだ。


「くっ!」


 危うく転落しそうになって、何とか崖に手が掛かっていた。


「さ・ら・ば・じゃ~!」


 エトハールはスローウインドに敬礼して、鼻で笑っている。セイヴィア姫はあかんべえをして、尻を揺らすスローウインドを笑っている。


「汚いぞ! 現地人を使うとは卑怯者め!」


 スローウインドが喚いているが、俺にしてみれば発想の転換が成功の秘訣で常套手段に固執するのは後退の入口だと思える。しかし、毎度の事ではあるが、俺は運命力255だ。奇跡の発動率補正に関しては天下一品よ! 自慢するのは虚しいからやらんけどな!

 ふふん、と俺は両腕を組んで、スローウインドが崖から落ちるのを見送った。


「凄腕か……過大評価だったかな」


 まあ、そんな事はどうでも良いのだがな。問題は剣王とやらの実力だが、こちらは過小評価出来ない。ついさっきから凄まじい気を全身で感じて、既に相対しているかのような緊迫感を味わっている。どうやら向こうはこっちに気付いているようだ。笑っているのが気配だけで分かる。気の揺れ方でそれを伝えてくるなんて器用な奴だが、だからこそ剣の性質についても見当が付くというものだ。向こうは技巧派だ。つまり、俺と同じ。速度と上手さ。果たして勝負の行方はどうなるか……楽しみだ。


「なんじゃ? 恐怖の所為で笑っておるのか?」


 セイヴィア姫が俺をせせら笑う。


「いえ、楽しくて。剣王の実力が大体分かりました」


「ほう……達人とはやはり変人よのぅ。そんな所が兄上とそっくりじゃ」


「お褒めに預かり光栄でございます」


「礼を言うのは勝ってからにせよ。勝てるとは思えんが」


「なら、どうやって剣王をお止めになるおつもりで?」


「分からぬ。不器用なお方であまり社交的ではない。剣だけが生き甲斐……そんな所があった」


「ああ。よく分かります」


「貴公が? よくも抜かしたものよのう」


 またセイヴィア姫に笑われた。嘲笑っているのは兄に対する愛と剣の力への崇拝故か。だから城まで行くなんて言い出したんだ。愛で止めようなんて乙女チックな事が似合わないお方だが、万が一敢行しようとしたら俺が失礼つかまつって止めて差し上げよう。


「見えてきました。ホワイトパレスです」


 エトハールが前方を指差す。俺は片目を眇めて、前方に見える白い城を眺めた。ホワイトパレス。成る程白い城だ。記憶を掘り返せば西洋の古い城のような荘厳な外観と近似するが、かなり長い年月を経たのだろう、所々崩れて趣が出ている。


「大分傷んでおる。一体どれ程の時間が経ったのか……」


 セイヴィア姫は胸に手を当てて、憂い顔でホワイトパレスを見つめている。


「ざっと六百年くらいでしょうか。長かったようなあっという間だったような」


 エトハールは感慨もひとしおといった様子だが、十一歳分の記憶しかない俺にはいまいちぴんと来ない。故に空気に呑まれない強みがある。俺は俺だ。先生との地獄の稽古で培った技と知恵で挑み、土壇場で見えた閃きで剣王に勝てば良い。


「降りますぞ」


 岩の土台が降下を始める。ホワイトパレスの正面玄関前だ。ランディングはゆるやかで舞い上がる埃も大した量ではない。この着地の技術、エトハールはやはり大した魔術師だという事だ。


「これより先は魔物の巣。用心めされ」


 と、俺を先頭に後ろに並ぶエトハール。間にセイヴィア姫を入れて、前後をがっちりと固める。


「剣王! 遊びに来たぜ! 門を開けな!」


 俺は拳を構えて、見得を切ってやった。目の前の大門がゆっくりと開いていく。剣王はやる気だ。いいね! そうこなくっちゃ!

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