第18話 自責分離機・人か機か

「試験の事は咎原から聞いている。奥にパソコンもある、筆記の過去問題も用意してある」


 ガラス張りの氷室総合ジムからのぞく空はまた曇りは重たく低い位置で停滞し、外を歩く際には肌寒くも感じた。この頃天気も雨続きで9月に入ったばかりで残暑の気配は感じられなかった。


 氷室総合ジムには今日もトレーニングにいそしむ若者が多く、学生と思われる選手の姿も多かった。やはり大護が転入した高校のように、本格的な設備で『オケリプ』を受け入れている場所は多くはないようだ。鎌田の通う、大護も元いた学校でも選手を目指す生徒たちは、電車移動してでも設備が整ったジムへと通っているようだった。


 ジムに着いてそうそう話を切り出すと、氷室は大きくうなずいた。


「すみません、筆記でもお世話になって……」

「ウチは総合ジムだぞ、もちろん検定試験もバックアップするのが仕事だ」


 と、氷室は野太い笑みを浮かべて腕を組んだ。どっしりと構える様子はさながら不動明王だ。これほど頼もしいサポートはないと、大護は改めて氷室への敬意を高めた。

 その敬意の発端はのイラストなのだが。


 試験に関して簡単な説明を兼ね、リングのあるフィールドから事務室へと案内された。そこには数台のパソコンがラックに備わっており、どれを使っても構わないとのことだった。過去問題は毎回更新されているという。


「使い方は分かるようだな。俺は外にいるから何かあれば言ってくれ」

「はい、ありがたく使わせていただきます」


 氷室はトレーニングルームへと戻り、大護はふんと鼻息荒く気合いを入れ、一番端のデスクトップの前に座った。鞄を横に置き、電源を入れる。

 大護もパソコンの基礎知識ぐらいは分かっていた。残念ながら居候している寺にデスクトップはないものの、型遅れなノート型パソコンがある。触るぐらいなら問題はなかった。


 さて始めようかとマウスを握った時、制服の内ポケットに入れていたスマートフォンが振動する。学校でもジムでも問題ないよう、大護のスマートフォンは始終マナーモードだった。


「あれ……知らない番号だ」


 それも、二度目の着信になっていた。時間帯は下校してからジムで氷室に話を向けたあたりだろうか。ついさっきのようだ。いささか、試験のことで緊張し、体は察知出来なかったのだろう。


「……怖いな。でも急ぎ、なのかな……」


 氷室なら外にいる。壁越しに指導の声と選手たちの気持ちいいぐらいの活発な返事が飛び交っていた。通話するぐらいなら邪魔にならないだろう。

大護はおそるおそる通話ボタンを押した。


『突然すまん! 俺だ、滝田と言えば覚えていてくれるか? この間助けてもらった者だ!』


 通話口から流れ出るような声に大護は思わず目をつむってしまう。しかし頭には引っかかるものがあり、昨日の出来事がすぐに脳内で再現された。

 滝田。あの時負傷を負って倒れていた青年だ。


「あ、はい。覚えています。でも一体どうして……」


 番号は知らないはずだ。そういえばここに着てから誰とも電話番号の交換はしていないが。


『番号のことは謝罪する! 俺が鎌田にそれとなく聞き出したんだ!』


 なるほど、鎌田重郎には電話番号を知らせていた。元いた学校で入学して早々『オケリプ』について熱く打ち込んでおり、話すようになったのを覚えている。今にして思えば、その頃から自分が『ソロプレイヤー』であることに引け目を持っていた……いや、持ち出したか。鎌田のような正規の選手がまぶしかったからだろう。


 しかし今はそれどころではないらしい。滝田の声はかなり慌てたものになっていた。


「一体どうしたんです?」

『あ、ああすまん、肝心なことだったな……単刀直入に言えば『自立デヴォイド』がまた出たんだ!』

「……また!?」


 がたりと椅子から立ち上がり、その勢いで椅子も倒れてしまう。だが今はそんなことなど些末なことだった。


『場所はお前たちの学区の近くだ! このままだと駅前の大通りに出てしまうかもしれん!』

「な……ッ!」

『今鎌田たちは別件で留守にしている、動けるのは俺一人だ! 今から鎌田たちに連絡しても間に合わん上に向こうも混乱してしまう!』


 鎌田たちのグループがどれだけの人数かは分からないが、すぐさま『自立デヴォイド』に対応出来る人間は滝田青年しかいない状態だと知らされる。

 それに聞こえてくる声の後ろからは今、車の通るエンジン音がよぎった。もう近くに来て探しているのだろう。


 なるほど、大護の番号を聞き出してまで急ぐわけだ。


『勝手な上で突然の頼みですまないが、手を貸してくれないか! 俺一人では対処しきれないんだ!』


 声には奥歯をかみしめるような悔しさがにじんでいた。ふがいなさ。それが彼の心を締め上げているのだ。大護は強く手を握ると鞄を肩にかけドアを出る。


「ん? どうし……」

「すいみません、急用が出来ました! また後日に!」


 氷室に挨拶も形だけで終わらせ、大護はスマートフォンを片手に持ったままジムを飛び出していった。


「それで、今滝田さんはどちらへ!? 合流した方がいいでしょうか!」

『助けてくれるのか……重ね重ねすまない、感謝する! ここは水際を張るしかなさそうだ、通学路にもなる最寄り駅で落ち合おう! 中央改札前に着いたらまた連絡をくれ! 俺は出来るだけ追いまわしてみる!』


 通話を終え、大護は出来るだけ早く走り出した。駅前ならここから直線距離で10分もあればたどり着けるだろう。しかし。


「……また出た……どうなってるんだ!?」


 『自立デヴォイド』。

大護もししねとの乱入にて知った、今日常に潜みだした脅威である。


 目的や発端などは不明で、文字通り『デヴォイド』が独り歩きしてしまう状態のことを総称して呼んでいるようだった。


 本来『デヴォイド』の役目とは。

 『オーケストラ・リプレイ』という格闘スポーツに華を添える異能力、特殊装備などをデジタル化しインストールするものだ。それをさらに総合処理する『インデックスレコード』で調整し、特性のリング内のみで荒ぶるパワーを発揮出来る……その大本と言えた。


 その大本の更に内部が今回の事件の要となる。力の源……『スティグマカバー』である。

 異能、特殊な力を我が物とするべき「素材」は市販のものから自作してデータ化し、それぞれの個性に応じて戦い方が決まる。

 その素材……『スティグマカバー』は文字通り「カバー」とついているように、内部の「素材」を覆う鎧のようなものだった。


 『スティグマカバー』で鎧を着け、『デヴォイド』にインストールして封じ込め、更に『インデックスレコード』にて調整する。この三段階になっているプロテクトの厳重さには意味がある。

 それは、『スティグマカバー』の力……『スティグマ』という、を完全に制御し安全に使えるよう『オーケストラ・リプレイ』の公式委員会が定めた厳重事項だった。

 つまりはそれだけの力を持ち、更にそれがどれだけ脅威であり危険かを推し量ることができる。


 本当なら『スティグマ』という存在は『デヴォイド』の中にあるセットとして、プレイヤーたちの間でははすでに定着している。最近では『スティグマカバー』を外部からインストールするものではなく、すでにそれを内蔵した『デヴォイド』が販売され、今では主流になりつつあった。それだけ安全性を高めたと言える。


 しかし現実ではそれでもなお。『デヴォイド』を改造し特設リング以外の通常空間で力を振るう『ソロプレイヤー』や、『デヴォイド』そのものが自立してしまうという恐ろしい現状となっていた。

 

 『スティグマ』そのものとなった『デヴォイド』の行動理由。それは決まっている。なぜならからだ。


 「何かを攻撃することだけ」が全て。それ以外に存在理由はない。


 それに。

 鎌田も同一視していたように。『自立デヴォイド』と『ソロプレイヤー』には何ら変わりはない……前回同じ『ソロプレイヤー』の三兄弟を『自立デヴォイド』と括ったように、ただ人であるか『デヴォイド』であるかの違いでしかない。

 人間か機械仕掛けか。その差はなんだ? いや、違いなどない。


 武器武装そのものである限り、全ての生命においてそれらの存在は害悪でしかないと言える。

 『ソロプレイヤー』と『自立デヴォイド』。その差異はなんだ? どちらも場所を選ばず力を発揮出来る、危険な存在でしかない。

 差異など存在しない。区別しても仕方ないことなのから。


 大護は強く左腕のチェーンを握りしめた。

 あの人ならどうするか。あの背中なら、何を見据えて走り出すか。

 今は、背中の向こう側なんて想像もつかないでいた。



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